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ᒪove Stories 〈第二幕〉 ほぼ❁✿✾ ✾✿❁︎
Love to give you 3
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クランクインから早くも三ヶ月。映画の撮影は順調だ。ドラマの頃からの気心の知れた共演者にスタッフ。地方へのロケもない。通い慣れたスタジオは見世劇場「華屋」のように居心地が良かった。
「悠理、さっきの表情は良かったな。大人の演技もできるようになったじゃないか」
ケータリングでの昼食時間、声をかけてきたのは大物俳優の権藤だ。
権藤はごつい手のひらを悠理の丸い頭に乗せ、ワサワサと撫でる。
「権さん!」
悠理は顔をくしゃっと綻ばせて顔を上げた。併せて権堂の表情も緩む。
権堂は映画版からの参加だが、事件の鍵を握る重要な役どころで、強面の、引退した刑事役である彼の様相はカメラが回っていなくても物々しい雰囲気を帯びている。
だが、楓真や、こと悠理の前では慈愛に満ちた「オッサン」のようになると、スタッフ達は遠巻きに見てこそこそと耳打ちし合っていた。
「権さんに褒められたら嬉しいよ。ねぇ、次の牽制し合うシーンなんだけとさ……」
「ああ、あれか……」
二人は連れ立ってテーブルへと向かった。スタッフや他の共演者は、威厳のある大物俳優に敬語も使わず物怖じもしない悠理を未だに不思議そうに見ている。
「権藤さん、俺も邪魔していいですか?」
二人のテーブルに遅れて入ったのは柳田楓真。権堂はトレイで両手が塞がった楓真の為に椅子を引いてやった。
楓真も若手の中では権藤との距離は近いが敬語は守っている。権藤には江戸の記憶はないと知っているからだ。
悠理からは権藤が「権さん」の魂を持っていることは確かだが、前世の心残りが心身に刻まれてはいても、それにまつわる江戸の記憶は持っておらず、自分との再会後に「権さん」は完全に昇華したと思う、と聞いている。
楓真自身も、悠理と再会する前から権藤との前世との関わりを感じてはいたが、権藤からはレゾナンスを感じなかった。フラワーアップエージェンシーの湯川社長然り、悠理が在籍していた菊川プロダクションの社長然りだ。
(江戸の記憶を持っている者と持たざる者の違いはなんなんだろう。それに……)
「どうした、楓真。俺の顔になにかついているか?」
「! すいません、権藤さん。やっぱり渋いな、と思って見惚れてました」
権藤を見ながら考えに耽っていた楓真はニコッと笑顔を作った。
「まったく、お前は演技も上手いが口も上手いな……顔も良けりゃ才能もある。間違いなく若手のナンバーワンだな」
そう言いながら頷く顔は「華屋の面々を得意げに眺める権さん」そのもので、楓真は懐かしさに目を細める。
対して口を尖らせるのは悠理だ。
「権さん。楓真のことは手放しで褒めるよね。俺だって頑張ってるんだから、もっとちゃんと褒めてよ。俺も絶対芸能界でナンバーワンになるんだから」
「なに言ってやがる。ちゃんと評価してるだろう。けど、悠理はまだまだだな。そういうことを口に出すところが甘ちゃんの証拠だ。大人の振る舞いは演技の時だけだな。しっかりやりやがれ」
「ええ~?」
江戸で良く見た光景に、さらなる懐かしさが湧き上がる。記憶がなくとも絆は受け継がれるものなのだと、楓真はやはり顔を綻ばせていた。
(ナンバーワン、か。百合は初めて会った時からずっと言ってるな)
だから。
だから楓真はずっと考えていた。百合とも悠理とも結ばれないのなら、自分が記憶を持って生まれ変わった意味はなにか、と。
記憶を持たない者との違いはまだ良くはわからないけれど、自分は百合を幸せにしてやりたい。
江戸でできなかった分、精一杯。
「……なぁ、悠理。この現場も、もう折り返しだ。これが終わったらお互い長丁場の撮影は入ってないよな? だからさ、やりたいことがあるんだけど」
食事を終えてコーヒーで一息ついたところで、楓真が切り出す。
目の前の悠理は「ん?」と目を開き、一緒に円卓に着いている権藤も楓真を見た。
「歌舞伎座の舞台、一緒に上がろう」
***
歌舞伎座と言えば伝統と格式があり、認められた歌舞伎役者だけが立てる舞台だと思われがちだが、各月の公演の調整日や、毎年と言うわけではないが、例えば納涼歌舞伎などには特別に演目が設けられることがあり、旬の人気俳優や女優が客演者として舞台を踏むことがある。
楓真が言っているのはその特別公演だ。
「いや、でも……クランクアップしてから夏の歌舞伎舞台って……間に合わないって言うか……社長やマネージャーにも相談しないと……それより俺が歌舞伎舞台に? いや、無理だよ……」
もう二年近く、歌舞伎から離れている。なにより、江戸の華屋でやっていたのは現代で言えば大衆演劇みたいなものだし、百合は本歌舞伎座に上がる前に現代に戻っている。
「社長にも座にも俺が話をつける。それに納涼歌舞伎は八月だ。大丈夫。四ヶ月近くあれば悠理ならできるって。俺が稽古も見るし」
「いや、でも……」
「悠理、良いじゃないか。俺も歌舞伎は好きで良く観に行かせてもらっているが、特別演目は新しい趣向も取り入れていて人気も高い。楓真の歌舞伎案内の番組も好評だし、今なら若い世代からも評判になるはずだ。芸能界でナンバーワンを目指すって言うんなら経験しておくべきだぞ」
戸惑うばかりの悠理の背を押したのは権藤だ。悠理は二人の顔を見比べる。
(まるで、あの頃 に戻ったみたいだ。楓がいて、権さんがいて、二人が俺を勇気づけてくれる)
「……うん……俺、できるかな?」
「……勿論だ! 悠理。あの頃の夢。一緒に叶えよう」
楓真が強く頷く。
(俺たち、今、同じことを考えてるんだ)
悠理もまた、強く大きく頷いた。
「悠理、さっきの表情は良かったな。大人の演技もできるようになったじゃないか」
ケータリングでの昼食時間、声をかけてきたのは大物俳優の権藤だ。
権藤はごつい手のひらを悠理の丸い頭に乗せ、ワサワサと撫でる。
「権さん!」
悠理は顔をくしゃっと綻ばせて顔を上げた。併せて権堂の表情も緩む。
権堂は映画版からの参加だが、事件の鍵を握る重要な役どころで、強面の、引退した刑事役である彼の様相はカメラが回っていなくても物々しい雰囲気を帯びている。
だが、楓真や、こと悠理の前では慈愛に満ちた「オッサン」のようになると、スタッフ達は遠巻きに見てこそこそと耳打ちし合っていた。
「権さんに褒められたら嬉しいよ。ねぇ、次の牽制し合うシーンなんだけとさ……」
「ああ、あれか……」
二人は連れ立ってテーブルへと向かった。スタッフや他の共演者は、威厳のある大物俳優に敬語も使わず物怖じもしない悠理を未だに不思議そうに見ている。
「権藤さん、俺も邪魔していいですか?」
二人のテーブルに遅れて入ったのは柳田楓真。権堂はトレイで両手が塞がった楓真の為に椅子を引いてやった。
楓真も若手の中では権藤との距離は近いが敬語は守っている。権藤には江戸の記憶はないと知っているからだ。
悠理からは権藤が「権さん」の魂を持っていることは確かだが、前世の心残りが心身に刻まれてはいても、それにまつわる江戸の記憶は持っておらず、自分との再会後に「権さん」は完全に昇華したと思う、と聞いている。
楓真自身も、悠理と再会する前から権藤との前世との関わりを感じてはいたが、権藤からはレゾナンスを感じなかった。フラワーアップエージェンシーの湯川社長然り、悠理が在籍していた菊川プロダクションの社長然りだ。
(江戸の記憶を持っている者と持たざる者の違いはなんなんだろう。それに……)
「どうした、楓真。俺の顔になにかついているか?」
「! すいません、権藤さん。やっぱり渋いな、と思って見惚れてました」
権藤を見ながら考えに耽っていた楓真はニコッと笑顔を作った。
「まったく、お前は演技も上手いが口も上手いな……顔も良けりゃ才能もある。間違いなく若手のナンバーワンだな」
そう言いながら頷く顔は「華屋の面々を得意げに眺める権さん」そのもので、楓真は懐かしさに目を細める。
対して口を尖らせるのは悠理だ。
「権さん。楓真のことは手放しで褒めるよね。俺だって頑張ってるんだから、もっとちゃんと褒めてよ。俺も絶対芸能界でナンバーワンになるんだから」
「なに言ってやがる。ちゃんと評価してるだろう。けど、悠理はまだまだだな。そういうことを口に出すところが甘ちゃんの証拠だ。大人の振る舞いは演技の時だけだな。しっかりやりやがれ」
「ええ~?」
江戸で良く見た光景に、さらなる懐かしさが湧き上がる。記憶がなくとも絆は受け継がれるものなのだと、楓真はやはり顔を綻ばせていた。
(ナンバーワン、か。百合は初めて会った時からずっと言ってるな)
だから。
だから楓真はずっと考えていた。百合とも悠理とも結ばれないのなら、自分が記憶を持って生まれ変わった意味はなにか、と。
記憶を持たない者との違いはまだ良くはわからないけれど、自分は百合を幸せにしてやりたい。
江戸でできなかった分、精一杯。
「……なぁ、悠理。この現場も、もう折り返しだ。これが終わったらお互い長丁場の撮影は入ってないよな? だからさ、やりたいことがあるんだけど」
食事を終えてコーヒーで一息ついたところで、楓真が切り出す。
目の前の悠理は「ん?」と目を開き、一緒に円卓に着いている権藤も楓真を見た。
「歌舞伎座の舞台、一緒に上がろう」
***
歌舞伎座と言えば伝統と格式があり、認められた歌舞伎役者だけが立てる舞台だと思われがちだが、各月の公演の調整日や、毎年と言うわけではないが、例えば納涼歌舞伎などには特別に演目が設けられることがあり、旬の人気俳優や女優が客演者として舞台を踏むことがある。
楓真が言っているのはその特別公演だ。
「いや、でも……クランクアップしてから夏の歌舞伎舞台って……間に合わないって言うか……社長やマネージャーにも相談しないと……それより俺が歌舞伎舞台に? いや、無理だよ……」
もう二年近く、歌舞伎から離れている。なにより、江戸の華屋でやっていたのは現代で言えば大衆演劇みたいなものだし、百合は本歌舞伎座に上がる前に現代に戻っている。
「社長にも座にも俺が話をつける。それに納涼歌舞伎は八月だ。大丈夫。四ヶ月近くあれば悠理ならできるって。俺が稽古も見るし」
「いや、でも……」
「悠理、良いじゃないか。俺も歌舞伎は好きで良く観に行かせてもらっているが、特別演目は新しい趣向も取り入れていて人気も高い。楓真の歌舞伎案内の番組も好評だし、今なら若い世代からも評判になるはずだ。芸能界でナンバーワンを目指すって言うんなら経験しておくべきだぞ」
戸惑うばかりの悠理の背を押したのは権藤だ。悠理は二人の顔を見比べる。
(まるで、あの頃 に戻ったみたいだ。楓がいて、権さんがいて、二人が俺を勇気づけてくれる)
「……うん……俺、できるかな?」
「……勿論だ! 悠理。あの頃の夢。一緒に叶えよう」
楓真が強く頷く。
(俺たち、今、同じことを考えてるんだ)
悠理もまた、強く大きく頷いた。
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