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XIII その時彼女は何を見る-IV

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「あの後もさ、何度かエルちゃんに会いに行ったりしてたんだけど」

「本も貸してたもんな」

「あ、知ってた?」

「家の棚にあれだけ本が詰まってれば流石に気付く」

 棚に本が増えていたのは、エルを自宅に連れてきて3日が経過した時だったと記憶している。確かその日は、マーシャがエルの元を訪れた日だった筈だ。エルが怒りに任せティーカップを割ったという話は、今でもよく覚えている。きっと、その時にでも本を与えたのだろう。
 マーシャは意外にも読書好きで、この屋敷にはマーシャ専用の書斎が存在する。よくその書斎でマーシャは寝泊まりをしている様だが、エルに与えた本はその書斎から持ち出したものなのだろうか。
 しかしマーシャは、あまり自身の本を人に与えたりはしない。ガサツに見えて本だけは大切にしている様で、書斎に置かれている本は全て新品の様に状態が良かった。
 だが、エルの為に態々新たに本を購入するとも思えない。彼女がエルに自身の本を与えたのだと考えると、幾らエルに近づく口実だとはいえ彼女自身もエルに相当入れ込んでいる様に思えた。

「エルちゃんに会う度さぁ、あの子から流れてくる感情が強くなっていくんだよね。見ているこっちが恥ずかしくなるくらい、エルちゃんの中はある1人で埋まってる。――それが誰かは、もう言わなくても分かるよね?」

「ある1人……」

 マーシャが俺に向けた、穏やかな微笑。
 幼少期から彼女と共に生きてきたが、彼女のこれ程までに穏やかな表情を見るのは初めてかもしれない。
 胸の中を埋め尽くす言葉にし難い感情が少々擽ったく感じ、ソファから立ち上がった。

「……色々、すまなかったな。紅茶、御馳走様」

 マーシャに背を向け、玄関へと向かう。

「……ちょっと、街に出る」

「待って、セディ」

 玄関の扉を開けると、あの嵐の夜と同じ様にマーシャに呼び止められた。
 前を向いたまま足を止め、彼女の言葉に耳を傾ける。

「……エルちゃんと、セディのお母さんは違うよ。だって、セディのお母さんは……」

母親あの女の話はやめろ」

 彼女の言葉を遮り、きつい口調で制す。
 両親の事は、今は思い出したくない。丘であの夢を見てから、今迄以上に両親に嫌悪感を抱いていた。

「……エルが両親あいつらと違う事は分かってる」

 そう呟く様に言って、マーシャの顔を見る事無く外に出た。

 外は室内と違って、日差しが強く気温が高い。風はあるものの、生暖かく不快感が増すだけだ。
 ネクタイを緩め、シャツのボタンを1つ開ける。

 ふらりと立ち寄った市場は、今日も人で賑わっている。
 シガレットケースから煙草を1本取り出し、煙草の先に火を付けた。ケースの中の煙草は残り2本。折角市場まで来たのだから、煙草を買い足しておこう。
 煙を深く肺に入れながら、目当ての店へ歩を進める。

「――セドリック!」

 突如女性の声で名前を呼ばれ、思わずその場で足を止めた。その声に嫌な予感を抱きながらも、声がした方へ視線を向ける。
 自身に向かって大きく手を振る女性は、他でも無いライリーだ。厄介な人物に見つかってしまった。このまま気付かなかったフリをして店を通り過ぎようとも思ったが、「ちょっとこっち来な!」と強い口調で呼ばれ渋々店に歩み寄る。
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