上 下
14 / 32

侯爵令嬢、乱心する

しおりを挟む

「ログレス様がダンスパーティーの相手にエイミッシュ嬢を選んだらしいわ。」
「前の夜会で踊っていた令嬢よね、確かに綺麗な子だったわ。」

 ひと休みのために入ったカフェで、私はそんな会話を耳にしてしまいバッと顔を伏せる。

 嘘だ嘘だ嘘だ、そんな、もうログレス様が動き出すなんて。もしかして、やはりあの時の夜会でロアネ嬢に惚れたというの?
 あー、レアルチア・オールクラウド、何たる不覚! 先手を打たれてしまうとは! これでは、ジゼル様がロアネ嬢を誘うように焚き付けるなんてことは出来なくなってしまう。

 ダンスパーティーに誘うということは対外的にロアネへ好意を持っていると示したということか。
 いや、まて……ログレス様はそんなに賢い人間か。色恋沙汰にとことん疎いログレス様のことだ、そんなことが出来るはずがない。

 ……じゃあ、なんでロアネ嬢を??

 私は頭を抱えるが答えは出ない。

「今日は何を考えているんだい?」

 かけられた声に顔を上げると、そこには朗らかな笑みを浮かべたジゼル様がいた。

「ジゼル様、どうしてここに?」
「君が頭を抱えている様子が外から見えてね、気になって入ってしまったよ。」

 私の素朴な問いかけに、ジゼル様が小さく笑いを溢しながらも答える。
 なんと、私の様子は外から丸見えだったようだ。恥ずかしいにも程がある。

「ログレス様が、ロアネ嬢をダンスパーティーに誘ったと聞いたわ。」
「うん、そのようだね。」

 ジゼル様は涼しい顔で私の言葉に同意した。
 ここは、悔しそうな表情をして欲しいところだけれど、まあそれは今は良い。

 今の私の疑問は、なぜログレス様がロアネ嬢を誘ったのか。その真意が知りたい。

 ……ジゼル様は知っているのだろうか?

「なぜ、ログレス様はロアネ嬢を?」
「前の夜会で2人が踊っていただろう? ログレスは単純に彼女のダンスの技術を買っているみたいなんだ。本当に浮いた話一つ出ない男だよ、彼は。」

 私はその話を聞いてホッとする。
 まだログレス様はロアネ嬢に恋心を抱いているわけではないようだ。それならば、ダンスパーティーが終わった後にだってジゼル様が割り込む隙はあるわけだ。

 それから、エリーとログレス様の関係性が発展する可能性だってある。エリーは最近消極的だから、焚き付けてみても良いかもしれない。
 いや、でもそうすると悪役に拍車をかけてしまうのかしら?

 そんなことを思いながらジゼル様の顔を見ると、あからさまにムッとした顔がそこにあった。
 私は何故彼がそんなにも不快そうにしているのかわからずに眉を下げ困惑する。

「どうしてそんな顔をするの? 私、何か失礼なことを言ったかしら?」
「いや、君がわかりやすくホッとするから……本当はログレスに気があるんじゃないかと思って。」

 ジゼル様の言葉に、私は目をぱちくりとさせる。
 それから、ケラケラと笑い出す。まさか、そんなことを言われるなんて思わなかった。

「私がログレス様を? あり得ないわ! おかしなことを言うのね!」

 笑いすぎてお腹が痛い。
 ジゼル様は「そうか。」と一言呟いて、笑い続ける私を少し引き気味に見つめた。

「それで、レアは誰と行くか決めたのかい?」
「あぁ、そういえば何も考えていなかったわ。」

 ジゼル様に話を振られたことで自身については全くの後回しにしていたことに気付かされる。
 私だっていつまでも独り身ではいられない。いつかは誰かと婚姻を結ぶのだ……それが、貴族としての使命だから。

 私は周囲の人たちの幸せの手助けで手一杯なので、誰と結婚するかなんてどうでも良い。きっと、お父様やお母様が相応しい誰かを用意してくれる筈だ。
 仕事に寛容であれば良いけれど、なんて時世にそぐわない願いを抱いてみる。

「それなら、僕と一緒にダンスパーティーへ行かないかい?」
「え?」

 驚いて声をあげてしまう。
 女性避け? それとも何か、同情でもしてくれていると?

「まだ誰からも誘われていない私への同情ならば要らないし、軽口のひとつとして声をかけているならより一層ごめんだわ。」
「いいや、僕は至って真面目さ。レアルチア・オールクラウド侯爵令嬢、僕と共にダンスパーティーへ行ってはくれないかい?」

 こんなカフェの一角で、小さく微笑を浮かべた美形が私の左手を取り「イエス」の一言を待っている。あぁ、なんて場違いな光景なんでしょう。
 だけれど、私の心臓はバクバクと早くなる。いつもとは違う何だか真面目な様相の彼に、心をときめかせてしまったのは仕方のないことではないだろうか。

「それで、君の答えは?」
「え、ええ、一緒に行くわ。」

 勢いに押されて私は彼の提案に了承した。
 そうよ、ロアネ嬢はログレス様の誘いを受けたわけで、そうして私とジゼル様は誰とも約束をしていなかった。
 えぇ、何もおかしなことなんてないわ、何にも。

 そうやって、必死に心の中で誰にするわけでもない言い訳を繰り返す。

 ジゼル様は「良かった。」と嬉しそうにニコリとして、私の手を離した。
 それから、彼は満足そうにしながら席を後にした。

 一人取り残された私は、火照る頬と高なる胸を抑えるのに必死だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

貧乏子爵令嬢ですが、愛人にならないなら家を潰すと脅されました。それは困る!

よーこ
恋愛
図書室での読書が大好きな子爵令嬢。 ところが最近、図書室で騒ぐ令嬢が現れた。 その令嬢の目的は一人の見目の良い伯爵令息で……。 短編です。

悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい

みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたルビーは、このままだとずっと好きだった王太子殿下に自分が捨てられ、乙女ゲームの主人公に“ざまぁ”されることに気づき、深い悲しみに襲われながらもなんとかそれを乗り越えようとするお話。 切ない話が書きたくて書きました。 転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈りますのスピンオフです。

『愛することはない』と婚約者に言われた私の前に現れた王子様

家紋武範
恋愛
 私、エレナ・ドラードには婚約者がいる。しかし、その婚約者に結婚しても愛することはないと言われてしまう。  そんな私の前に隣国の王子様が現れ、求婚して来るのだった。 ※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

処理中です...