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ミックス番外編SS集(なんでも許せる方むけ)

牡丹に蝶 1

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 転生物語が世にあふれている。多いのは無実の罪で断罪されたり、不幸な人生を不慮の事故で終えて……って始まり。確かにそこから逆転する人生ストーリーっていいよね。主人公はちょっとばかりチートな能力があってさ。前世の反省も生かしながら邁進していくの、現実世界でも「やり直しはいくらでもできる」って勇気づけられる感じ?
 
 でも、俺はさ……。

「七緒。S&Gさんから、次の企画はお前に任せたいと直々に依頼があったぞ」

「ありがとうございます。お任せ下さい。必ずご満足頂ける結果を持ち帰ります」


 ほら、あちらさんから契約が飛び込んできた。こんなふうに、俺は前世でも現世でもそれなりの能力持ちだから、転生物語のテンプレの「頑張る」主人公には当てはまらない。いや、なろうとも思わないけどね。こう何度も転生していると、他人の物語を一読者として俯瞰的に見ている方が面白い───俺の一番最初の記憶は江戸時代だ。

 


「このたび、咲華に昇進いたしました牡丹にございます。寛永様と褥を共にできること、この上なき幸せに存じます」

 牡丹。それが俺の最初の人生での名前。と言っても今で言う源氏名だけれど。
 そう、源氏名があった俺は、江戸では「陰間」をやっていた。
 ナンバーワンにはなれなかったけど、ナンバーツーだからね。ナンバーツーはナンバーワンほど責務もないから好きにやれるし良かったよ。

 家が貧乏で六人兄弟の末っ子だった俺は、十一の時に女衒ぜげんに売られたわけだが、あの女衒は酷かったな。やっすい金で俺を叩き買いして、売った先は河岸かし見世。

 河岸見世は吉原の区画内にありながら、場末の遊女が集まる格安の風俗店だ。
「見世」と名はついているが勿論劇場じゃない。遊女達が小さな店の前にござを敷いて、ずらりと横並びするから「見世物」の「見世」だ。

 女衒はさ、俺の親に「女」だと偽られて俺を買ったから、男だと知って逆上して、緩い規則の河岸見世に騙し売りをしたんだろうね。親も女衒も陰間の価値を知らなかったらしい。知っていたら、湯島どころか陰間が一番栄えた芳町で高く売れただろうに、残念でした。

 そんなわけで最初は最悪。河岸見世で最低ランクの遊女屋での下働き。ちょっとは真面目にやったけど、この俺が我慢できるわけがない。隙を見て逃げ出したよ。
 でもさ、吉原での足抜けは大罪だ。子供だった俺はすぐに捕まり、大門近くの往来で激しい折檻を受けた。子供でも容赦はない。それが吉原の掟であり、見せしめだからだ。

 でも……。
 そこに通りかかったのが湯島の地主、保科家の大旦那様だ。大旦那様はひと目で俺の美しさと将来性を見抜き、河岸見世から俺を買って華屋に預けてくれた。
 保科の大旦那様は遊女遊びはされないけど、その日は湯島の花街発展の為に吉原に視察にいらしていたのだ。俺の運、良いと思わない?
 
 華屋ではしゃかりきに努力したよ。努力の中には人を欺くことも入ってはいたけどね。あの世界では才能か手練手管かけひきが必要だったんだ。
 俺は「幸せ」になりたかった。
「幸せ」はただ座って笑ってるだけじゃ手に入らない。

 華屋の上の陰間達でも歌舞伎座に上がれるのは片手ほど。その中でもやはり「華」を張るような陰間でないと、その他大勢、群舞の中にすぐに埋もれてしまう。
 身請けされたって……年を取れば捨てられるのがオチだ。俺は何人もそんな悲惨な陰間達を見てきた。

 でも俺はそうはならない。俺は必ず華になり、歌舞伎座に上がって名声も金も手に入れる。それが俺の目指す「幸せ」だった。


 だから、あいつ──百合は最初、本当に気に入らなかったね。

「こんな、愛の無い行為はただの乱暴だ」

 なんてさ。
 憎ったらしいったらなかった。

 愛なんか腹の足しにもならないよ。お客達は愛を囁きに来るけど全部嘘だからね? お客は金さえ落としてくれればそれでいいんだ。たくさん金を落としてくれればその分昇進も早まる。

 馬鹿だね、百合。
 そんなだから俺に騙されたんだよ。


 ***


「七緒さん、有益な時間をありがとうございました。このあと、いつも通りお食事の場を設けてありますのでどうぞ」

 企画会議のあと、S&G社側の企画リーダーである前島が用意した車に乗り込む。
 到着した先は都内の隠れ家的な高級料亭だ。

 ここを使えるのは官僚や大物芸能人と聞いているけど、俺は常連だ。
 なぜなら……。

「七緒くん、待っていたよ」
「相変わらず美しいね、さ、こっちへ」

 待っているのはS&G社の専務と常務。酒と料理が置かれたテーブルがあるこの座敷の続きの座敷には、この時代には見なくなった紅い三つ褥。

「お待たせしました。美酒のお相手が先ですか? それとも」

 スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイに指をかけて微笑む。専務と常務は「先に君を味わおうか」と言った。
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