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お仕事開始とあの夜と

④*

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 口腔じゅうの粘膜をえぐり取ろうとする獰猛な舌使いに、千尋は首をのけ反らせ、光也の両腕を掴んだ。
 その間にも、二本目の指を後孔に入れられ、中を撫で探られる。

「あぅっ……」

 他人の体の一部に自分の秘された内部を侵されている。二十六年間知りえなかった感覚に涙が滲み出た。
 腹から腰回りまでじんじんして、骨も内臓もぐちゃりと溶けて崩れてしまいそうだ。

「も、やめ……専務、何か上がってくるから、何か来ちゃうからっ……」

 吐き気とは違う得体の知れない波がやってくる。頭から呑み込まれて流されそうで怖い。

「大丈夫。怖くないよ、千尋。これが本当に感じるってことだよ。もっと感じて、俺の指」

 温かい大きな手に熱芯を包まれ、上下にこすられる。後孔の中の指も抽挿が始まり、前後からのぐちゅぐちゅと濡れた音に聴覚を支配された。

「は、ぁあっ……んっ!」

 頭の天辺から足の爪先に甘く切ない痺れが駆け抜ける。目の前で火花が散って頭が真っ白になるとともに、千尋の腹の上には白い水たまりができていた。


 そのあとの記憶はまた飛んでいるが、朝目覚めると毛布にくるまれ、光也にしっかりと抱きかかえられていた。

 (ひぇぇ、また意識を飛ばしてしまった!)

 声にならない声で叫び、瞳孔が開ききる勢いで目を剥いた。とても不細工だったと思うが、光也は驚いた猫をなだめるようにふんわりと微笑み、眉間に唇を落としてきた。
 
「おはよう、千尋。少し熱があるんだ。フェロモンは一度精を放っただけで薄くなっているようだけど、まだ発情期の症状が残ってる」

 それから、それはそれは甘い声で続けたのだ。

「もう誰にも千尋の香りを嗅がせたくないから、体調が落ち着くまでは家の敷地内から出てはいけないよ? いい? 約束だからね」

 ────かと言って、一方的な約束だし、出て行こうと思えば出て行ける。警備があるわけでもないし、日中はこの広い屋敷に千尋一人だ。

 それなのに出て行かず、ここにとどまるのは……。

「藤村さん、こちらをお願いします」

 成沢に声をかけられ、我にかえる。

「あっ、はい! 成沢さん、本日もお疲れ様でございました」

 千尋は返事をすると、成沢が差し出した包みを受け取り、帰宅する成沢を見送った。
 成沢から受け取るこの包みには、いつもその日の夕食が入っている。

「今日は鯖味噌ですよ! おいしそうですね。ほうれん草の胡麻和えと黒豆ご飯もあります」

 この家に居着きたくなる理由のひとつがこれだ。
 食にさほど欲がなく、放っておくと栄養飲料で済ませてしまう光也のために用意された食事に、贅沢な料理は入っていない。いかにも家庭料理である二菜と米飯が主だが、愛情が染み込んでいると感じる優しい味がして、家庭料理に飢えている千尋にはご馳走だ。

「どれ? 本当だ。父さんてば、藤村君が来てから余計にはりきって作っている気がしますね」

 着替えを終えた光也も タッパーから皿に移し変えてレンジにかける千尋の横に並び、二人でダイニングテーブルへ運ぶ。

「いつも私の分まで用意していただいてありがたいです。直接お礼を言えたらよいのですが……」

 作ったのは社長ではなく光也を産んだ父だ。社長以上にたやすく会える相手ではない。

「藤村君が結婚に応じてくれたらすぐに紹介するんですが」
「またそんなことを。しかも結婚だなんて」

 呆れ気味に言うと、光也は眉をハの字にして笑み、千尋の丸い頭をぽんぽん、としてテーブルに着く。この家に来てから、これもよくある会話。
 それから、その日のニュースや出来事など、他愛もない話をしながら一緒に食事をとる。
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