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当て馬、侯爵令嬢の回復を祈る

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 レアが大きな傷を負って東の森から帰ってきた。

 僕がその知らせを聞いたのは、執務室で仕事を片付けている時だった。慌てて彼女の元へ急ぐと、部屋の外で待っていたのは心底申し訳なさそうな顔をしたログレスだった。

 僕はログレスを見つけるや否や彼の胸ぐらをグッと掴んだ。

「お前がついていて、何でレアが怪我をするんだ!」
「すまない。」

 僕の怒りにログレスはただ目を伏せて謝るだけだった。それが尚更、癪に触って仕方がない。

「まぁまぁジゼル、落ち着きなって。」

 僕とログレスの間に割って入ったのはアニーさんだった。アニーさんは妹であるレアのことをとても大切に思っている。内心、戸惑っているはずなのに彼女は冷静を装っていた。

「レアは"対話"というスキルを買われて偵察部隊に組み込まれた。彼女はそれを活かして一国の王子を守った……それは今回の任務に関して至極真っ当だと言えるよ。」
「そんなことは分かっています!」

 正論を突きつけるアニーさんに、僕は八つ当たりをするように怒鳴りつけた。頭では理解している……レアがしたことは偵察部隊としては褒められるべき事象で、それでいて当たり前だということを。

 だけれど、納得が出来ない。
 ログレスはそれ以前にレアと友人関係だ。自衛の術を持たない彼女は傷つけてはならない人である。それは共通の認識だと思っていたのに。

「ジゼルが俺に怒りの感情を抱くことは何も不当なことではない。彼女の身体に傷をつけてしまった……俺は……責任を取るべきだろうか。」
「ふざけるなッ!」

 カッと頭に血が上り、突発的に振り上げた腕はアニーさんとサムさんによって止められた。

「僕の気持ちを知っていて、良くそんなことが言えるな! 負い目で彼女を娶るのか? レアはそんなこと少しも望まない、喜ばない!」
「それならば、どうしたら俺はお前に許して貰えるのだ……?」

 ログレスの今にも泣き出してしまいそうな表情を見て、スッと昂る気持ちが鎮む。
 ログレスを許す権利なんて僕には何もない。レアにとって僕は未だ何者でもなくて、ただ一方的に感情を向けているに過ぎないのだから。

 それこそ、僕がこんなにも怒りを示す権利なんて本当はどこにもない。

「……僕は、僕のことが一番許せないだけなんだ……ただログレスに八つ当たりしていただけだ、すまない。」

 本当は自分自身が1番許せなかった。
 本来であれば僕も偵察部隊に同行する筈だった。そうすれば、僕がレアのことを側で守る事ができた。
 だけれど、僕は仕事の都合で偵察部隊を外された。ログレスやアニーさん、サムさんがいるからと受け入れた。

 僕は単純に、彼女の側にいることが出来なかった自分への憤りを感じていただけだ。
 彼女を守ると誓っていたはずなのに、肝心な時に僕は何も出来ない。

「ジゼル、一度冷静になって……そして僕たちのお願いを聞いて欲しい。君にはレアの側についていて欲しいんだ。いま、それが出来るのは君しかいないと思っている。」

 唐突なサムさんの頼みに僕は狼狽えた。
 身勝手に怒りをぶつけ冷静でいられない僕に、彼女のそばにいる資格があるのだろうか。

「殿下は偵察部隊を指揮していた身としてやるべきことが沢山ある。あたしも一連の事態について魔法師団に報告しなければいけない。サムには父さんと母さんの元へ行ってもらう。レアが今どんな状況か知らせなければならないからね……。大事な妹のそばに変な輩は付けられない、その点あたしたちはジゼルのことを信用してるんだ……わかるね?」

 アニーさんのこれ程までに真剣な様子は初めて見たような気がする。それに充てられたのか、僕は目を伏せながらもコクリと頷き了承した。

 今ほどエライザの存在を望んだことはない。
 彼女ならば、ただひたすらに真っ直ぐにレアの側にいることを希望したことだろう。僕のようにうじうじと考えることなどせず、献身的に尽くしたことだろう。

 僕はすぐに部屋の中へ入り、ベッドに横たわるレアの姿を目に映した。ただ、すやすやと眠っているだけのように感じられたが、このまま目を醒さなかったらどうしようという焦燥感が湧き出てくる。

 ベットの横の椅子に座り、ジッと彼女の顔を見つめた。僕が愛しいと思ってやまない女性が目の前にいて、だけれど彼女のために何もすることができない自分への苛立ちでどうにかなってしまいそうだった。

 レアの白く小さな右手を僕の両手で包む。冷たい手が尚更目を覚まさないのではないかという気にさせる。

「レア……どうか目を覚ましておくれ。」

 そう語りかけるも、当たり前だが返事はない。

 彼女を失うのではないかと思って初めて、臆病にも確信的な気持ちを伝えなかった自分に後悔の念が生まれる。
 今までのように遠回しに伝えるだけではいけない。レアが目を覚ましたら『好きだ』と言わなければならない。次第にそんな気持ちになっていく。

 レアの顔をジッと見つめて、気がつくと僕は彼女の額に口づけをしていた。小さなリップ音だけが耳に届いて、それからガタリと音を立てて再び椅子に座った。

 僕が物語の王子様だったら、レアはここで目を覚ますのに。

 だけど、僕は王子様なんかじゃない。
 そう思うと余計悲しくなってきて、一人で力なく笑いながら俯いた。その瞬間、レアの右手が握り返してきたような気がした。

「レア!?」

 急いで彼女の顔を覗き込むと、徐々に目が開いてくる。そして、ぱちりと開ききった彼女の目と僕の目が交わった。

「ジ、ゼル様?」
「あぁ、良かった……目を覚ましてくれて。」

 レアの声を聞いて、強張っていた身体の力がドッと抜けて安堵した。

 あぁ、もしかしたら僕は、彼女の王子様になれるのかもしれない。
 そんなことを思って、小さく笑いながら吐息をついた。
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