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XVI 令嬢の行方-I

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 エルが屋敷を抜け出して4日目。ロンドンは相変わらず、今にも雨が降りそうな曇天に包まれている。
 昨日は、エルとの会話――心理戦とも言うだろうか――に1日を費やしてしまった。しかしそれは、私が昼過ぎまで眠ってしまっていた事が元凶だ。エルの元家、エインズワース家の事について探りを入れて欲しいとセドリックからも頼まれていたというのに、4日も何もせず過ごしてしまった事に僅かながら罪悪感を抱く。 
 このまま調査が長引けば長引く程、エルの籠城生活も長引く。それではエルがあまりに気の毒な為、今日こそは調査をしようと早朝から身支度を整え街へ出ていた。
 
 現時刻は、9時20分。調査の為にと彼女の元家――エインズワース邸を訪れた私は、手に持った懐中時計から視線を上げ、目の前にそびえ立つ屋敷を見上げた。
 まさに豪邸、といった絢爛な屋敷だ。細部まで装飾が凝られていて、この屋敷を建てた人物は虚栄心が強い人物だと見受けられる。
 暫し屋敷の外装を観察した後、周囲の目を気にしながらも細い小道に入り屋敷の裏側へと回った。裏側からは、この邸宅の庭園が見える筈だ。庭園の大きさにもよるが、使用人の1人や2人、手入れをする人間が居るだろう。運良く、この屋敷の使用人と接触出来ないかと期待を込め、ゴシック調の柵から中を覗いた。
 
 ――流石は、名家エインズワース家だ。柵の向こう側に広がる庭園は民家を数軒建てる事が出来る程の広さがあり、街の花屋でも取り扱っていない高価な品種の薔薇が咲き乱れている。想像以上の光景に、思わず感嘆を漏らした。
 その美しい薔薇の中に、埋もれる様にして庭の手入れをする青年が1人。周囲を警戒しつつ、柵に顔を近づける。

「――ねぇ、そこの君」

 なるべく声を潜め、その青年に呼び掛ける。
 自身の声は無事青年の耳に届いた様で、彼がぱっと顔を上げた。しかし、声がした位置までは分からなかったらしい。きょろきょろと辺りを見回している。
 そんな彼にもう一度「こっちだよ」と声を掛けると、漸く青年が私の存在に気付いた。明らかに怪しいであろう私の姿を見て、彼が訝し気な顔をしながらも腰を上げる。そして周囲を警戒しながら、私の方へと近付いて来た。

「――僕に、何か?」

 彼も、私と同じく声を潜める。
 その声はややハスキーで、聞いていて心地が良い。声だけで、女性の気を引く事が出来そうな程である。
 彼を“視て”直ぐに、良い人物を捕まえる事が出来たと悟った。彼は警戒心こそ強いものの、上手く誘導すれば色々な話を聞かせてくれそうだ。

「あのね、ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかな。時間は取らせないから」

「――……」
 
 青年が、一瞬考え込む様な顔を見せる。しかし直ぐに、小さく頷いた。

「10分だけなら」

「ありがと。10分もあれば充分」

 呼吸を整え、事前に用意していた言葉を頭の中で確認する。大丈夫、10分あれば聞き出せる筈だ。
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