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XLVI 夜-III

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「……何」

「分かりませんか? 折角同じベッドで眠るのだから抱き合って眠りましょうという意志表示です」

「普通に嫌なんだけど……」

「何故ですか」

 抱き合って眠る。きっと彼は、それ程深い意味を込めて言った訳では無いのだろう。いや、少なからず下心はある気もするが。
 しかし今の私にとっては、たったそれだけの事に抵抗感を覚えてしまう。それは他でも無く、先程考えていた事が頭を過ってしまうからだ。
 彼の気持ちを知らなければ、素直に抱き合って眠る選択をしたかもしれない。だが彼の想い人が私だと分かった今、普段通りという訳にもいかなくなる。

「――既成事実さえ作ってしまえばこっちのもんですよ」

「……」

 ――思い悩んだ私が馬鹿みたいだ。又もや彼に断ち切られた思考に、段々と苛立ちが沸き上がってくる。

「煩いな、余計な事言ってないで早く寝るよ。明日も早いんでしょ」

 ベッドで両手を広げている彼を蹴り飛ばし、蝋燭に灯っていた火を吹き消した。
 訪れた暗闇の中で、手探りでベッドに潜り込む。そして転落してしまいそうな程にギリギリの場所に就き、早く眠ってしまおうときつく瞳を閉じた。
 しかし、私の身体に伸びた手に再び思考が苛まれる。

「――僕の事、本当はどう思っているんですか?」

 強い力で抱き寄せられ、耳元で低く囁かれる。逃れたくても、身体を背後からきつく抱きしめられている為逃れられない。

「最初に“好き”と言ったのは貴女の方なんですよ、マーシャ。好意を寄せていたのは僕の方が先でしたが、言葉にしたのは貴女が先だった。僕が貴女に本を渡した理由、考えた事ありませんでしたか?」

「……本?」

「あのまま傍に居れば、僕はいずれ貴女に手を出してしまうと思った。しかし僕は、貴女の主治医だ。実際、診察も治療もしていません。それは、これから先もするつもりはありません。でもエリオット先生からカルテを託された以上は、主治医という立場は変えられない。だから貴女に不用意に手を出してしまう事は避けなければならないと思った」

 彼の真面目な声音に、鼓動が煩い程高鳴る。
 先程迄ふざけた態度を取っていたというのに、何故こんなにも簡単に切り替えられてしまうのか。
 ――真面目な彼は苦手だ。自分の心を、曝け出すしか方法がなくなるから。
 先程の様に、ふざけている位がちょうどいい。あの様な態度を取られていた方が、此方も簡単に自分の心を誤魔化す事が出来るのに。
 心を誤魔化していたら、恋愛なんて出来ない。そんな事は分かっている。それでも、私は人の望む自分を演じ続けていた為、今更本当の自分を曝け出せと言われても素直に出来ないのだ。

「――でも、貴女が大怪我をして路地裏に居た時僕は酷く後悔した。本など渡さなければ、貴女は素直に僕の元を訪れたかもしれない。貴女は今迄通り僕の元に通って、僕は貴女の些細な変化にも気付けたかもしれない。それが出来なかったのは、全てあの本の所為です。それから、僕は貴女への気持ちに蓋をする事をやめた。人間はどう足掻いてもいつか死にます。僕達医者は、その死を先延ばしにする事しか出来ない。永遠なんてものは作れないんです。貴女が仮に死んでしまえば、僕はきっと想いを告げなかった事を死ぬまで後悔するでしょう」

 彼の手が、するりとお腹を撫でる。

「もう後悔はしたくないんです。僕は貴女を愛してる。その気持ちに嘘は有りません。貴女は、どうですか?」

「私……は……」

 お腹を撫でていた彼の手が滑り、腰に触れた。そして何かを確認する様に、ネグリジェの上から指先で太腿をなぞる。

「……“これ”が答えですか?」

 ふふ、と小さく笑みを零した彼が、ネグリジェの裾をたくし上げる。そして露出した足を布団の中で撫でながら、私の耳にキスを落とした。
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