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侯爵令嬢、金髪縦ロールと対峙する

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 ジゼル様から拒絶を示された夜会から1週間後の夜会でも、相変わらず私は壁の花と化していた。

 遠くからエリーが心配そうに伺っている様子が見えたが、首を振ってこちらへ来ないように意を伝える。
 エリーはマーカス・クロイツ大公と夜会を共にするようになってからより一層忙しそうだった。挨拶回りや貴族とのマーカス様を交えた会話、彼とのダンス。私と一緒にいる暇なんて無いのが側から見ても理解出来た。

 いつも通り、ログレス様はロアネの隣をぴたりとついていた。こうもしばらく2人で夜会に参加していたら、嫌でも人々はログレス様がロアネを選んだのだと思わざるを得ない。
 しかし、ログレス様は未だ決定的な言葉をロアネに告げてはいないのだ。だからこそ、ロアネは不安感に駆られ以前涙を流していたのだろうけれど。

 ただ、ひとつだけいつも通りではないことがあった。ログレス様とは反対側のロアネの隣をジゼル様が独占しているのだ。

 いや、珍しい光景ではない。
 ジゼル様はログレス様と親しく、夜会時に3人で話していることは多々あるのだから。

 それにしても、私がこうして夜会に参加している意味はあるのだろうか。特に誰とダンスをするわけでも会話をするわけでもなくジッとしている。
 エリーは悪役令嬢でなくなり、ジゼル様はロアネと交流を図っている。私に出来ることは今のところ特に無いのでは?

 そう思うと急激にこの場からいなくなりたいという気持ちが強まった。

 今日はもう帰ろう、と動き出そうとしたところで腕をぱしりと掴まれた。
 振り返るよりも前に視界の端で揺れた強烈な赤色で相手が誰なのか何となく理解できた。

 ジェシカ・アンジークス侯爵令嬢だ。

「私に何か御用でしょうか?」

 振り返り視線を上げると、案の定ジェシカ嬢の強い眼差しと目が合う。
 強さが一直線に伝わってくる濃いメイクに金髪の縦ロールが目を引いた。

「話をしようと思って、あなたもワタクシに聞きたいことがあるはずよ。」

 強気な姿勢。
 私が「ノー」と告げることなんて少しも考えていないような口振りだった。

「まあとにかく、人の少ないところに移動しましょうよ。ここだと落ち着いて話もできないわ。」

 そう言ってジェシカ嬢は私の意見など何も聞かずにズンズンと歩いていく。
 周囲は私たちには特に気を留めていなかったが、彼女の派手な様相もあって、ここで深刻に話を続けていたらおそらく好奇の視線を向けられていたことだろう。

 一瞬、彼女の後を追うか悩んで動かずにいた。
 するとジェシカ嬢はちらりとこちらを振り返り、キッと鋭い目を向けてきた。目力の強さなのか、怖いという印象を受ける。

 私は諦めて彼女の後を追うために歩き出した。



「それで、話とは何でしょうか。」

 人気の少ない裏庭に出て、ジェシカ嬢と対峙するや否や私は問いを投げかけた。

「あなた、一体何者?」
「……と言うと? 私はオールクラウド侯爵家の娘、レアルチアで「そういうことを聞いているわけじゃないわ。」

 私が何者であるか、という問いかけに自己紹介で返そうと口を開いたが、ジェシカ嬢に食い気味に否定される。

「ここは、ワタクシの知っている世界と違いすぎる。」

 その言葉に私はピクリと眉を動かした。
 確信する、彼女は私と同様に"転生者"であるのだと。

「エライザ・ノグワールが悪役をしていない。起こるべきイベントが発生しない。何より、あなたという物語に存在しないキャラクターがいる。」

 ジェシカ嬢の厳しい視線が私に突き刺さる。
 強い目力と気迫に押されてしまいそうになるが、負けじと睨み返した。

「前世の知識を使って"逆ハー"しようだなんて、そうはいかないわよ。」

 私の言葉を聞いてジェシカ嬢は目を丸くしてキョトンとする。まるで、予想もしていないことを言われたかのように。

 それからすぐにケラケラと笑い始めた。

「"逆ハー"なんてワタクシは求めていないわ! ワタクシはね、ログレスとロアネが推しなのよ!! 2人の恋模様を間近でじっくりと見たい……それがワタクシの願い!」

 笑いながらも先ほどよりも強い気迫と熱意に私は一歩足を引いてしまう。

「それなのに、それなのに……イベントが起きないッ!!!」

 カッと見開かれた眼。元々強い目力が3倍になった。

「ワタクシの1番大好きなイベントは、東の森の事件で怪我を負ったログレスにロアネが寄り添うシーン……そこで2人の関係は急速に縮まる……はずなのに、どうしてそのイベントを引き起こしているのが貴方なのよ!!! レアルチア・オールクラウド!!!」

 先ほどケラケラと笑っていたのはどこへやら、今度は怒りをぶつけられる。
 こうして対峙してみるとかなり印象が異なる、もっと冷静な人物だと思っていたが感情豊かにも程がある。

「あなたも転生者だってことは行動を見ていれば何となくわかるわ。あなたこそ、物語をめちゃくちゃにするつもりなんでしょう!」
「ち、違う! 私は、みんなに幸せになって欲しいだけ! ジゼル様やエリー、みんなが悲しまずに幸せになれる……そんな物語……。」

 シン……と静寂が流れる。
 沈黙を破ったのはジェシカ嬢の小さなため息だった。

「はぁ……ログレスとロアネが惹かれあっているのは誰から見てもわかる事実だわ。だからワタクシはいなくなった"悪役令嬢"の立場に成り代わり、ワタクシ自身が"悪役令嬢"になって物語に介入することで軌道修正を図った。もしも、この世界が物語と異なっていて、2人が惹かれあっていないのであれば、ワタクシはそんな真似はしなかったわ。それに比べてあなたは? 2人の仲を引き裂いてしまえば、2人は悲しむに決まっているじゃない。」

 ぐさり、とジェシカ嬢の言葉が胸に突き刺さる。

「だ、だけれど、ジゼル様とロアネが結ばれて、ログレス様とエリーが結ばれれば大団円だわ。ジゼル様はロアネが好きで、エリーはログレス様が好きなのだから。」

 私がそう言うと、ジェシカ嬢は「はぁ?」と顔を歪ませた。何を言っているのか意味がわからない、という気持ちが表情に全て出ている。

「あなたって自分のことになると疎いのね。」

 今度は私が彼女に対して何を言っているのかわからないという表情をしてみせた。
 そうすると、ジェシカ嬢は「まぁいいわ。」と会話の流れを放棄する。

「つまりは、あなたの望みはジゼル・ヴァレンティアとロアネ・エイミッシュが結ばれるエンディングを迎えること……良かったじゃない、あなたの望み通りにシナリオが動き始めてるかもしれないわ。」

 ジェシカ嬢はそう言いながら視線を会場の方へ向ける。裏庭に面する窓越しに会場の中の様子が窺えた。

 ジゼル様とロアネがダンスを踊っている。
 2人は笑みを浮かべて、お互いの目をじっと見つめ合いながら楽しそうにしていた。

 そうよ、これが私の望んだシナリオ。

「ねぇ、喜ぶべきことだというのに、なぜそんなに悲しそうな顔をするのかしら?」

 ジェシカが真実を突きつけてくる。

 望んだシナリオ、本当ならば私は笑顔で大喜びしているはず。だが、現実は異なり私の表情が全てを物語っている。

 蓋を開けてしまえば、もう2度と元には戻らない。押し込めた感情が溢れ出す。



 私は、ずっとずっと、ジゼル・ヴァレンティアのことが好きだった。
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