9 / 76
事故つがいの夫は僕を愛さない
運命のふたり ②
しおりを挟む
嘘……キス、を……。
──どくん、どくん、どくんどくん、どく、どく、どくどくどく……。
心臓がけたたましく叫び出し、全身が震えた。
理人は彼を抱きしめ、人目もはばからずに貪るようなキスを返している。
僕はなにを見ているの? これは、現実なの?
心臓の忙しい拍動と同じリズムでしか呼吸ができなくなる。息苦しくて、鼻からも空気を吸った。直後、嫌な匂いが僕の鼻や喉の粘膜に絡みつく。
「んぐっ……」
昨日理人が持ち帰った匂いだ。理人に纏わりつき、誰も近寄らせないように主張してくる、あの匂い。
「わあ、あのふたり、‘‘運命の番‘‘じゃない?」
「本当だ。唯一の相手に出会ったのね。凄いわね!」
匂いで気分が悪くなり、ふらついてしゃがみこむと、道ゆく人の声がした。
運命の番は数千組にひと組とも、数万人にひと組とも言われるけれど、実際にアルファとオメガの間に存在していて、その繋がりはベータにも憧れられるほど強固な愛の繋がりだ。
たとえ他に番がいても、出会ってしまったらアルファは運命に抗えずに愛情が移り、オメガはもし番がいても、番の刻印が自然に消え、運命を受け入れられる身体になる。
ふたりが、運命の、番……? 唯一の相手……?
言葉としては聞こえてくるものの、意味を理解できなくて……したくなくて、もう一度ふたりを視界に映す。
ふたりはまだ熱いキスの途中だった。
道ゆく人は彼らがアルファとオメガであることを悟り、拍手を送る人も出てきた。運命の番だと認め、祝福している。
今まで一度も考えなかったわけじゃない。この地球のどこかに理人の運命の番がいたとして、同じく僕にもいたとして、もしも出会ったらどうなるんだろうと想像したことはある。だけど身近で出会った人を見たことがなかったし、それよりも、目の前にいる理人に愛されたい気持ちの方が大きくて、深く考えたことはなかった。
けれど……理人は出会ってしまったの? その彼と新しく番を結んでしまうの?
「うっ……」
声を上げて泣き出してしまいそうで、僕は数歩地面を這い、よろよろと起き上がって、ふらつきながら家へと帰った。
必死に堪えた涙と声は、家でも爆発しない。ふたりで暮らす家なのに、こんなに寂しいところだったんだと今日の今、気付いてしまったからだ。
唯一、食事時間のわずかな時間をふたりで過ごすリビングには、必要最低限のものしかない。ふたりで選んだものや、思い出の品がひとつもない。
自分の部屋に行けば当然もっとそうだ。
なんて空虚なんだろう。心の中も穴が開いたみたいに空虚で、涙も出てこない。
僕は部屋の電気もつけず、服もそのままで、カーペットに座り込んだ。
ねえ、理人。理人の帰宅が最近遅かったのは、彼と会っていたから?
僕はこれからどうしたらいい? 運命の番を見つけた理人は、この家に帰ってきてくれるの?
……もし帰ってこなかったら? 帰ってきても、運命の番と生きていくから、別れてくれと言われたら?
「嫌だ……」
理人のいない生活を考えたくない。理人に捨てられるなんて、少しも想像したくない。
帰ってきて。理人、今すぐ帰ってきて……!
けれどその夜、理人は僕たちの家に帰ってこなかった。
──どくん、どくん、どくんどくん、どく、どく、どくどくどく……。
心臓がけたたましく叫び出し、全身が震えた。
理人は彼を抱きしめ、人目もはばからずに貪るようなキスを返している。
僕はなにを見ているの? これは、現実なの?
心臓の忙しい拍動と同じリズムでしか呼吸ができなくなる。息苦しくて、鼻からも空気を吸った。直後、嫌な匂いが僕の鼻や喉の粘膜に絡みつく。
「んぐっ……」
昨日理人が持ち帰った匂いだ。理人に纏わりつき、誰も近寄らせないように主張してくる、あの匂い。
「わあ、あのふたり、‘‘運命の番‘‘じゃない?」
「本当だ。唯一の相手に出会ったのね。凄いわね!」
匂いで気分が悪くなり、ふらついてしゃがみこむと、道ゆく人の声がした。
運命の番は数千組にひと組とも、数万人にひと組とも言われるけれど、実際にアルファとオメガの間に存在していて、その繋がりはベータにも憧れられるほど強固な愛の繋がりだ。
たとえ他に番がいても、出会ってしまったらアルファは運命に抗えずに愛情が移り、オメガはもし番がいても、番の刻印が自然に消え、運命を受け入れられる身体になる。
ふたりが、運命の、番……? 唯一の相手……?
言葉としては聞こえてくるものの、意味を理解できなくて……したくなくて、もう一度ふたりを視界に映す。
ふたりはまだ熱いキスの途中だった。
道ゆく人は彼らがアルファとオメガであることを悟り、拍手を送る人も出てきた。運命の番だと認め、祝福している。
今まで一度も考えなかったわけじゃない。この地球のどこかに理人の運命の番がいたとして、同じく僕にもいたとして、もしも出会ったらどうなるんだろうと想像したことはある。だけど身近で出会った人を見たことがなかったし、それよりも、目の前にいる理人に愛されたい気持ちの方が大きくて、深く考えたことはなかった。
けれど……理人は出会ってしまったの? その彼と新しく番を結んでしまうの?
「うっ……」
声を上げて泣き出してしまいそうで、僕は数歩地面を這い、よろよろと起き上がって、ふらつきながら家へと帰った。
必死に堪えた涙と声は、家でも爆発しない。ふたりで暮らす家なのに、こんなに寂しいところだったんだと今日の今、気付いてしまったからだ。
唯一、食事時間のわずかな時間をふたりで過ごすリビングには、必要最低限のものしかない。ふたりで選んだものや、思い出の品がひとつもない。
自分の部屋に行けば当然もっとそうだ。
なんて空虚なんだろう。心の中も穴が開いたみたいに空虚で、涙も出てこない。
僕は部屋の電気もつけず、服もそのままで、カーペットに座り込んだ。
ねえ、理人。理人の帰宅が最近遅かったのは、彼と会っていたから?
僕はこれからどうしたらいい? 運命の番を見つけた理人は、この家に帰ってきてくれるの?
……もし帰ってこなかったら? 帰ってきても、運命の番と生きていくから、別れてくれと言われたら?
「嫌だ……」
理人のいない生活を考えたくない。理人に捨てられるなんて、少しも想像したくない。
帰ってきて。理人、今すぐ帰ってきて……!
けれどその夜、理人は僕たちの家に帰ってこなかった。
345
お気に入りに追加
3,800
あなたにおすすめの小説
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる