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枕営業? ウソだろ?

そして江戸へ

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 頭がぼんやりして瞼が開かない。でも、人の気配や話し声は聞こえる。

 うるさいなぁ……。俺、すごく疲れてるんだ。少し静かに寝かせてくれない?

「上玉だが、見たことないナリだねぇ。なんだい、この髪。ザンバラじゃないか」
「罪人じゃねえな。罪の彫り印もねぇし。頬なんか白く光って艶っぽいじゃねぇか」
「貧乏を苦に川に身を投げたってところかねぇ」

  ……なんの話? 
 ザンバラ? 罪人? それ、俺のこと? 俺は確かに貧乏だけど、それで罪を犯したりなんかしないし、ましてや自ら命を絶とうなんて……

 重い瞼をゆっくりと開ける。霞がかってはいるけど、俺を覗き込む顔がぼんやりと見えてくる。

「……しゃちょ……?」
 見上げた左には社長の顔。 右側は知らない女の人。
 女の人は 「お、気がついたようだね」とつぶやいた。

 今ひとつ視界がはっきりしない目を瞬きして、次は天井を見回す。なんだろう、この違和感。社長はいるけど事務所じゃないのか……?
 
 ていうか、なに? 社長ってばまげの被り物に着物? とうとう役者の真似事までするようになったのか?

「社長、なにやってんの……仕事? 仮装? それより俺、助かったの……?」 
 水が入って苦しかった気管を通って出る声はかすれていた。

「坊主、何言ってやがる。死にかけて頭の螺子ねじが緩んだか」

「……ぁあ? あんな仕事をさせられて川に飛び込んだのに、なに、その言いかた!」

 怒りは最大のエネルギーだ。鉛のように重い体に力が入り、寝かされていた布団から上体を起こして悪態をついた。
 
「えっ?」

 社長、じゃ……ない。良く似ているけど、髷の男は菊川社長より歳を食っている。

 それにこの部屋。
 数寄屋造りで、赤い格子がついた丸い障子窓。襖にはどこかの城見物で見たような豪華な風景画。欄間まであつらえてある。さらにその上、視線を泳がせて見上げた天井は板ばかり。違和感の正体はこれだ。照明器具が一つもないのだ。
 
 ……なんだ? 時代劇のスタジオ? どうしてこんな所に────確か俺、枕営業から逃げて川に飛びこんだはずなんだ。そしたら溺れて、それから……。
 
 あたりをキョロキョロと見回しつつ、四つん這いで数寄屋造りの部屋をうろついたり、立って外の景色を確認する。

 アスファルトで舗装されていない土の道路。揺れる柳。道行く人達は皆、着物に髷や結った髪。まんま「時代劇セット」……いや、それ以上にリアルで、逆に違和感がある。照明どころか、カメラや機材もないのはなぜだ?

「待って、わかんない。ここ、どこ……?」

 ボソボソと独り言をつぶやく俺の後ろで大きな溜息。

 「江戸だよ。天神さんのおそばだ。お前さんこそどこから流れて来たんだい」
  右側にいた丸髷の女が呆れ顔をしている。

「はい? ……江戸?」
 それ、なんの冗談?

 あるわけない……性懲りもなく、もう一度目を凝らして外を見た。そして、部屋の中と目の前の二人を見比べる。

「え、え、え、江戸ぉ……?」
 なにがどうなってるんだ……!
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