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「蛇神様……! 僕は身代わりの偽物神子ですが、貴方に尽くします! なんでもします! だから、おそばに置いて教えて下さい。愛するということを!」

 ラプシは我を忘れ、必死で懇願した。
 これまでの人生で必死になったことは今まで一度もなかった。だが誕生日を知ったこと、授けられた力を知ったことで、それを与えてくれた神に、教えてくれた神に、もっともっと教えて欲しいと思った。

 蛇神は眉を寄せ、訝しげにラプシを見た。そしてしばらく黙っていたかと思うと、緩く頭を振ってため息をつき、蛇の姿に戻る。

 (ああ、蛇の姿でもやっぱり綺麗。……でも、蛇神様が去ってしまう)

「待って! お願い。置いて行かないで下さい! 待って、待って、連れて行って下さいっ……」

 許可されていないのに、ラプシは土下座姿勢のままズルズルと体を引き、湖に潜ろうとした蛇神のそばににじり寄った。
 手を伸ばし、硬くて滑らかな鱗に触れる。

 蛇神が動きを止めた。
 そろりと見上げると、静かにラプシを見下ろし、じっと見つめてくる。

「あ……」

 しばらく視線を絡ませ合ったのち、蛇神は細長い紅の舌を出してラプシの手を舐めた……撫でてくれたように感じた。

「お前、蛇の私が怖くはないのか」
「……怖いなんて! とても美しくて、あの、えっと、大好きです!」

 好き、ってこう言う使い方でいいんだろうか。一緒にいたいとか離れたくない時に使うような気がしたから。

「そうか……」

 ラプシには白蛇が笑ったような気がした。蛇の姿でも表情がわかる気がする。

「これもなにかの縁か……いいだろう。しばらくの間だが、お前を預かろう。お前、名は?」
「ラプシです!」

 受け入れてくれた! その嬉しさに、義母が付けた名前を大きな声で言った。
 すると、蛇神が顔を歪めたように見えた。

「ラプシ? 捨て子、と言う意味ではないか……」
「そうなんですか? 知らなかったです。でも、名前なんてなんでも……」
「駄目だ。二十九日生まれの子供には愛のある名前を……そうだ、お前に名を授けよう。お前の名は今日からマリエルだ」
「マリエル……ありがとうございます!」

 意味はわからない。それでも、優しい響きのある名前に、胸に暖かさが満ちていく。

「凄いです。身代わりになったら誕生日がわかって、その誕生日に名前のプレゼントをしてもらえるなんて!」

 ────俺の身代わりなんて幸せだと思え。

 そう言ったアルフレードの顔が浮かび、ラプシは彼に感謝をした。

(本当だ。アルフレード、素敵なプレゼントを、君はくれた)

「……マリエル、誕生日おめでとう」

 蛇神は水が風に揺れるような穏やかな声でそう言うと、ラプシを背に乗せてなにかの呪文を唱え、湖に入っていく。
 不思議なことに水の中でも息ができて、体も濡れなかった。
 
(今日から蛇様のおそばが僕の居場所。しばらくの間だと蛇神様は言ったけれど、少しでも長くおそばにいられますように……)

 ラプシは蛇髪の背にしっかりと体を寄せて祈った。

「マリエル」────その名が"唯一愛すべきもの"の意味を持つと知るのは、まだまだ先のこと。


おしまい
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