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枕営業? ウソだろ?

やっぱり無理

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 俺が逆らわないことがわかったのか、権藤さんは手首を固定する手をはずした。
 代わりに、その手は再び俺の胸を撫で、もう一方の手は太もものあいだに分け入っていく。
 
 ……気持ち悪い……。
 童貞、しかも理由わけあり不感症の俺には恐怖と不快でしかない。

 耐えろ、俺。これは芸能界でのし上がるための試練なんだ。

「なんだ、反応しないな。後ろはどうだ」
 権藤さんは上半身を俺の体から離し、サイドテーブルからローションを取り出した。

  後ろ……? 後ろって、まさか……!?

「! はぅッ……」 
 無理やり開かれた太ももの最奥にローションが垂らされ、冷たさに体がびくん、と跳ねる。

 権藤さんが薄い唇を釣り上げ、指にもローションを塗りたくるのを見て、一気に血の気が引いていく。

 そして、その指は巨大隕石のように俺に向かって…………!
「~~~~やっぱり無理ーーーー!!」
 俺の叫び声と「ゴンッ」という音は同時だった。

 我にかえると、権藤さんが股間を押さえて震えている。
 
 ──ス、スマッシュヒットぉ……。

「ゆ、りぃ……」
 権藤さんの呻き声が地を割く地響きに聞こえた。

 ヒイイィィ。やっちゃったよ。

 権藤さんの目は演技の時以上の凄みだ。
 俺は背中にひっかかっていただけのバスローブを腹側に寄せ、腰紐を掴んでベッドから飛び降りた。

「待て、ゆ……り……」
  震えながらに股間を押さえたまま、権藤さんも動く。

  待ってられるか。逃げても待ってもヤバいなら俺は逃げる!



  部屋を飛び出したのはいいけど、すぐに廊下の先からマネージャーと体格のいい男が向かって来た。

  捕まってたまるか!

  ダンスで鍛えた敏捷性……があるかは知らないけど、小刻みに動いて、俺を捕らえようとする腕をかいくぐって走り抜けた。
 ラッキーにもエレベーターがすぐに開き、中にいた一人が降りる。俺の姿にギョッとするのを尻目に、エレベーターに乗り込みドアを閉じた。

 一階に着くまでのあいだにバスローブをできる限り整える。エレベーターが開けば警備員が待ち構えているだろう。

 大きく息を吸う。
 さっきみたいに上手くかいくぐるんだ。とにかく逃げろ!



  エレベーターのドアが開いた途端、案の定、ニ人の警備員が仁王立ちになっていた。 

 ダンスの要領で腰を落とし、片手をついて、揃えた両足をグルンと回す。
「わ、わわわっ」
  動きに意表を突かれた警備員は、オタオタと足をバタつかせた。

 その隙をくぐり、出入口の自動ドアへと駆ける。受け付けに座っている女の子やロビーを歩くスーツの男、端役で見たことがある気がするタレントが歩いてはいたけど、皆、何事かと目を見開いているだけだ。

  大丈夫、逃げられる。

 俺はバスローブがはだけないようにだけ気を使い、外に出た。
 アスファルトに転がっている小さなゴミや石が素足に吸い付いて気持ち悪い。 服も、靴も、スマートフォンもなにもかも置いてきた。助けを呼ぶ連絡もできなければタクシーに乗る金もない。まさに体ひとつで必死に走った。

  けれど、警備員は後ろからずんずん追ってくる。俺よりずっと年を食ってるくせに意外と足が早い。このままじゃ追いつかれてしまう。

「戻れ!」
 警備員の声が背中のすぐ後ろで聞こえた。

 そう言われて戻る馬鹿はいないでしょ?
  でも、このままじゃいずれは捕まる。どこにも逃げ場なんかないんだから──いや、あった。

 綺麗に整備された道路の下の川を横目で見る。
 このくらい高さの手すりなら乗り越えられる。川の深さはあるだろうけど、時々酔っ払った学生やサラリーマンがおめでたいニュースのあとに飛び込んだりもする川だ。泳ぎはそこそこ得意だし、なんとか逃げ切ることができるかもしれない。

  俺は欄干に手をかけ、勢いをつけてその上に乗り上げた。川を見下ろすと、思ったよりも高さがあって足が震えた。口の中には唾が溢れ出す  。

 こりゃシラフで飛び込むのはキツイな……でも……。

  振り向けば、魔物に操られたヘビみたいに俺に絡もうと伸びて来る警備員の四本の手。

  ──構ってられない。

  覚悟を決めて目を閉じ、十一月の冷たいであろう川へと身を投じた。


  ゴボゴボゴボ……濁った水泡音が鼓膜をなぶる。


 体勢を取って飛び込んだつもりが、バスローブが水分を吸収して重くなり、水中に引きずられていく。
 なにより水が冷たくて、体は一瞬で固まった。藻掻くこともできずに、口や鼻に水が侵入する。

 どうしよう。このままじゃ明日にはニュースで「若手俳優、パフォーマンスで川に飛び込み死亡」とか「若手俳優、仕事依頼がないことを苦に身投げか」とか、真実は隠されて馬鹿みたいな死にかたで放送される。いや、若手俳優とか言われたらいいほう……「俳優志望の無職の少年」とかが関の山か……ギリ未成年だし。

  がーーーーっ! 死ねない、死にたくない。俺は芸能界でナンバーワンを取るんだ。こんなところで死んでたまるか……!


 だけど息がもう続かない。
 肺や気管が圧迫される。
 苦しい。
 悔しい。
 苦しい。

  …… ああ、ほんと、あっけない人生だったな……。
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