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IV 最期の微笑-V

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 その後彼と軽い会話を交わし、いつまでもマリアの事を引き摺っていても仕方が無いと気持ちを無理矢理入れ替え踵を返した。背後にセドリックの気配を感じながらも、客室に入り黙ってトレーに空のティーカップを乗せていく。

「――なぁ」

 今まで黙っていた彼が声を上げ、片付ける手を一瞬だけ止めた。背後の彼に意識を向ければ、自然とその先の言葉が見えてくる。
 きっと、私の能力について聞きたいのだろう。

「人の感情ってどんな風に見えんの?」

 案の定、と言うべきか。予想通りの言葉に、思わず苦笑いが漏れた。

「……うぅん、見えるって感じじゃないんだよね。“何考えてるか分かる”と言っても、その人が考えてる事が文字で見えたり声で聞こえる訳じゃないし。表現するなら、耳鳴りや温度……あとはその場の空気感とかかな。人それぞれ微妙に違うそれを感じ取ってるってだけ」

 自分自身ですら、この能力のメカニズムを理解する事は出来ない。
 ただ瞬時に感じた匂い、温度、欠片の様な記憶に、その人物の心を読み取る事が出来るだけだ。
 語言化出来るものなら、もうとっくの昔にしている。

「それは……ただの勘、ではないのか」

「まぁ、勘って言うのが一番近いかもね。私だって分かんないよ。何となく、『この人今嘘ついてるな』とか、『今家庭の事で悩んでるな』とか『隠し事してるな』って分かっちゃうんだもん。でも、その嘘の内容とか悩み事、隠し事が分かる訳じゃないんだよ。だから、はっきりと知る為にはやっぱり会話しなくちゃ駄目」

 彼から感じる、女性の影。彼から零れ落ちる様に“視えた”のは、昨晩の記憶。誰かは分からないが、彼は若い女性を1人拾った様だ。昨晩彼はエインズワース家のパーティーに参加していた。そう考えると、拾って来たのは若い令嬢だろう。
 幼馴染を超えて、弟の様な存在である彼の力になってやりたいのは山々だ。しかし、彼はその女性の事を私に丸投げしようとしている様に見える。

「言っとくけど、私の“これ”使いたいとか言われても嫌だから」

 故に、少々突き放した様な言葉を口にした。

「まだ何も言ってないだろ」

 すぐ様反論されるが、彼は周りの人間の中でも特に分かり易い性格をしている。恐らく、他人に興味が無い故に自身を隠すという事もしないのだろう。その為か、彼からは特別色々な事を読み取ることが出来た。

「どうせ、まだ私に言わなきゃいけない事とかあるんでしょ? 例えば、昨日拾った可愛い可愛い女の子の事とか」

 そう言って彼を一瞥すると、彼がやや複雑な表情を浮べた。彼の事ならなんでも分かる。きっと、今私に感じているのは若干の“恐怖”だ。

 マリアの事を考えるのはもう辞めよう。これ以上考えた所でキリが無い。
 それよりも今は、彼が拾って来た令嬢の方が問題だろう。彼がソファに腰掛けたのを見て、自身も向かいのソファに続いた。
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