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XXXII 逆行再現-II

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 雨の中の、空家の下。コンサートを終えた彼と、様々な会話を交わした。アリスがセドリックを熱の籠った視線で見つめていた事、客席の女性が、アリスの婚約者がセドリックでは無いかと噂していた事、それを見て、セドリックがアリスに取られてしまうのではないかと酷く不安になった事。
 嫉妬の感情からなのか、彼に素っ気ない態度を取ってしまった。これでは本当に、愛想を尽かされてしまう、本当に誰か別の女性に取られてしまう。そう不安に思いながらも、それでもその態度を改める事が出来なかった。

 そんな私に、彼は「なんで怒ってるんだ」と言った。当然私は怒っているつもりなど無かったが、思い返してみれば私のあの態度は、見れば誰だって怒っている様に感じただろう。それに、その時彼を拒絶する様な事を言ってしまったのも事実だ。
 だがそれでも彼は私の傍を離れる事は無く、更には彼が“アリスという女性に微塵も興味を抱いていない”という事も分かり、綻びを修復する事が出来た。――筈、だったのだが。

「――ご、ごめん、なさい」

 呆れた表情で見つめられると、心臓が疼く様な妙な不安感に駆られる。先程アリスのコンサートを見て感じた不安と似ているが、それよりも鮮明に蘇る別の感情。
 ――これは、紛れもなく“あの時”の感覚。

「……て、手当も、自分でするから。本当に、ごめんなさい……」

 彼の視線から顔を背け、逃げる様にベッドから降りた。床に足を付いた拍子に傷が痛んだが、その痛みに耐え転がってゆく小瓶を追う。

 これでは本当に、彼に嫌われてしまう。面倒な女だと思われてしまう。ただでさえ彼は女性嫌いだというのに、これでは本当に――

「――待て」

 彼の手が、私の腕を掴んだ。それと同時に、頭の中を回る思考も止まる。

「責めてるつもりは、無いんだ」

 ゆっくり吐き出された言葉。それはやけにぎこちなく、彼なりに言葉を選んで話してくれているのだと分かる。

「何か、誤解をさせたなら謝る。だから、そんなに怯えた顔をするな」

 早くなる鼓動。安堵と不安が入り混じった妙な感情が渦巻き、それが痛みとなって胸を刺激する。
 私は、屋敷に居た頃から同じ不安を抱えていた。これは両親に対して、使用人に対して、抱いていた感情に似ている。それを今の今迄、私は上手く理解する事が出来ていなかった様だ。
 今自身がどんな顔をしているのか分からず、空いた手で顔を覆う。

「傷の手当は、俺がするから」

 彼が私の腕から手を離し、床に転がったアルコールの小瓶を拾い上げた。そしていつもの様に優しくくしゃりと私の頭を撫で、ベッドに座る様私を促す。
 促されるままベッドに座り、再び私の前に片膝を付いた彼に視線を向けた。私の足の傷を丁寧に手当してくれる彼をぼんやりと眺めながら、絡まった思考を解いていく様にゆっくりと考えを巡らせる。
 
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