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XXXV 傷痕-VI

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「貴女の方が、上手うわてだったかぁ。“彼”の事は、あんまり話したくなかったな」

 アリアがベッドに両手を突き天井を見上げ、悲し気に笑った。

「気付かれちゃったなら、話さないとね」

 溜息交じりに呟き、彼女が小さく頷く。

「私が知ってるのは、2人のうち片方だけ。ウォーレン・バークレイって人でね、よくこのお店に来てくれる人だったんだ」

「お客さんだったの?」

「うん。女慣れしてないの丸わかりの、優しい人。笑い掛けるだけで耳まで真っ赤にして、可愛かったからよく揶揄ってたな。アフターのお誘いしても、『そういうのは交際に至ってからで』とか言って、男の人にしては珍しい凄く真面目な人だった。――そんな彼に、私は惹かれてた。いつの間にか、好きになってた。多分この好きは、アルフレッドの時みたいなのじゃなくて、おにーさんへの一目惚れとも違くて……本当に心から、愛してた。彼が店に来るのを、毎日待ってた。ドアが開く度に彼じゃないかって期待しちゃう位に」

 彼女の声が、僅かに震える。涙を堪えているのだと分かり、彼女から視線を外す。

「フレッドに襲われた時、彼凄く苦しそうで、悲しそうで、今にも泣きそうな顔をしてて……それに、酷く窶れてた。もう優しくて何処か可愛い彼は居なくて、彼はボロボロになってた」

 次第に涙声になり、堪えきれなかったのか彼女の両の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

「あの人、優しいから、優しいのは本当だから、だから、多分きっと、罪の無い女性を傷つけてしまったと今も苦しんでる。もし、もし出来る事なら、彼の事も救ってあげて欲しい」

 頬を伝い落ちた涙は彼女の膝の上に落ち、彼女の寝間着に染みて色を変える。

「あの人が救われるなら、私なんでもするよ。アルフレッドを葬れるなら、なんでも、するよ。だから――」

 部屋に響く、彼女の嗚咽。
 彼女の悲しみが痛い程に胸を締め付け、唇を噛んだ。

「大丈夫、大丈夫だよ、私が何とかするから」

 アリアの肩に腕を回し、その小さな身体を抱き締めた。
 ――共感、というのは厄介だ。
 私は全てを客観視し、完全犯罪を企てなければならない。しかし共感の所為で、私情を挟んでしまいそうになる。
 涙が零れそうになるのを堪えながら、彼女を抱く腕に力を籠めた。


 ◇ ◇ ◇


 アリアと話を終え、酒場パブを後にし大きく溜息を吐いた。外の空気を肺一杯に吸い込み、僅かに痛む胸を摩る。
 あの後、アリアは女主人とウォーレンが話しているのを盗み聞きしたと言って、ウォーレンの家の場所を教えてくれた。
 そしてそれと同時に得られたのは、アルフレッドが自宅に帰る時間。アルフレッドは街をふらついている事が多い為、深夜にならないと自宅に戻らないらしい。
 店の前に佇み、思考を巡らせる。
 肝心なのは、アルフレッドの家が何処か、だ。アリアも正確な住所までは分からないと言い、情報は得られなかった。
 そこでふと、とある事が頭に浮かぶ。
 セドリックが、アリアの元居た街に居たのは何故だろうか。考えられる事と言えば、仕事関連だ。
 ――仕事関連で、彼が貧民街に足を運ぶ事はあるだろうか。
 子供を買う側である貴族を相手にした時は、相手方の屋敷迄出向く事は多い。しかし、子供を手放す側である依頼者に、わざわざ会いに行く事は無い。
 ――フレッド。アルフレッド・ガーランド。愛称。貧民街。
 様々な言葉を脳内に並べ立て、深く記憶を巡らせる。
 そして、漸く辿り着いたある日の記憶。
 私は確かに、アルフレッドの名前を聞いた。そして顔を見た。紛れもなく、私達の職場で。
 昔、セドリックから聞いた筈だ。貧民街に住む、下層階級の男から子供を買いたいと依頼されたと。
 それが、アルフレッドだったのなら?
 セドリックにとっては数ある依頼者の1人である為、アルフレッドの顔を覚えていなくても納得は出来る。しかし、依頼した側であるアルフレッドはどうだろうか。
 人身売買をしているブローカーなど、そうそう忘れない筈だ。
 だからアルフレッドは、セドリックの事を知っていたのだ。人身売買の事も、ブローカーだという事も。
 そしてセドリックは昨晩、酒場パブでその事実に気付いた。故にアリアに「何処で出会ったのか」と問い詰めたのだろう。
 今朝私にエルの様子を見に行かせた時に、急ぎで調べ物があると言っていた。恐らく今、セドリックは書類室で1人――もしかするとルーシャに邪魔をされている可能性はあるが――アルフレッドの依頼書を探しているのではないだろうか。
 彼が独断行動をとらない為にも、私も早く情報を得て計画を練らなければ。そう強く思いながら、ウォーレン・バークレイの自宅へと足を向けた。
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