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事故つがいの夫は僕を愛さない

運命のふたり ②

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 嘘……キス、を……。

 ──どくん、どくん、どくんどくん、どく、どく、どくどくどく……。

 心臓がけたたましく叫び出し、全身が震えた。

 理人は彼を抱きしめ、人目もはばからずに貪るようなキスを返している。

 僕はなにを見ているの? これは、現実なの?

 心臓の忙しい拍動と同じリズムでしか呼吸ができなくなる。息苦しくて、鼻からも空気を吸った。直後、嫌な匂いが僕の鼻や喉の粘膜に絡みつく。

「んぐっ……」

 昨日理人が持ち帰った匂いだ。理人に纏わりつき、誰も近寄らせないように主張してくる、あの匂い。

「わあ、あのふたり、‘‘運命の番‘‘じゃない?」
「本当だ。唯一の相手に出会ったのね。凄いわね!」

 匂いで気分が悪くなり、ふらついてしゃがみこむと、道ゆく人の声がした。

 運命の番は数千組にひと組とも、数万人にひと組とも言われるけれど、実際にアルファとオメガの間に存在していて、その繋がりはベータにも憧れられるほど強固な愛の繋がりだ。 

 たとえ他に番がいても、出会ってしまったらアルファは運命に抗えずに愛情が移り、オメガはもし番がいても、番の刻印が自然に消え、運命を受け入れられる身体になる。

 ふたりが、運命の、番……? 唯一の相手……?

 言葉としては聞こえてくるものの、意味を理解できなくて……したくなくて、もう一度ふたりを視界に映す。

 ふたりはまだ熱いキスの途中だった。

 道ゆく人は彼らがアルファとオメガであることを悟り、拍手を送る人も出てきた。運命の番だと認め、祝福している。

 今まで一度も考えなかったわけじゃない。この地球のどこかに理人の運命の番がいたとして、同じく僕にもいたとして、もしも出会ったらどうなるんだろうと想像したことはある。だけど身近で出会った人を見たことがなかったし、それよりも、目の前にいる理人に愛されたい気持ちの方が大きくて、深く考えたことはなかった。

 けれど……理人は出会ってしまったの? その彼と新しく番を結んでしまうの?

「うっ……」

 声を上げて泣き出してしまいそうで、僕は数歩地面を這い、よろよろと起き上がって、ふらつきながら家へと帰った。

 必死に堪えた涙と声は、家でも爆発しない。ふたりで暮らす家なのに、こんなに寂しいところだったんだと今日の今、気付いてしまったからだ。

 唯一、食事時間のわずかな時間をふたりで過ごすリビングには、必要最低限のものしかない。ふたりで選んだものや、思い出の品がひとつもない。
 自分の部屋に行けば当然もっとそうだ。

 なんて空虚なんだろう。心の中も穴が開いたみたいに空虚で、涙も出てこない。

 僕は部屋の電気もつけず、服もそのままで、カーペットに座り込んだ。

 ねえ、理人。理人の帰宅が最近遅かったのは、彼と会っていたから?

 僕はこれからどうしたらいい? 運命の番を見つけた理人は、この家に帰ってきてくれるの? 

 ……もし帰ってこなかったら? 帰ってきても、運命の番と生きていくから、別れてくれと言われたら?

「嫌だ……」

 理人のいない生活を考えたくない。理人に捨てられるなんて、少しも想像したくない。

 帰ってきて。理人、今すぐ帰ってきて……!

 けれどその夜、理人は僕たちの家に帰ってこなかった。
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