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オメガじゃないオメガ

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 日中は残暑を感じる気温に汗をかくが、さすがに十月。午後五時を回ると途端に風が涼しい。
 大通りに面した公園の、金木犀から香る優しい匂いに秋の気配を感じながら、千尋は病院へ向かっていた。今日は光也と一緒だ。

 車で行くつもりだった光也を電車に誘ったのは千尋から。光也がいるから心強いが、やはり結果を聞くのは緊張する。外を歩いて気持ちを整えたかった。

(歩いて正解だったな)

 歩幅を合わせてくれる光也と景色を見ながら歩くと、一歩進むごとに胸の中のもやが晴れていく。
 過去、一人きりで歩いていたアスファルトのモノクロの道が色づいて見えた。アスファルトの小さな割れ目に根付いた、名前も知らない小さな花の黄色も目に鮮やかで、長い間自分が感情を失くしていたことを実感しする。

 光也と再会してから忙しく動き出した感情……喜び、恥じらい、愛しさ、愛しさゆえの切なさ。
 今でも気持ちを言葉や態度で表現するのは下手だが、光也の隣にいればきっと自然にできるようになるだろう。

(もう僕は、鍵がかかった部屋で一人うずくまる僕じゃない。みっくんが一緒にいてくれるから、どんな結果も乗り越えていける)

「千尋、大丈夫?」

 病院のエントランスの前。足を止めた千尋を光也が気遣う。

「大丈夫。怖いんじゃなくて、闘志を高めてた」

 ガッツポーズで答えると、光也がまぶしそうに目を細めた。

「さすが、俺の王子様だ。俺の方が少し緊張していたかも。ねぇ、俺にもパワーを分けてくれる?」
「ん?」
「千尋、手を繋いで?」
「仕方ないなぁ。患者より付き添いの人が怖がるなんて。いいけど、診察室に入る前までだよ」

 光也が緊張などしてないことは一目瞭然だ。いつも通りに背筋がピンと伸びて、差し出された手のひらは暖かいが、緊張を示す湿りはない。

 千尋は光也の心遣いを嬉しく思いながら、指を絡めて手を握った。すぐにぎゅっと力が返ってきて、光也の愛情が指先から全身へと伝わってくる。

(大丈夫。どんな結果も、みっくんと受け止める)

「藤村さん、お入りください」

 診察室に呼ばれたときには、千尋の胸の底にわずかに残っていた不安はすべてなくなっていた。



「画像検査については先日お伝えした通りですが、こちら」

 医師は再度エコー画像を説明したのち、血液検査の用紙を取り出した。

「これは検査当日の値です。フェロモン値をここでは性ホルモン値と言いますが……藤村さんのホルモン値はカットオフ値以下。つまり検出できませんでした」

 医師が赤ペンで丸をつけた数値欄には「低い」を示す「L」だけが印字されていた。

「……ですが先生。性交時、彼からは確かにフェロモンも性分泌液も出ているのですが」

 唇を結んだ千尋に変わって光也が問う。
 医師は「ええ」とうなずいて、もう一枚の血液検査結果を取り出した。

「こちらがおおむね三か月間の平均的なホルモン値を示したものです。こちらは上限値を超えているのですが、この三か月の間にアルファ性との接触……おそらく数度の性的興奮があり、一時的にホルモンが上昇する日があったことを示しています」

 医師とはいえ他人から性交を指摘されると恥ずかしい。千尋は頬を熱くしたが、医師は気にとめずに説明を続ける。

「ただ、通常値が低い場合、本来なら平均値も低値を示さなければなりません。藤村さんは差が大きすぎるんです。問診から、藤村さんは叶さんとのご関係があるようですが」 
「はい、そうですが、何か問題が?」
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