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運命と出逢った俺は、運命と番えない

運命の番に出会った②

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「で? 病院に駆け込んだと」
「ああ、ともかく俺にもすばる君にも緊急用の強い抑制薬が必要だと思って」
「でも、他のアルファに影響はなかったんでしょ?」
「そう、体調に変化をきたしたのは、俺とすばる君だけだった」
「なるほどね」

 察したように理人が頷いた。

「病院で言われた。すばる君はヒートは起こしていないって。第二性性徴期の始まりに、遺伝子的に組み合わせのいいアルファと遭遇してフェロモンが不安定になり、そのアルファだけに影響するフェロモンを暴発させているんだと……そして俺はそのフェロモンに反応してラットに傾き始めていたと」
「つまり、科学的に運命の番が証明されたわけだ」

 今度は俺が頷いた。医師は今のところ確かな証明方法では無いと言ってはいたが、呼気検査の結果を示して肯定的だった。

「やっぱりおいしいじゃない。光源氏計画・紫の上作戦ってやつ? 真鍋さんは光源氏っていうより髭黒の大将って感じだけど」
「ひげくろ……?」

 誰だ、それ。

 わからないが、なんとなく光源氏と正反対な男だろうというのはわかる。どうせ熊のような男か……髭が生えた無骨な武官を想像している俺の横で、理人はドルチェのストロベリージェラートを掬った。

「真鍋さんが彼にとっての唯一ですべてになれるじゃない。いつもそばにいて、そんな幼い頃から他の誰も目に映さないように守っていくことができる」

 羨ましいなぁ、俺ももっと早く天音に出会いたかった、と小さくこぼした声に、アルファ特有の念が乗った。

「お前なあ、それは守るとは言わねーんだよ。何度も言ってるが、高梨君を狭いところに閉じ込めておくんじゃねーぞ」

 言っても無駄だろうし、高梨君もそれで幸せそうなんだろうけれど……。

「はは。俺たちのことはいいんですよ。真鍋さん、ここからが本題でしょ」

 思ったとおり、理人は高梨君のことでは他人に口を出させないと言うように話題を切り替え、ジェラートを口に入れた。

 イチゴ味のジェラートの甘酸っぱい香りは、高梨君を思わせる。理人もそう思っているのだろう。飲み下すと満足げに口角を上げた。
 逆に食思が進まなかった俺は、重苦しいような気持ちを呑みこむ。

「……ああ。運命のつがいを前にして、どうやって自分を抑制したらいいかわからない」

 だから今夜、理人を呼んだ。運命に抗い、断ち切った理人を。

 「身体、きついでしょ? 自我が本能に流されていくのって」

 頷くよりも項垂れてしまう。

 本当にきつい。ここまでとは思わなかったのだ。

 すばる君が目の前にいるだけで、心臓が跳ねる。指先・爪先の細い神経までがビリビリと震える。悲しくもないのに胸が絞られて泣きたくなる。馬鹿みたいに大声で「すばる」と叫んで抱きしめたくなる。

「……抱きしめたくなる。キスしたくなる……身体を、繋げたくなる。そして」

 俺の思考と理人の言葉が重なった。俺は顔を両手で覆い、最後の言葉を頭から追い出そうとする。

 けれど。

「うなじを噛んでつがいを成立させたくなる」

 追い出せなかった俺の思考を、理人が漏れなく声に出した。それはとてもとても冷ややかな声で、俺は半ば無意識に「すまなかった」とつぶやいた。

 過去、理人が運命のつがいと出会って取った行動を、俺は激しく責めた。高梨君が許したあとも、俺だけは忘れてやらないなんて傲慢に考えていた。

 でも、今ならわかる。今連ねた欲望に抗うことがどれだけ困難を極めるのか。

 夢の中にいる状態なんてものじゃない。やったことはないが、おそらく麻薬に身体を蝕まれたときのような状態なんだろうと思う。多幸感に溢れてハイになって、抗おうとする気持ちなんてひと欠片も持てない。

 だから、そこから自我を呼び覚まし、腕を噛んで高梨君を思い続けた理人は、「凄い」としか言いようがない。理人は、心の底から高梨君を愛している。

 そして、理人が一番過去の自分を責めている。きっと理人は、命が尽きるその瞬間まで、あの日の自分を責め続けるんだろう。

「謝らなくていいよ。出会った者にしかはわからない。それに、真鍋さんは俺とは違うでしょ。真鍋さんは運命のつがいを愛することに素直に従えばいい。出会えて幸運だと、普通に……まあ、普通には喜べないか」

 声に温かみを取り戻した理人は、ふふ、と笑う。
 俺は両手を顔面から外し、今度はちゃんと頷いた。

「相手は中学生だ。今のを本能のおもむくままやったら、俺は犯罪者だ……」
「アハハハ!」
「だからなんで笑うんだよ!」

 こっちは打ちのめされてんだぞ。病院で言われたんだ。
”強い抑制剤を使うか、一度性交をすることでしかその衝動性は抑えられないと思われます”と。

 抑制剤はともかく、今の俺とすばる君に性交なんてありえない。

「真鍋さんて、人生に忍耐が課せられてるのかもね。羊の皮、なかなか脱ぎ捨てられないね」

 まだ笑ってやがる。

「羊の皮ってなぁ、俺は中身熊じゃないっての。でも、運命のつがいの前では野生動物になりそうな自覚があるから、彼には病院で別れて以降会ってない」
「ま、物理的に離れるのが一番だもんね。で、その彼の方はどうなの?」
「それが……」
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