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スローライフ編
村民達、間違いに気付く
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声の主は、意地悪な二人の少年達より三つほど年上と思われる女の子。
マダム・メイに早くにできた、孫娘のアリッサだった。
アリッサはお下げにした赤髪の片方の房を触りながら、もじもじと話し出した。
「確かにあの子のやったことは悪いけど……最初に泥水をかぶせて黒い容姿をからかったのはこの二人よ」
「ええ、そうなのか?」
ジェイミー、そしてハンナも村民達も、二人の子どもの顔を見た。
二人の子どもはそれぞれの親のお尻に隠れてしまう。
「わたし、ちゃんと見てたわ。でも……わたしも、あの子の黒いのがちょっぴり怖くて二人と同じ気持ちになってたから……だから助けられなかったの。ごめんなさい」
アリッサはそばかす顔に付いたつぶらな茶色の目を潤ませながら、マダム・メイのスカートを握った。
マダム・メイは優しい表情でため息をついてアリッサの頭を撫で、勇気を褒め称えたあと、意地悪をした二人の子どもと、そして村人達に教え諭した。
「今、私達も間違えたように、誰でも間違いはするの。けれど容姿や生い立ちで間違いを決めつけたり押し付けてはいけないのは皆、知っているはずよ。ココット村の人間は助け合い支え合い、共に喜びを生産していく仲間でしょう。ルナトゥスにはハンナも、そして勇者ジェイミーもついているわ。皆、思い出して。村に伝わる勇者の言葉を。もしもルナトゥスに魔の力があったとしても、ジェイミーに愛の力があれば災いは起きないわ。私達もジェイミーに協力しながら、あの子の成長を見守りましょうよ」
~汝、悪を滅せんとするならば、悪たる元を知り、悪たる元を愛せよ~
村民達の頭の中に、勇者の文言が浮かぶ。そして皆、勇者ジェイミーに視線を集めた。
「そうだ。ココット村には勇者の守りがあるし勇者ジェイミーもいる。案ずることはない」
「そうだな。それではまず、この二人の魔を払うんだ。おい、お前達、心に魔が差すとそれに縛られることになるぞ、まずは神様にお詫びをして、ルナトゥスが戻ったら謝るんだ」
ココット村の村民達は、よくも悪くも素直だ。一度流れが変われば、民意はその流れを向き始める。
そして、二人の子どももその親も、太陽に向かって礼拝し、罪を詫びたのだった。
***
(俺、なんてことを……。真っ先にルナトゥスを抱きしめないといけなかったのに責めてしまうなんて)
ルナトゥスは中身は魔王でも今は非力な子どもなのだ。魔力を失い、体のコントロールも上手くいかずに癇癪まで起こした朝の様子を見ていたのに……。
ジェイミーは必死で村の中を駆け回った。
「ルナトゥス、ルナトゥス、どこにいるんだ!」
(まさか村の外に?)
安全協定のため、星が輝き始めたら他の村に入ってはいけないことになっている。もし他の村にルナトゥスが紛れ込んでいたとしたら、今夜は助けられないし、なによりも見慣れない「忌み色」の子どもが他村に紛れ込んだのが見つかれば大騒ぎになるかもしれない。
早く手を打たなければ。
(村の門の前で声を出して村民を呼び出し、話を聞いてもらうしかないか)
ジェイミーが意を決して隣り村に走り始めた時、村境の道のはたの草むらで、草をかき分ける音がした。
「ルナトゥスか!?」
いや、違った。
暗い草むらの中、赤い光がふたつ近づいてくる。
「……!!」
狼だ。
体中傷だらけで血を滴らせ、かなり弱ってはいるようだが、まだ目の光は失われていない。
まずい。
ジェイミーは青ざめた。狼は魔の森にしか棲んでいない凶暴な動物だ。不在になった魔王の匂いを辿ってここまで来たのかもしれない。
だとしたら、傷は来るまでの道中で人間達から受けたものなのだろうが、狼は手負いの時ほど獰猛だと聞かされてきた。丸腰の人間など一噛みで殺られてしまう。
ジェイミーは狼に背を向けず、ジリジリと後ろに下がった。走って逃げれば必ず飛びかかってくる。ゆっくり、ゆっくり距離を開けるんだ───
その時、また草を踏む音がした。そして、赤く光る目玉がもうふたつ増えた。
(二匹いる!?)
全身が冷えていき、背中に冷汗が伝う。死ぬかもしれない。せっかく魔王討伐から無事に戻れたのに、手下の狼に殺されることになるなんて。
けれど、そうだ。魔王の手下ならルナトゥスの行方を掴んでいるかもしれない。せめてルナトゥスの無事を確認してから殺されたい。
ジェイミーは一歩、後ずさった足を狼の前に戻した。
「お前達、知っているか? ルナトゥスは今どこに……」
言いかけて、はっと息を呑んだ。ニ匹目の狼の背に、ルナトゥスがうつ伏せて横たわっているではないか。
「……ルナトゥス!」
無我夢中だった。普段から深く考えて行動しないから、生命の危機に瀕していても体が先に動いてしまう。
ジェイミーは狼の背の上のルナトゥスを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。
(暖かい。眠っているだけだ)
ルナトゥスの安心しきった寝顔から、農園を出てから危険な目には合わなかったらしいことがわかり、心底ほっとした。狼がずっとルナトゥスを守っていたのだろう。
(そう言えば狼、襲ってはこないな)
ジェイミーが二匹の狼に目をやると、二匹は揃って四本の足を折って、地面に体をつけた。まさかの「戦闘意欲なし」を示すポーズ。
「え?」
なぜ? ジェイミーをルナトゥスに危害を加えない人間だとでも認めたのか?
マダム・メイに早くにできた、孫娘のアリッサだった。
アリッサはお下げにした赤髪の片方の房を触りながら、もじもじと話し出した。
「確かにあの子のやったことは悪いけど……最初に泥水をかぶせて黒い容姿をからかったのはこの二人よ」
「ええ、そうなのか?」
ジェイミー、そしてハンナも村民達も、二人の子どもの顔を見た。
二人の子どもはそれぞれの親のお尻に隠れてしまう。
「わたし、ちゃんと見てたわ。でも……わたしも、あの子の黒いのがちょっぴり怖くて二人と同じ気持ちになってたから……だから助けられなかったの。ごめんなさい」
アリッサはそばかす顔に付いたつぶらな茶色の目を潤ませながら、マダム・メイのスカートを握った。
マダム・メイは優しい表情でため息をついてアリッサの頭を撫で、勇気を褒め称えたあと、意地悪をした二人の子どもと、そして村人達に教え諭した。
「今、私達も間違えたように、誰でも間違いはするの。けれど容姿や生い立ちで間違いを決めつけたり押し付けてはいけないのは皆、知っているはずよ。ココット村の人間は助け合い支え合い、共に喜びを生産していく仲間でしょう。ルナトゥスにはハンナも、そして勇者ジェイミーもついているわ。皆、思い出して。村に伝わる勇者の言葉を。もしもルナトゥスに魔の力があったとしても、ジェイミーに愛の力があれば災いは起きないわ。私達もジェイミーに協力しながら、あの子の成長を見守りましょうよ」
~汝、悪を滅せんとするならば、悪たる元を知り、悪たる元を愛せよ~
村民達の頭の中に、勇者の文言が浮かぶ。そして皆、勇者ジェイミーに視線を集めた。
「そうだ。ココット村には勇者の守りがあるし勇者ジェイミーもいる。案ずることはない」
「そうだな。それではまず、この二人の魔を払うんだ。おい、お前達、心に魔が差すとそれに縛られることになるぞ、まずは神様にお詫びをして、ルナトゥスが戻ったら謝るんだ」
ココット村の村民達は、よくも悪くも素直だ。一度流れが変われば、民意はその流れを向き始める。
そして、二人の子どももその親も、太陽に向かって礼拝し、罪を詫びたのだった。
***
(俺、なんてことを……。真っ先にルナトゥスを抱きしめないといけなかったのに責めてしまうなんて)
ルナトゥスは中身は魔王でも今は非力な子どもなのだ。魔力を失い、体のコントロールも上手くいかずに癇癪まで起こした朝の様子を見ていたのに……。
ジェイミーは必死で村の中を駆け回った。
「ルナトゥス、ルナトゥス、どこにいるんだ!」
(まさか村の外に?)
安全協定のため、星が輝き始めたら他の村に入ってはいけないことになっている。もし他の村にルナトゥスが紛れ込んでいたとしたら、今夜は助けられないし、なによりも見慣れない「忌み色」の子どもが他村に紛れ込んだのが見つかれば大騒ぎになるかもしれない。
早く手を打たなければ。
(村の門の前で声を出して村民を呼び出し、話を聞いてもらうしかないか)
ジェイミーが意を決して隣り村に走り始めた時、村境の道のはたの草むらで、草をかき分ける音がした。
「ルナトゥスか!?」
いや、違った。
暗い草むらの中、赤い光がふたつ近づいてくる。
「……!!」
狼だ。
体中傷だらけで血を滴らせ、かなり弱ってはいるようだが、まだ目の光は失われていない。
まずい。
ジェイミーは青ざめた。狼は魔の森にしか棲んでいない凶暴な動物だ。不在になった魔王の匂いを辿ってここまで来たのかもしれない。
だとしたら、傷は来るまでの道中で人間達から受けたものなのだろうが、狼は手負いの時ほど獰猛だと聞かされてきた。丸腰の人間など一噛みで殺られてしまう。
ジェイミーは狼に背を向けず、ジリジリと後ろに下がった。走って逃げれば必ず飛びかかってくる。ゆっくり、ゆっくり距離を開けるんだ───
その時、また草を踏む音がした。そして、赤く光る目玉がもうふたつ増えた。
(二匹いる!?)
全身が冷えていき、背中に冷汗が伝う。死ぬかもしれない。せっかく魔王討伐から無事に戻れたのに、手下の狼に殺されることになるなんて。
けれど、そうだ。魔王の手下ならルナトゥスの行方を掴んでいるかもしれない。せめてルナトゥスの無事を確認してから殺されたい。
ジェイミーは一歩、後ずさった足を狼の前に戻した。
「お前達、知っているか? ルナトゥスは今どこに……」
言いかけて、はっと息を呑んだ。ニ匹目の狼の背に、ルナトゥスがうつ伏せて横たわっているではないか。
「……ルナトゥス!」
無我夢中だった。普段から深く考えて行動しないから、生命の危機に瀕していても体が先に動いてしまう。
ジェイミーは狼の背の上のルナトゥスを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめた。
(暖かい。眠っているだけだ)
ルナトゥスの安心しきった寝顔から、農園を出てから危険な目には合わなかったらしいことがわかり、心底ほっとした。狼がずっとルナトゥスを守っていたのだろう。
(そう言えば狼、襲ってはこないな)
ジェイミーが二匹の狼に目をやると、二匹は揃って四本の足を折って、地面に体をつけた。まさかの「戦闘意欲なし」を示すポーズ。
「え?」
なぜ? ジェイミーをルナトゥスに危害を加えない人間だとでも認めたのか?
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