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XXXIX 狂いそうな愛情-I

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 ――帰り道。
 私の思考を占拠しているのは、先程アルフレッド・ガーランドと名乗ったあの青年。
 何処かで顔を合わせた事があっただろうか。彼の名前は聞き覚えがあり、妙な既視感を覚える。
 だが、彼は私を認知していなかった。もし彼と顔を合わせた事があったとしたら、私の姓を聞いてセドリックの名前を出すのは変だ。単に、セドリックの知り合いだと考えるのが妥当だろう。
 しかし、先程から妙な胸騒ぎがして仕方がなかった。何か重要な事に気付けていない様な、足元が見えていない様な、奇妙な不安感に襲われる。

 漸く辿り着いた自宅の前。ポケットから取り出した鍵を扉の鍵穴に差し込み、手早く解錠する。
 先程迄は、寂しさや心細さに苛まれ外に居る方が気が楽だったというのに、あの青年に会ってから妙な視線を感じる様な気がして気分が悪かった。逃げ込む様に家の中に入り、乱暴に後ろ手で扉を閉める。

 手に持った赤薔薇は、青年から貰った時から何も変わっていない。なのに、青年への不信感からか何処か毒々しい色をしている様に見えた。罪の無い美しい薔薇さえも、不気味な物に見えてしまう。
 本来であれば、今すぐにでも花瓶に活けるべきだ。だが今は、着替えが最優先である。何処か血液を思わせる様な赤黒い花を咲かせる薔薇を一瞥し、一旦考えをやめる様にそれをテーブルの上へと置いた。

 チェストから服を一式取り出し、足早に脱衣所へ向かう。
 先程少女に突き飛ばされた事は、極力セドリックの耳には入れたくない。きっと彼が知れば怪我などの心配をしてくれるだろうが、“彼に想いを寄せている人間が居る”という事実を、どうしても彼には知られたくなかった。
 それを彼が知ったからといって、何かが変わる事は無いだろう。彼の愛を疑ったりなどしていない。
 だがそれでも、その様な事を敢えて伝える必要は無い、という考えが変わる事は無かった。

 バサバサとやや乱暴に服を脱ぎ、肩の部分を摘まんで広げてみる。決して大きなものでは無いが、確かにワンピースの裾と腰部分に泥のシミが付いてしまっていた。
 出来る事なら、今すぐにでもシミ抜きをしたい。あまり長く放置してしまえば、シミが落ちなくなってしまう可能性がある。それに、この服は特別気に入っているもので、生地の色も薄い為多少のシミも目立って見える気がした。
 だが運の悪い事に彼が帰ってくる迄時間が無い。仕方なく脱いだ服を脱衣所の棚の下へ隠す様に押し込み、新しい服に袖を通した。
 壁に設置された小さな鏡を覗き込みながら、乱れた髪を結い直す。彼が結婚記念日に贈ってくれた髪飾りが、汚れてしまわなくて良かった。安堵の溜息を漏らし、結い上げた髪にそっと差し込んだ。

 これで、彼を出迎えても問題は無いだろう。水溜りに倒れ込んだ事も、気付かれない筈だ。それにもし気付かれてしまっても、自身の不注意で転んでしまったと言っておけば誤魔化せるだろう。
 最後に一度全身を見渡し、そっと脱衣所を出た。
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