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ᒪove Stories 〈第二幕〉 ほぼ❁✿✾ ✾✿❁︎
Eternal Love 1
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季節はあっと言う間に巡って行く。ついこのあいだニ一歳になったと思ったら、悠理はもう次の誕生日を迎えようとしていた。
「疲れてない? もう市内には入ってるからね」
悠理が乗る車の運転席には彬。
今日からわずか三日ではあるが、二人揃ってオフが取れて、悠理は誕生日プレゼントに旅行を選んだ。
行き先は大阪だ。彬は「そんな近くでいいの?」と言ったが、オフが三日しかないことや、今や有名人の仲間入りを果たして新幹線に乗るのも苦労する状況であることを差し引いても、悠理には一番に訪れたい場所だった。
「うん。俺は助手席で座ってるだけだし。彬さんこそ長時間の運転になっちゃってごめんね」
「俺は大丈夫だよ。悠理に触りたくなったら休憩して好きに触れたし、車で移動して正解だな……さぁ、あとニ十分かからないからね」
彬はそう言うと、ナビからテレビ画像に切り替えてくれる。
画面には楓真が主演を務める恋愛ドラマのコマーシャルが流れていた。
このドラマ、あまりに濃密なラブシーンに、相手の人気若手女優と楓真が交際しているのではないかと世を賑わすほどで、一時期SNSでトレンドになっていた「楓真✕悠理」はすっかり下火になった。
(楓真、頑張ってるな……)
あの夏の舞台以降、悠理と楓真の共演はない。互いに三年先までおおよそのスケジュールが決まっている嬉しい悲鳴を上げる状況で、たまにメッセージアプリで話したりはするが、以前ほど蜜に関わる時間は少なくなった。
それでも、楓真にとっての悠理は親しい俳優仲間の中でも特に気の置けない存在で、同士としての尊敬の念も持っていることは周囲を取り巻く人間達も感じている。
悠理もまた同じだ。二人は今生きているこの時代の中で、新たな関係を構築していっている。
「悠理、見えてきたよ」
彬に声をかけられて、顔を液晶画面から車窓にやると、大きくはないが煉瓦造りの会館が見える。
一度その前を通り過ぎ、近くのパーキングに車を入れて、二人、その会館へと向った。
敷地に入るとすぐに石碑があって「淀橋屋米市場跡」と刻まれている。石碑の後ろ側の文字は判別できないが、江戸時代に淀橋屋が先物取引の最先端を担った功績が書かれているのだろう。
悠理と彬は足を進め「淀橋屋記念会館」に入る。平日の昼前の為か観覧客は二人だけで、館内はひっそりとしていた。受付の男性が案内を声掛けしてくれたが、それを断り経路順に進む。
多くは米市場の発祥から初代の淀橋屋の記録とその後の発展を記すものだったが、展示室の最後、他よりも少し狭いスペースに、淀橋屋の家系図がガラスケースに収められていた。
「……あ」
ある。ちゃんとある。
悠理が「在る」か確かめたかったその文字────淀橋屋宗光。
直接米取引に関わってはいない為に、その五文字しか彼が存在していた記録はないが、宗光とその父親、兄、弟は線で繋がれ、さらに宗光と並ぶように書かれた女性名にも線が結ばれ、江戸末期迄のものではあるが、その下にさらに線は延びて名前が続いていた。
つまりは淀橋屋宗光は淀橋屋の一族の一員として認められ、宗光自身も結婚して家族を持って子孫を残したということだ。
「……良かった……きっと幸せになったんだよね……」
悠理は小さく呟いた。
過去、家族からの愛に恵まれずに百合にそれを求めていた宗光を思い出す。時折見せていたあの暗い瞳は、大阪に戻ってからは淀むことはなかったのだと希望が持てた。
後ろから覗いていた彬がなにも言わずに悠理の頭をぽんぽんと撫でる。
彬を見上げる悠理の顔は、ふにゃりと笑っていた。
会館をあとにして次に車を走らせたのは大阪の観光中心地だったが、やはりこちらは平日など関係なく人が溢れている。
悠理はマスクにメガネと帽子で変装はしているが、歩くだけでも危険に晒される気がして、予約した昼食場所の個室以外は安息の場はなさそうだった。
もちろん、店でもサインと写真は頼まれたのだが。
「やっぱり国内は駄目だね。これじゃあ観光は諦めた方がいいかも」
彬が悪いわけではないのに「ごめんね」と最後に付け加えられ、悠理は首を振った。
来たかったのは自分だし、一番の目的は達成されたのだから、逆に彬に申しわけない。
「彬さん、大阪観光にはならないけど、行ってみたいところがあるんだ。いい?」
「うん?」
首は傾げるが、彬がおねだりを拒否することはないとわかっている悠理は、口角を上げてナビを操作する。
入力した行き先は動物園。土日や祝日は若いカップルや親子連れで賑わうが、大阪で有名な水族館のようには、平日の来場者が多くないことは予め調べ済みだ。
宗光もそうだったが、悠理も幼い頃の家族との思い出は少ない。本当の父親を早くに亡くし、シングルマザーとなってほとんど働きに出ていた母親には甘えることはできなかった。
動物園に行った記憶は保育園の遠足が最後だ。
せっかくの大阪だから、なんて思わない。どんな場所でも幼い頃に叶えられなかった小さな望みを彬と一緒に叶えられたら、それで満足なのだ。
「いいね。俺も小学生以来かも。東京じゃ行けないしね。ああ、ここ、車ならすぐだね」
彬も笑顔で同意して、アクセルを踏んだ。
「疲れてない? もう市内には入ってるからね」
悠理が乗る車の運転席には彬。
今日からわずか三日ではあるが、二人揃ってオフが取れて、悠理は誕生日プレゼントに旅行を選んだ。
行き先は大阪だ。彬は「そんな近くでいいの?」と言ったが、オフが三日しかないことや、今や有名人の仲間入りを果たして新幹線に乗るのも苦労する状況であることを差し引いても、悠理には一番に訪れたい場所だった。
「うん。俺は助手席で座ってるだけだし。彬さんこそ長時間の運転になっちゃってごめんね」
「俺は大丈夫だよ。悠理に触りたくなったら休憩して好きに触れたし、車で移動して正解だな……さぁ、あとニ十分かからないからね」
彬はそう言うと、ナビからテレビ画像に切り替えてくれる。
画面には楓真が主演を務める恋愛ドラマのコマーシャルが流れていた。
このドラマ、あまりに濃密なラブシーンに、相手の人気若手女優と楓真が交際しているのではないかと世を賑わすほどで、一時期SNSでトレンドになっていた「楓真✕悠理」はすっかり下火になった。
(楓真、頑張ってるな……)
あの夏の舞台以降、悠理と楓真の共演はない。互いに三年先までおおよそのスケジュールが決まっている嬉しい悲鳴を上げる状況で、たまにメッセージアプリで話したりはするが、以前ほど蜜に関わる時間は少なくなった。
それでも、楓真にとっての悠理は親しい俳優仲間の中でも特に気の置けない存在で、同士としての尊敬の念も持っていることは周囲を取り巻く人間達も感じている。
悠理もまた同じだ。二人は今生きているこの時代の中で、新たな関係を構築していっている。
「悠理、見えてきたよ」
彬に声をかけられて、顔を液晶画面から車窓にやると、大きくはないが煉瓦造りの会館が見える。
一度その前を通り過ぎ、近くのパーキングに車を入れて、二人、その会館へと向った。
敷地に入るとすぐに石碑があって「淀橋屋米市場跡」と刻まれている。石碑の後ろ側の文字は判別できないが、江戸時代に淀橋屋が先物取引の最先端を担った功績が書かれているのだろう。
悠理と彬は足を進め「淀橋屋記念会館」に入る。平日の昼前の為か観覧客は二人だけで、館内はひっそりとしていた。受付の男性が案内を声掛けしてくれたが、それを断り経路順に進む。
多くは米市場の発祥から初代の淀橋屋の記録とその後の発展を記すものだったが、展示室の最後、他よりも少し狭いスペースに、淀橋屋の家系図がガラスケースに収められていた。
「……あ」
ある。ちゃんとある。
悠理が「在る」か確かめたかったその文字────淀橋屋宗光。
直接米取引に関わってはいない為に、その五文字しか彼が存在していた記録はないが、宗光とその父親、兄、弟は線で繋がれ、さらに宗光と並ぶように書かれた女性名にも線が結ばれ、江戸末期迄のものではあるが、その下にさらに線は延びて名前が続いていた。
つまりは淀橋屋宗光は淀橋屋の一族の一員として認められ、宗光自身も結婚して家族を持って子孫を残したということだ。
「……良かった……きっと幸せになったんだよね……」
悠理は小さく呟いた。
過去、家族からの愛に恵まれずに百合にそれを求めていた宗光を思い出す。時折見せていたあの暗い瞳は、大阪に戻ってからは淀むことはなかったのだと希望が持てた。
後ろから覗いていた彬がなにも言わずに悠理の頭をぽんぽんと撫でる。
彬を見上げる悠理の顔は、ふにゃりと笑っていた。
会館をあとにして次に車を走らせたのは大阪の観光中心地だったが、やはりこちらは平日など関係なく人が溢れている。
悠理はマスクにメガネと帽子で変装はしているが、歩くだけでも危険に晒される気がして、予約した昼食場所の個室以外は安息の場はなさそうだった。
もちろん、店でもサインと写真は頼まれたのだが。
「やっぱり国内は駄目だね。これじゃあ観光は諦めた方がいいかも」
彬が悪いわけではないのに「ごめんね」と最後に付け加えられ、悠理は首を振った。
来たかったのは自分だし、一番の目的は達成されたのだから、逆に彬に申しわけない。
「彬さん、大阪観光にはならないけど、行ってみたいところがあるんだ。いい?」
「うん?」
首は傾げるが、彬がおねだりを拒否することはないとわかっている悠理は、口角を上げてナビを操作する。
入力した行き先は動物園。土日や祝日は若いカップルや親子連れで賑わうが、大阪で有名な水族館のようには、平日の来場者が多くないことは予め調べ済みだ。
宗光もそうだったが、悠理も幼い頃の家族との思い出は少ない。本当の父親を早くに亡くし、シングルマザーとなってほとんど働きに出ていた母親には甘えることはできなかった。
動物園に行った記憶は保育園の遠足が最後だ。
せっかくの大阪だから、なんて思わない。どんな場所でも幼い頃に叶えられなかった小さな望みを彬と一緒に叶えられたら、それで満足なのだ。
「いいね。俺も小学生以来かも。東京じゃ行けないしね。ああ、ここ、車ならすぐだね」
彬も笑顔で同意して、アクセルを踏んだ。
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