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事故つがいの夫は僕を愛してる

初めての巣作り④

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 どうして 理人の声……僕、いつの間にか眠って夢を見ている? それとも。

「あーまね」

 やっぱり理人の、いつもの倍甘い声。
 びっくりして動きを止めると、そっとコットンケットがめくられた。

 頭が出で、感じまくって閉じていた瞼を開くと、理人が床に膝をついて屈み、僕の顔をのぞいている。

「えっ。えっ」
「遅くなってごめんね。ただいま、可愛い俺のつがい」
「えっ? えっ? 今、お昼……理人、本物? どうして」

 よだれも拭けずに窓を見るとまだ明るい。
 視線を動かしたときに見えた時計の針が指すのはまだ三時過ぎ。

「電話、鳴ったのにすぐ切れて、かけ直しても電源落ちてるから。それで天音の職場にかけたら真鍋が出て、天音のこと聞いたんだ」

 理人はコットンケットでくるんだまま僕を起こし、あぐらで座って膝に乗せ、抱きかかえた。

「もしかして、それで帰ってきてくれたの? だって、仕事は……? 予備校は……?」

 確かなつがいの存在が嬉しいのと、心配をかけたうえに帰ってきてもらったなんて申しわけないのとが混ざって、涙が出た。

 理人は指と唇で涙を拭ってくれる。

 あったかい……。

「心配しないで。最近は天音の発情期前後にいつでも有休が取れるように仕事を調整してもらってるんだ。だから半休も取れるし、予備校の勉強も、発情期が終わったらしっかりやるから大丈夫」

 嘘みたいだ。つい半年くらい前までの理人は、義務のように僕の発情期に付き合っていた。
 できるだけ僕との接触を少なくして、顔も見ずに必要最低限の性行為をしていた。

 それもこれもすべて誤解で、僕のフェロモンを吸うと酷く抱いて怖がらせてしまうかもしれない、と理人が思っていたからだけれど、そうだった。
 
 それが今は僕を抱きしめ、キスをしながら「一人にしてごめんね」「愛してるよ」と繰り返してくれる。

「う……」
「こんなに泣くなんて……よっぽど辛かったんだね。ごめんね」
「ううん、嬉しくて……。我慢したかったけど、やっぱり僕、理人にそばにいてほしかったから。一緒にいてほしかったから、帰ってきてくれて嬉しい」

 いい匂いの胸にしがみつくと、理人は僕のうなじを撫でながらくすっと笑った。

「そうか……それで、俺のものに包まれるだけじゃなく、たくさん並べていてくれたんだね?」
「あ……」

 言われてリビングの床を見る。そこには理人の部屋から続く服の道ができている。

「これが、天音の巣作りなのかな?」
「巣作り……僕の……」

 そうだ。無自覚だったけれど、確かにこれは「巣作り」だ。

「巣作り」は、オメガの求愛行動の一種で、発情期に愛するつがいに抱かれたいという思いが募り、本能的につがいの匂いがする衣類を集めて積み上げ、その中でくるまる行動のことだ。

 僕は、今まで理人に愛されていないと思っていたから、巣作りをしても嫌がられるだけだろうと避けていた。だからつがいになってからも一度も作ったことがなくて、「巣作り」という行為があることも、無意識に頭から追い出していた。

 だけど今は愛されている、って実感があるから、自然と行動していたのかも。

 ――だけど、でも。こんなの、違う。

「こんなの……おかしい。パジャマは着ちゃって、お布団類はここに持ち込んで寝そべってるだけ。他の服は広げて並べて……こんなの全然"巣"じゃない」

 オメガの巣は、綺麗なドーム型になるのが理想だ。そして、素敵な巣を作ってつがいに褒めてもらうことが、オメガにとってアルファからの「愛してる」の代名詞になる。

 こんな変な巣じゃ理人に褒めてもらえない。きっと呆れて笑ってるんだ。せっかく理人がたくさん愛情をみせてくれるようになったのに、僕の愛情の形はこんなものなのか、ってがっかりされてしまう。
 その証拠に、理人は並べた服を見たまま動かず、なにも言わない。
 
「ごめんなさい。次は上手に作るから。ごめんなさ」
「とっても素敵だ……」
「え……」
 
 怖くて見ることができなかった顔を見上げ、謝ると、言葉を言い切らないうちに理人が言った。
 
 あ……理人の顔、お花みたい。柔らかい日差しに照らされ、穏やかな風に揺れる、春に咲くお花。

「凄いね、天音。綺麗に掃除をして、きちんと整頓された部屋に俺の服が綺麗に並んでる。几帳面な天音らしくて、帰ってきた、ってほっとする。それに、まるで家全体が巣になったみたいに感じる」
「家全体が?」
「うん。こんなの聞いたことがない。天音は自分だけが入る巣じゃなくて、俺が一緒に入って安らげる巣を作ってくれたんだね。……嬉しい。すごく嬉しいよ」

 僕を抱きしめ、弾んだ声で言ってくれる。

「ほんとに、ほんとにそう思ってくれる?」

 結婚してから、僕はいつも思っていた。
 不器用でも時間がかかっても、丁寧に家を整えて理人が寛げる家にしたいって。理人が帰ってきたいと思える家にしたいって。

「そう言ってるでしょ。俺たちの巣は最高に素敵だよ? それに見て。俺の服、なんだか"道"みたいじゃない?」
「み、ち……」

 理人もそう思ってくれるの?
 僕ね、僕、理人との思い出をひとつひとつ噛みしめながら置いていったんだよ。
 これは、僕の中の理人との思い出の道だって思いながら。

 そう言いたいのに胸が熱くなって言えなくて、理人の腕の中でこくこくこくこくと頷いた。

「まるで、ヴァージンロードだね」

 ヴァージンロード……?
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