上 下
135 / 149
ᒪove Stories 〈第二幕〉 ほぼ❁✿✾ ✾✿❁︎

Love to give you6

しおりを挟む
   悠理が、新作チョコレートのコマーシャル撮影でたんまりもらったお土産を両手にマンションに戻ると、先に彬が帰宅していた。 

「彬さん!」
「悠理、おかえり」
「彬さんも」

  会話しながら互いの体は近づいて、言葉の最後にはすっかりハグをしている。
  ニ週間ぶりの彬の感触。広い胸にすっぽり包まれて、一瞬で充足感が満ちる。

「変わりなかった? 前に電話した時は少し様子が違ったからトラブルでもあったのかと思ったよ」

  鋭いな、と悠理はどきりとした。多分楓真関連だということもお見通しだろう。けれど、悠理は言い出せなかった。勿論、後ろめたさがある。理由はどうあれ、他の人と仕事以外でキスをしたのだ。

(でも、あれは浮わついた気持ちからじゃない。浮気なんか絶対しないし。だけど本気で、っことじゃない)
  自分でもわからないのだ。起こった事象だけを伝えるのは簡単だが、理由を説明できないから、話すと軽薄な告白にしかならない気がした。

「んーん。俺、は、なにも変わらないから大丈夫。彬さん、大好き……」
  悠理は彬の胸にぎゆっとしがみついた。自分が欲しい暖かさは間違いなくここにある。気持ちに偽りはない。

「……そっか……悠理、俺も好きだよ。会いたかった」
  彬も追及はしない。代わりに悠理の頭の天辺に唇を落とし、こめかみヘ移る。悠理が顔を上げれば、眉間、鼻筋、そして唇へと移った。

  ちゅ、ちゅ、と水音が立つ。すぐに唇が開いて口内に暖かさが伝わった。抱きしめられて、より深い部分を舌が撫でる。
  二人はそのまま床へと体を落とし、互いの熱を開放した。


  
  翌日は日曜日で、彬は休みのはずだが、悠理が目覚めると既に姿はなかった。
  スマートフォンにメッセージが入っていて「人に会う用事ができたからごめん。食事は冷蔵庫に……」と、諸々の連絡が共に連らなっている。
  悠理は十一時からの仕事で時間に余裕があった為、彬とゆっくり過ごせると思っていた当てが外れてしゅんと萎れた。

(彬さんも忙しいな。でも、一緒に暮らせてるだけマシだよな)

  メッセージの最後に「稽古が終わったら迎えに行くからね」とあり、それを見て気持ちに折り合いをつける。忙しい中でもこうして時間を作ってくれているのだ。萎れてばかりもいられない。
  そして、もう二度と彬に言えないことをしないようにしよう……悠理はうん、と頷いて冷蔵庫を開け、彬が用意してくれた、大好物のエビとアボカドが挟まったサンドイッチを頬張った。


 ***


  悠理と楓真、二人揃ってスケジュールが早く消化できて、今日の稽古は二十一時過ぎからの開始となった。
  楓真は元より、悠理の勘の戻りも早かった為稽古は順調に進み、明日には台本に沿っての演技に入れそうだった。

「なぁ、悠理。頼みがあるんだけど」
 休憩時間、以前よりは少しだけ悠理とのスペースを開けて座っている楓真が切り出す。

「頼み?」

「うん。今回の舞台の役名なんだけどさ、〈野菊〉を〈百合〉に変えたいんだ。それと、魔手には名前はないけど、できたら舞台が終わるまでは稽古中も俺の名を〈楓〉って呼んで欲しいし、悠理のことも〈百合〉って呼びたい」

  百合、楓……。
  悠理は返事に詰まった。別に現代風の名前ではないから、役名としては充分使えるが意図を深読みしてしまう。

「なんで……?」
  神妙な面持ちになる悠理とは反対に、楓真はふっと口角を上げて軽く笑った。

「言ったじゃん。の夢を叶えるんだって。それは百合と楓の約束ってことだ……それに俺はさ、この先も歌舞伎役者としてやって行くけど、悠理は違うだろ? 望めば協力はするけど、歌舞伎座の舞台に立つのは最初で最後かもしれない。だから……歌舞伎に関わった楓と百合の名を、作品の中だけにでも残したいんだ」

  最後には歌舞伎を熱く語る楓の顔になっていた。
  あの頃の夢は……歌舞伎座でナンバーワンになると言う夢は百合と楓のもの。悠理と楓真は同じ芸能界でも目指すところが違ってくる。あと十年もしないうちに、楓真はテレビ番組への露出は減り、歌舞伎界に身を投じて行くだろう。この先、鏑木悠理と柳田楓真の夢を叶える先は離れて行くのだ。

「……わかった。楓。頑張ろう」
    舞台初日まで残り四ヶ月。楓真と過ごす間は百合として。
  悠理は決意新たに頷いた。




  六月

  事務所からの調整が入り、一日のほとんどを舞台稽古に費やせるようになった。稽古場には他の役者も入り、唄や三味線、鳴り物を合わせる日もある。楓と百合の記憶を基にして再現した衣装の用意も進んでいた。
  踊り子役の素朴な舞台衣装に、舞台後の挨拶やテレビ局の取材時に着用する花魁様式の金襴緞子に俎板帯。全てが懐かしい。褥で使う陰間用の緋襦袢がないのが物足りないくらいだ。

  は衣装を自分に合わせてみるだけでなく、の肩にもかけたりして、久しぶりの「大華・楓」の姿に思わずにやけて、楓に小突かれた。

  残るは小物の調整。二人は椅子を並べて魔手とバックダンサーが着用する面について記憶を遡らせる。
「あれ、でもこの仮面の顔ってこうだっけ。眉って細くなかった?」
  楓が図案を見て言えば、百合が「鬼だよ? 太くてバッサバサの毛がついてたでしょ?」と答えるが、最後には二人して頭を捻って、折衷案に落ち着くことにした。

「うーん。なんだか細かい所は記憶が抜けてるんだよな」

「仕方ないよ。二年前に現実だった俺でもそうなんだ。楓はなんと言っても転生なんだし、まさに三百年前の記憶……おじいちゃんどころの話じゃないじゃん」

「百合、失礼だな。なら百合のほうがお若いんだからしっかり頼むよ。百合が物覚えが悪いのは、遥か江戸の昔からわかってるけどさ」

「はぁ? 嫌味なところは変わんないなぁ。うちの大華は」

  聞こえてくる二人の会話はおかしな部分がいくつもあるが、周囲は才能ある若者の遊びの一環だろうと、さして気に留めていない。だから二人は声を落とすこともなく会話を続けた。

「でもさ、こうやって小さい部分の記憶が抜けていたりで、いつかはそれが増えて行くのかな。現世の幼い頃の記憶がなんとなくぼんやりして行くみたいに、江戸の記憶も薄れて行くのか……記憶を持つ者と持たない者がいるのも不思議なんだよな」
  楓真は、以前権藤を前にして頭に浮かんだ疑問を口にした。

「うーん……菊川社長や湯島社長もそうだよね。夫婦だったのに今じゃ全然関わりがないもんな。権さんも特殊な感じだったし。俺にとっては前世じゃないから、楓や彬さんとはまた違うし」

  前世の記憶として持っていない悠理にはなにもわからない。
(でも……例えば突然記憶が消えて全て忘れたとしたら、彬さんとはその時どうなるんだろう……)
しおりを挟む
感想 155

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...