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最終章 おわりのはじまり

後悔は先に立ちません

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「それにしても、やけに表が騒がしいような気がしますが……。」

 私が一言呟くとグライフ様が「オルドロフですよ。」と口を開く。

「彼は今朝方、リマ様と出かける約束を取り付けたようで。貴方たちが来てから少しして戻ってきたようですが、中に入って来る様子がありませんでしたね。」

 しまった、とディオンさんと私は顔を見合わせる。

 もしもリマさんが来てしまった場合、入られては困るため何人たりともこの屋敷にいれてはいけないと表の兵士に伝えていたのだが、オルドロフ様がここにいないというのは大きな誤算だった。

 リマさんは今日、殿下と出かける予定だったはずなのに……まさか気まぐれにオルドロフ様も誘ったのだろうか。

 私は表の兵士に彼を中に入れるように伝える。
 すると慌てるような、もしくは怒っているような様子のオルドロフ様が足早に入ってきて、グライフ様の目の前に立った。

「父上! ジクターとソルティが捕らえられ、兵士は表にうじゃうじゃといて、父上までも拘束されようとしているとは一体何をしているのですか!?」
「我々は罪を犯してしまったのです、オルドロフ。」
「全て外で聞いていました。リマの為にやったことが罪に問われるなんて可笑しい!」

 全く見当違いな言葉に、グライフ様は一瞬目を見開き驚いて、それから深くため息をつき全てを諦めたような表情をした。

「オルドロフ。ジクターのように悪行を行ったとは思わないが、これほどまでに堕ちてしまったとは私も信じたくないものだ。しかし……こうなってしまったならばどうしようもない。全てを聞いて考えが変わらぬとは……私も覚悟を決めなければな。」
「父上、一体何をぶつぶつ言って「オルドロフ、私の意見に賛同出来ないというのならばベネダ家を出て行きなさい。」

 オルドロフは、ぴきりと固まる。

「な、なぜ、僕はなにも間違ったことは言っていない!!」
「愚かな……お前と話すことは何もない。私の前から去れ。」

 実の息子に向けるものとは思えないほどに冷酷な視線と表情にオルドロフはギリッと歯を強く噛みしめる。
 その表情は悔しさや怒りを含んでいた。

「リマは私を受け入れてくれる。私の愛は間違っていない。」

 オルドロフはボソッと呟いてから、バッと駆け出して家を出た。私はそれを目で追ってからグライフ様を見る。

「よろしいのですか?」
「ええ、きっと早くにこうするべきだったのです。しかし、オルドロフには幼い頃から期待していましたから……私も私でどうかしていましたし。どちらにせよベネダ家は終わりですから、縁を切らずとも苦しい未来ですよ。」

 グライフ様はオルドロフ様の出ていった扉を見つめ、寂しそうな表情を浮かべる。

 ただ、貴族が急に家を追い出されてはどうにも出来ないだろうし、この国の民が彼を許し共生するとも思えない。兄やカイル様とは違い、ベネダ家は商売を生業にしていた為に国の者たちと最も距離が近かったと言える。今までの横暴を考えれば、オルドロフ様は彼らの反感をかな。買っているはずだ。

「オルドロフ様が心配です。オズウェル、彼を追いましょう。」
「あぁ、そうだな。」

 オズウェルは、ちょうどジクター・ベネダとソルティ・ベネダの身柄を移送するよう部下たちに指示を出し終えたところで、私の声に同意をした。

 このあとのベネダ家の人々についてはディオンさんに全面的に任せてもいいだろう、と判断して私とオズウェルは足早にベネダ家を出てオルドロフ様を追いかけた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 なぜだ、なぜ誰もわかってくれないのだ!!

 私はベネダ家を追い出され、足早にリマの元へと足を進める。リマは、大体いつも誰かと別れた後も高級品の多い店を見て回り、洋服や高いお菓子を買う。大方、今日もそうであろうとそれらのある場所に急いだ。

 リマは聖女であるため、彼女のためにある程度のことをするのは当たり前のことで、それが多少犯罪であるからといって何の問題があるというのだろうか?

 彼女を最優先に考えるべきだ。

 それだというのに、その事実を誰も正当なことだとわかろうとしない。どいつもこいつもアホばかりだ。

 リマ、君のことを1番に理解し想っているのはこの僕だ。例え、家を追い出されようと、地位がなくなってしまおうと、金がなくとも、君は僕を愛し受け止めてくれるだろう。

「なあ、そうだろう? リマ。」

 予想通り、彼女は洋服屋で買い物を終えて馬車に乗り込もうというところだった。

「あら、オルドロフ? お家に帰ったんじゃなかったの?」

 リマは、いつも通りの可愛い顔で不思議そうに僕に聞いてくる。

「リマ、リマ、僕のリマ。」

 僕はリマに駆け寄り、その手をギュッと掴む。

「みんな可笑しいんだ、リマは聖女なのに1番に考えることが変だと言うんだ。僕は君のことを1番に考えているなのに家を追い出された。僕は間違っていないよね? リマは、こんな僕を愛してくれるよね?」

 僕はリマが当たり前に受け入れてくれるものだと思っていた。しかし、予想外にリマの表情と声音は今まで見たことのない程に冷徹なものだった。

「まって、追い出されたってどういうこと? じゃあ、あなたは侯爵家の人間でもなく、次期ベネダ家の当主でもなく、お金も無いただの平民てこと?」
「そういうことに、なる、ね。」

 僕がそう告げた瞬間、握っていた手をブンっと振り払いドンっと突き飛ばされる。

「はぁああ?? じゃあ、あんたには何の価値もないじゃない!! なにこれ、マジでありえないんですけど! お金も地位もない人間を、なんであたしが愛さなきゃいけないわけ? あーもー代わり見つけなきゃなんないじゃない。」

 リマは僕をギロリと睨みながら悪態をつき、文句を言いながら馬車に乗り込んだ。まるで僕はそこらへんに転がる汚いゴミか何かになったようだった。

「リマ、リマ……どうして……。」

 遠く小さくなっていく馬車を見つめながら、僕はそう呟くしかなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 街でオルドロフ様の姿を見かけていないか声をかけながら探す。目撃証言からそう遠くは行っていないようだったが、煌びやかな場所からどんどん治安の良くない場所へと進んでいるようだった。

「今、ベネダ家の者が1人でこんなところを出歩いては危ないのではないか?」
「だから必死で探してるのよ、わかりきった事を言わないで頂戴。」

 物価の高騰などから、現状ベネダ家に対してよく思っていない人たちは圧倒的に多い。だから、こういった場所に1人きりでいるのは危ないのだ。

 二手に分かれる場所があり、オズウェルと私はそこで別れてオルドロフ様の捜索を続ける。

 一体彼はなぜこんなところへ来ているのだろう、普通ならばリマさんと一緒にいるはずだ。

 急いで道を進んでいくと、目の前にとぼとぼと歩く見慣れた後ろ姿が現れた。

「オルドロフ様!」

 私が声をかけると、彼は動きを止めゆっくりと振り向く。その表情は絶望に満ちていた。

「一体なぜこのような所へ……? 別の場所へ移動しましょう。」
「触るな!!!」

 私が彼の手を引こうとすると、彼はバッと私の手を振り払った。

「私はベネダ家を追い出されたんだ。今更行く宛などない、ほっといてくれ。」
「不本意ですがリマさんのところでも良いので、この場所から「彼女は私を拒絶した!!!」

 そう叫ぶオルドロフ様の目からは、ボロボロと涙が溢れる。
 リマさんが彼を拒絶した、ということは今の彼の存在意義を否定されたことと同じだ。彼はリマさんのために全てを捧げ、その結果家を追い出されたのだから。

「侯爵家の人間でもなくお金のない私に何も価値はないと、私は彼女に捨てられたんだ。そして何より、私は愚かだった。いつからか彼女に心を奪われ、その頃から彼女に全てを捧げることが正しいと思っていた。彼女から拒絶され、何故か心の中の黒いものがなくなったような気がした。そして気づいた、私が今まで如何に愚かな行いをしていたのか。だが、もう遅い。私にはもう何もない。」

 ははは、と力なく笑う彼に私は何もかける言葉がなかった。彼は間違いなく多くの者にとっては加害者だ。しかし、リマ・ベネダに魅了され、結果的に全てを無くした彼は被害者でもあるだろう。だからといって、彼に罪がないなどとは言わないけれど。

「貴方は許されないことをしてきました。けれど、貴方が自分の愚かな行いに気づいたのならば、変わることが出来ます。」

 私がそう言うと、やっとオルドロフ様は私と目を合わせてくれた。私のことを真っ直ぐに見つめる瞳には、今までの彼から見えなかった光が見える。

「私は貴方を見つけることは出来なかった。貴方は既に、この先の東門から国を出てしまっていた。」

 オルドロフ様は目を見開き、尚も私のことをじっと見つめる。

「大きな道には行商人も多くいますし、低級モンスターしかいません。それに、隣町までは歩いてもさほど時間はかかりません。オルドロフ様はベネダ家を勘当され、唯一の救いであるリマさんにも切り捨てられ、この国で一体どう変われると言うのでしょう。」

 正直なところ、この国で彼に才能を発揮して貰いたいところではあるが、せめてもの救いを……再びチャンスを与えたい。新しくやり直すチャンスを。それはきっとベネダ家一族もリマさんもいない場所、この国ではない方が良いのだ。

「こんな私にチャンスを与えると言うのか? 相変わらず君はおかしい人だ。」
「貴方に心底嫌気がさして、一緒に仕事をしたくないだけですわ。」
「奇遇だね、僕も君に心底嫌気がさしているよ。」

 かつて、私とオルドロフ様がした応酬であった。
 その時とは込めている感情も何もかもが違う。
 私がふっと笑うと、彼も微笑浮かべ「ありがとう」と呟いた。

 しかし次の瞬間、ドスッという音と共に彼の表情はグシャリと歪み、口からは血が流れる。

 彼の後ろ見ると、ハーッハーッと荒く息をする少年がいた。私は何が起こっているのかわからず、動く事が出来ない。

「こいつらのせいで、僕の母さんは倒れた、苦しんだ!!! お前が悪いんだ!!!」

 オルドロフ様はドサリと倒れこむ。それを見ると少年は人を刺したという恐怖からかその場を動けず震えていた。

「オズウェル!! オズウェル来て!!!」

 私は精一杯に近くにいるであろうオズウェルを呼ぶ。
 オルドロフ様から血がどんどん流れ出て、次第に血の気も無くなっていく。

「ああ、どうしよう、どうしたら。」

 私はどうして魔法が使えないのだろう。
 どうして私ではなくリマ・ベネダにその力があるのだろう。

 どうして私はこうも役立たずなのだろう。

「ユニ! 一体何が!」

 オズウェルが息を切らしている。それほどに急いで来たのだろう。

「ミシェルを呼んで、そこの少年を取り押さえて。オルドロフ様が、刺されて……あぁ、どうしよう、こんなに血が。」

 オルドロフ様は、私を見て笑みを浮かべる。

「君は、チャンスを……くれようとした。でも……神は、そうじゃ、ない……みたいだ。」
「いいえ、これからミシェルが来ます。だから大丈夫です。」

 視界の端でオズウェルが連絡をしつつ少年を捕らえていた。
 彼がベネダ家に憎しみを抱くのは当然だが、それは傷害を容認する理由にはならない。

 私が、彼にチャンスを与えようとしたから?
 私のせい?

「これは……僕の、罪だ。」

 まるで私の心を見透かすようにオルドロフ様は答えた。

 どんどん冷たくなっていく。
 視線が合わなくなる。
 私の手を握る手に力がなくなっていく。
 流れる血は止まらない。

 オルドロフ様の目が閉じた。



 その後、ミシェルが来てくれたが刺された場所が悪くオルドロフ様は還らぬ人となってしまった。

 きっと、私が魔法を使えたら結果は違かったはずだ。

 後に少年について調べたところ、以前に私がベネダ家と広場で言い争った時に絹を売っていた人の息子で、その後執拗に安価で絹を買っていたため生活が困窮し母が倒れたのだという。

 少年は殺人罪で裁かれるが、まだ若すぎることや動機からそれなりに減刑されることだろう。

 色々な面でこうしておけばと思う事が多い。
 もっと早く手を打てば……など考えたらキリがない。

 後悔は先には立たないのです。
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