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出会い編
顔だけ取り柄の男、勇者になる
しおりを挟む~汝、悪を滅せんとするならば、悪たる元を知り、悪たる元を愛せよ~
ジェイミーが育ったカラザ地区ココット村に伝わる文言だ。
実は遥か昔、悪の大魔王を倒した、ジェイミーのひいひいひいひいひい……ヒィヒィ、もう言うのも疲れる……まあ、それくらいご先祖様に当たるおじいちゃんが残した言葉だったりする。
つまり、ジェイミーには勇者の血が流れている。
「だからって! だからってなんで俺!? 無理だって。絶対絶対ずぇ~ったい、俺に魔王退治なんか無理だって! 兄さん達に頼んでよぉ~」
「マシューは結婚したばかりだし、ライアンは商売が乗って家を出たのよ? 家に残ってるのは毎日女の子と遊び歩いてる三男のアンタだけ。仕事だと思って我儘言わずに早く行きなさい!」
そんなことってあるだろうか。しかも「お使いに行ってきなさい」みたいな調子で言うなんて。
ジェイミーには姉のハンナの方が魔王に見えてくる。
「ひどいや、姉さん。俺がもし魔王討伐で死んだりしたら、カラザの乙女達の涙で湖ができて、大洪水になるよ。天災だよ、天災! カラザが呪われし村になるよ!」
「お黙り!」
耳をつままれ、オレンジ色したとんがり屋根の家の外に出される。
続いて、ポイポイポーイとマントや剣が放り投げられ、バタン、とドアが閉まると、郵便物受け取り用の細長い隙間から、ハンナの両目だけがジェイミーを睨んだ。
「アンタが隣り村の女の子達と遊んでる間に村の重鎮方の話し合いで決まったことよ。うちにはご先祖様の守りの力があるの! 信じてさっさと倒しておいで!」
──それが四日前のこと。
今ジェイミーは、大魔王が住むというピッカラ地方の魔の森に向かって旅をしていた。
ハンナが放り投げて寄こしたものの中には、勇者の定番衣装と剣のほか、金貨やアイテムを入れる、鹿の革でできた巾着袋。
これはベルトに引っ掛けて持ち歩くタイプで、中には金貨三枚に薬草を煎じた傷薬と鎮痛剤が入っていた。
金貨と巾着袋はともかく、衣装と剣はかなり古びてほころびている。
ハンナが「先祖の守り」と言っていたように、秘宝として代々厳重に保管されてきた先祖の勇者が身に着けたもので、そんな代物をポイポイ投げるハンナはどうかと思うが、かなり時代遅れだしやっぱりお古感が激しい。
ハンナも捨てられずに困っていた物を処理したかったのではないだろうか。
普段からイケメンモテ男を自覚して身なりを整えているジェイミーは、こんなダサい恰好をするなんて、と我慢ならない。
そこでジェイミーは旅の途中、目についた仕立て屋に入り、修復可能かを尋ねることにした。
「いらっしゃいませ、まあ、勇者様ですか?」
ジェイミーと同じ二十歳くらいだろうか。仕立て屋の娘はハート形の光を瞳に宿し、頬を薔薇色に染めてジェイミー(の顔)に見惚れた。
モテ男を自覚している通り、ジェイミーはこの上ない美男子なのだ。
緩くウェーブのかかった髪はプラチナブロントで、アーモンド型の瞳は純度百パーセントのエメラルドの輝き。ピンクベースの白肌は肌理が細かく、鼻梁はまっすぐで小鼻が小さくて、唇はみずみずしい果実のように紅く艶やかだ。
とにもかくにも妙な色気さえ併せ持っている。
唯一の欠点は身丈が百七五に満たないところだが、かえってそれが完璧すぎず、どんな年代の女性からも愛される所以だった。
ただ幼い頃から容姿で得をしてきたあまりに、ジェイミーは努力や意地とは縁遠く生きてきて、これといった特技もないまま成人を迎えてしまった。
気は優しく明朗だが職もなく、ただ女の子と遊ぶ毎日──姉のハンナは、このままでは不肖の弟にはヒモか宮廷の夜伽用侍男になるしか道はないと悩んでいた。
幼い頃に両親を亡くしてから、ハンナは長女として家を守り、三人のうちの二人の弟は立派に独立させた。残るはこのジェイミーだけ。
ハンナは村の重鎮達に相談し、噂だけで実在しないであろう魔王討伐にジェイミーを出すことで、ジェイミーの成長を促そうとしたのだった。
「こんにちは。可憐なデイジーのようなお嬢さん。いかにも僕は勇者だ。しかし見てくれ、この衣装。少し直せはしないかな?」
身についたイケメントークで微笑むジェイミー。娘はさらに頬を赤らめて頷くと、ジェイミーには服を着たままでいるよう言って、身体に寄り添うようにして繕い始めた。
ジェイミーに近づきたいとの下心満載ではあるが、縫製スキルは確かなようで、衣装はどんどん美しくなっていく。
「もしかして、この先の魔の森に棲むという魔王を倒しに行かれるのですか?」
「そうなんだよ。僕の住むカラザ地区では特に被害は出ていないのだけど、近くの地域の民は苦しんでいるからと、伝説の勇者である僕が使命を仰せつかったんだ」
イヤイヤ出てきたくせに、口八丁である。
「そうなのですね。素晴らしいですわ。……けれどお気をつけくださいませ。ここから先の地域は多くの厄災を受けていると聞いておりますの。魔王は本当に恐ろしいそうですわ」
娘は針を持つ手を震わせる。
ジェイミーは娘が続ける魔王の話にも、自分に刺さりそうな震える針にも心臓をびくつかせた。
──それからさらに三日後。
娘が言った通り、道を進むごとに魔王の厄災を耳にし、荒れた村を目の当たりにもした。
ハンナや村の重鎮達は知らなかったのだ。大魔王は本当に存在したのだということを……。
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