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XXVII 汚れたドレス-I
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カーテンの隙間から、陽の光が差し込む朝。薄っすらと目を開けて、明るくなった自室を眺める。
今は何時だろうか。そんな疑問が頭に浮かぶも、自身の眠りを妨げる“騒音”に、時計に視線を向ける事無く、頭の下から枕を引っこ抜いた。そして枕を頭の上に乗せ、耳を塞ぐ様に頭をマットレスと枕でサンドする。
「う、うるさ……」
自身の耳に届いたのは、鳥の囀りでも無く、街を行き交う人々の声でも無く、甲高いシーラの喋り声。枕とマットレスで頭をサンドしても尚、全てを貫通して聞こえてくる。客人でも来ているのだろうか。
枕の隙間から覗き見る様に時計に視線を向けると、丁度9時半を指していた。決して“早朝”とは言えない時間なだけに、シーラを咎める事も出来ない。無理矢理目を閉じても二度寝が出来る気配は無く、苛立ちは高まっていく。
「あぁ、もう!」
枕をベッドの足元に投げつけ、重怠い体を起こした。乱れた髪を手櫛で整えながら、ベッドから足を下す。
叶う事なら、もう少し眠りたかった。昨晩は遅くまで読書をしてしまった為、睡眠が足りておらず頭が痛い。しかし、目が覚めてしまったのだから仕方が無い。
セドリックは、恐らくもう職場に居るのだろう。コンサートの所為で仕事に穴を開けたから、と言って、此処数日は早朝から仕事をしていた。
普段より早いが、私も職場へ行って彼と談笑でもしながら溜まっている手紙の処理でもしようか。それに、未だ聞けていないコンサートの感想も、セドリックから聞きたいところだ。
ベッドから降り、手荒くも寝巻であるネグリジェを脱ぎベッドの上に抛り投げる。ボタンに髪が引っ掛かり、プチプチと音を立てて毛が数本抜けるも、特に気にせず下着姿のままドレッサーの前に腰掛けた。
ドレッサーの台の上に散乱する、化粧品や化粧道具達。その中からブロンドの髪の毛が数本絡まったブラシを選んで手に取り、鏡に映る自身を見つめながら髪をやや乱暴に梳いていく。
こんな事をしているから、シーラに品が無いと言われるのだろうな、などと思うも、これが私のルーチンなのだから仕方が無い。ガサツでズボラで面倒くさがりなのは自覚しているが、今更そんな性格を変える事は出来ない。
それこそ、自身を変える程の恋でもしない限り。
ドレッサーの椅子から腰を上げ、クローゼットを大きく開いた。ハンガーに掛けられた服を吟味しながら、今日1日の服を決めるのが日課だ。
選んだのは、オフホワイトの踝丈ワンピースに、ローズレッドの裏地が付いたダークブラウンのジャケット。襟元にお気に入りのリボンタイを合わせたら完璧だ。靴は、ブラウンのブーツで良いだろう。
早く身支度を済ませてしまおうと、素早く衣服を身に着けクローゼットを閉める。
そして最後に、ドレッサーに置かれた新しい紅を手に取り、ジャケットのポケットに押し込んだ。
上機嫌なシーラに気付かれぬ様そっと部屋を出て、自室の扉をしっかりと施錠する。
ワンピースを摘まんで裾を上げ、足早に階段を降りると、甲高いシーラの喋り声が一層大きく聞こえて来た。私が起きた事に、まだ気付いていない様だ。
このまま気付かれぬ様にと脱衣所へ忍び込み、素早く顔を洗う。定位置に置かれたタオルで顔の水を丁寧に拭き取り、ポケットに忍ばせた紅を取り出した。
自身の瞳の色と良く似た赤い紅。ついこの前、依頼者から引き取ったものだ。初めて使う紅に心を躍らせながら、黒のキャップを外した。鏡を覗き込みながら、唇の上にそっと紅を乗せる。
「……うん、可愛い」
様々な角度から自身の顔を見つめ、普段より血色が良く見える赤い紅に笑みを零した。
このまま診療所へ行って、マクファーデンに新しい紅を見せに行っても良いかもしれない。あの人なら、「血色がよく見えて素敵です」なんて言ってくれるのではないか。
――と、そこまで考えたところで、何故あんな男の事を考えているのだと叱責する様に自身の両頬をバチンと叩いた。これでは、私があの男の事が好きみたいではないか。
「無い無い。有り得ない」
顔を赤くした鏡の中の自身を睨みつけ、脱衣所を後にしながら紅をポケットにしまった。
今は何時だろうか。そんな疑問が頭に浮かぶも、自身の眠りを妨げる“騒音”に、時計に視線を向ける事無く、頭の下から枕を引っこ抜いた。そして枕を頭の上に乗せ、耳を塞ぐ様に頭をマットレスと枕でサンドする。
「う、うるさ……」
自身の耳に届いたのは、鳥の囀りでも無く、街を行き交う人々の声でも無く、甲高いシーラの喋り声。枕とマットレスで頭をサンドしても尚、全てを貫通して聞こえてくる。客人でも来ているのだろうか。
枕の隙間から覗き見る様に時計に視線を向けると、丁度9時半を指していた。決して“早朝”とは言えない時間なだけに、シーラを咎める事も出来ない。無理矢理目を閉じても二度寝が出来る気配は無く、苛立ちは高まっていく。
「あぁ、もう!」
枕をベッドの足元に投げつけ、重怠い体を起こした。乱れた髪を手櫛で整えながら、ベッドから足を下す。
叶う事なら、もう少し眠りたかった。昨晩は遅くまで読書をしてしまった為、睡眠が足りておらず頭が痛い。しかし、目が覚めてしまったのだから仕方が無い。
セドリックは、恐らくもう職場に居るのだろう。コンサートの所為で仕事に穴を開けたから、と言って、此処数日は早朝から仕事をしていた。
普段より早いが、私も職場へ行って彼と談笑でもしながら溜まっている手紙の処理でもしようか。それに、未だ聞けていないコンサートの感想も、セドリックから聞きたいところだ。
ベッドから降り、手荒くも寝巻であるネグリジェを脱ぎベッドの上に抛り投げる。ボタンに髪が引っ掛かり、プチプチと音を立てて毛が数本抜けるも、特に気にせず下着姿のままドレッサーの前に腰掛けた。
ドレッサーの台の上に散乱する、化粧品や化粧道具達。その中からブロンドの髪の毛が数本絡まったブラシを選んで手に取り、鏡に映る自身を見つめながら髪をやや乱暴に梳いていく。
こんな事をしているから、シーラに品が無いと言われるのだろうな、などと思うも、これが私のルーチンなのだから仕方が無い。ガサツでズボラで面倒くさがりなのは自覚しているが、今更そんな性格を変える事は出来ない。
それこそ、自身を変える程の恋でもしない限り。
ドレッサーの椅子から腰を上げ、クローゼットを大きく開いた。ハンガーに掛けられた服を吟味しながら、今日1日の服を決めるのが日課だ。
選んだのは、オフホワイトの踝丈ワンピースに、ローズレッドの裏地が付いたダークブラウンのジャケット。襟元にお気に入りのリボンタイを合わせたら完璧だ。靴は、ブラウンのブーツで良いだろう。
早く身支度を済ませてしまおうと、素早く衣服を身に着けクローゼットを閉める。
そして最後に、ドレッサーに置かれた新しい紅を手に取り、ジャケットのポケットに押し込んだ。
上機嫌なシーラに気付かれぬ様そっと部屋を出て、自室の扉をしっかりと施錠する。
ワンピースを摘まんで裾を上げ、足早に階段を降りると、甲高いシーラの喋り声が一層大きく聞こえて来た。私が起きた事に、まだ気付いていない様だ。
このまま気付かれぬ様にと脱衣所へ忍び込み、素早く顔を洗う。定位置に置かれたタオルで顔の水を丁寧に拭き取り、ポケットに忍ばせた紅を取り出した。
自身の瞳の色と良く似た赤い紅。ついこの前、依頼者から引き取ったものだ。初めて使う紅に心を躍らせながら、黒のキャップを外した。鏡を覗き込みながら、唇の上にそっと紅を乗せる。
「……うん、可愛い」
様々な角度から自身の顔を見つめ、普段より血色が良く見える赤い紅に笑みを零した。
このまま診療所へ行って、マクファーデンに新しい紅を見せに行っても良いかもしれない。あの人なら、「血色がよく見えて素敵です」なんて言ってくれるのではないか。
――と、そこまで考えたところで、何故あんな男の事を考えているのだと叱責する様に自身の両頬をバチンと叩いた。これでは、私があの男の事が好きみたいではないか。
「無い無い。有り得ない」
顔を赤くした鏡の中の自身を睨みつけ、脱衣所を後にしながら紅をポケットにしまった。
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