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XLI 読めない心-III

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 それから、待つ事30分。
 再びカラリとドアベルの音が響き、ぱっと顔を上げた。想像していたよりも随分と早く終わった様だが、それよりも今気にすべき事は診察結果だ。

「――エルちゃん、先生なんだって?」

 彼女に駆け寄り、俯いたその顔を覗き込む。
 すると彼女が、何処か切なげで、憂いを帯びた表情を見せた。伝わってくる感情も晴れやかなものでは無く、不安や心配、焦燥感の様な物で溢れている。
 何か良くない、病でも見つかったのだろうか。自然と鼓動が早鐘を打つが、彼女が何処か諦めた様に、将又自身に言い聞かせる様に「……うん」と小さく頷いた。

「――妊娠、しているって」

 告げられたのは、全く想像をしていなかった言葉。病や感染症等では無く、彼女のお腹には新たな命が宿っている。
 彼女が倒れたのも、体調不良を訴えていたのも、全ては妊娠の初期症状だったのだ。何故もっと早くその可能性を考えなかったのかと思いながらも、安堵に思わず頬が緩んだ。

「お、おめでとう……!」

 この様な時は、祝福の言葉で良かっただろうか。なんて当たり前の事を疑問に思ってしまう程、彼女の心中は複雑だ。
 だがこれはとても喜ばしい事だ。きっと今の私の言葉に間違いは無いだろう。
 早く職場へ戻り、セドリックにこの事実を伝えに行きたい。少しでも早く、彼の不安を安堵に、喜びに変えてあげたい。しかしこの様な事は、第三者の口から伝えるよりも本人の口から伝える方が良いだろうか。
 しかし、変わらない彼女の中の鬱々とした感情に、その思考が断ち切られた。

「――エルちゃん、嬉しくないの?」

 思わずそう問うと、彼女がどちらとも取れない反応を示した。

「嬉しくない訳じゃないわ。大丈夫よ。でも、セドリックがどう思うのか……少し心配で……」

「セディなら大丈夫だよ! あいつ、凄いエルちゃんの事大事にしてて……、子供出来た事だって、絶対喜んでくれる筈!」

「――そうだと、良いのだけど」

 彼女の心は、まだ晴れない。
 セドリックがエルを溺愛している事は、誰が見ても分かる事だ。それは、彼女本人も分かっている筈だろう。何をそんなに、憂う事があるのだろうか。
 しかしセドリックの口から祝福の言葉を貰えば、彼女の心もきっと晴れる筈だ。それにきっと、妊娠していた事実を知ったばかりな為彼女自身も受け止めきれていないのだろう。
 直ぐに、2人の笑顔が見れるようになる。そう信じ、彼女と2人で自宅の方向へと足を向けた。

「――ねぇ、マーシャ」

 自身の一歩後ろを歩いていたエルが、声に少々の不安を滲ませ私を呼び止めた。
 足を止め振り返り、彼女に視線を向ける。

「妊娠した事、セドリックには黙っていて欲しいの」

「――……」

 彼女の顔に浮かぶ、何処か寂し気な微笑。
 その顔を見た瞬間、彼女はセドリックに妊娠している事実を伝えるつもりが無いのだと悟った。
 ――何故? セドリックは喜ぶに決まってる。不安に思う事は何一つない。
 そう告げたかったが、彼女の顔を見ていると何も言う事が出来なかった。

「――大事な事だし、自分の口で……伝えたいから……」

 取って付けた様な言葉だ。しかし彼女の願いを、部外者である私が否定する事は許されない。
 彼女が何に不安を抱いているのか、何故そんなにも憂いているのかは分からないまま。今はたった一言「分かった」と返答する事しか出来なかった。
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