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煩わしい日
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ワンルームマンションで一人暮らしを始めてから一年が経過した。
布団にくるまったまま、起き上がるのも、部屋を出るのも億劫だった。布団の前には、ドンキで購入した四角い組み立て式のテーブルがあり、その横には座椅子が鎮座している。テーブルの上には、食べかけのカップラーメンの容器と、水が入ったままのタンブラーが置かれていた。
空気が淀んでいて、ひどく生臭い。窓を開ければ爽快かもしれないが、四月というこの時期は、花粉が哀れなアレルギー患者を狙ってうろついている。淀んだ空気を和らげるために、キッチンにつながる扉を開けるくらいしか対策が思いつかなかった。
足元に視線を向けると、右脚に白いギプスが目に入った。
そうだ、まだこれが取れていないのだった。思い出すと、げんなりしてしまう。
私は、両手を床について上半身を起こし、右脚を伸ばしたままテーブルに近づく。
ギプスを固定したまま松葉杖で歩く生活にも慣れた。しかし、これでも不便な日々は続いている。
さらに事故のショックから立ち直れず、木製の絵画スタンドに立てかけてあるキャンバスの前に座るのも億劫だった。
以前は、キャンバスの前で過ごすと、一日中、時間を忘れてしまっていた。今は、キャンバスの前に座っても、長時間集中することができなくなってしまった。これでは療養にならない。
永遠にこのままではないのかという不安が私の体を身震いさせ、筆を握れなくなった。筆を取る手は、事故以来、何かが腕にのしかかっているような重さを感じ、その重圧のせいで震えていた。おとといは、震える手で筆を握りしめながら、延々と絵具を見比べて過ごしていた。私の中で焦燥と恐怖が入り混じり、脳みそがじわじわと痒くなるような感覚が芽生えた。脳に蛆でも湧いてしまったのだろうか。
以前の私は、頭に血が上りやすい癇癪持ちだった。小学校の頃から感情の抑制ができず、すぐに泣き出したり、怒り出してしまう性格だった。子どもの頃は祖父母にあやしてもらっていたのだが、中学に入学した頃には他界してしまい、感情をコントロールする術を完全に失ってしまった。
そんなときに出会ったのが絵を描くことだった。
しかし、今ではキャンバスに向かうことすらできず、部屋からもあまり出ることができなくなっている。医者からは、事故による精神的なストレスが原因で、うつ病になっている可能性を指摘された。
窓の外を車の音が通り過ぎる度に、私は身をこわばらせる。怒りや悲しみ以上に、言葉では表現しきれない未知の不安と焦燥に、心が乱れそうになる。
その日、私はいつになくぼんやりと過ごしていた。午前中は何もなく、午後には美術論の講義があるだけだった。単位の関係上、講義には出席する必要があった。好きな講義だったため、なるべく多く出席したいと思っており、気晴らしになるだろうと考えていた。
昨日の深夜に、隣人や上階の住人が騒いでいた。何があったのかわからないが、事故の記憶がフラッシュバックして眠れなかった私にとっては、その音がなんとも心地良い音色に聞こえた。
正午を過ぎたころ、私はリュックサックを背負い、部屋から出ていった。玄関脇に置かれていた鍵束を手に取り、ドアを開け、鍵穴にキーを差し込んだ。かちりという音がして、ドアノブを押し込み開かないかどうかを確認する。
ここまでの過程を、すべて松葉杖をつきながら行わなければならないのがわずらわしい。
三、四歩足を進めると、つるりと足を滑らせそうになった。見ると、地面に真っ黒なペンキがこぼれていた。私は「危ない」と声を漏らした。マンション住民の中に、カラーペイントアートを生業にしている人物がいたので、その人が通路を汚したのかもしれない。
その黒い色が、ますます私を憂鬱にさせた。
布団にくるまったまま、起き上がるのも、部屋を出るのも億劫だった。布団の前には、ドンキで購入した四角い組み立て式のテーブルがあり、その横には座椅子が鎮座している。テーブルの上には、食べかけのカップラーメンの容器と、水が入ったままのタンブラーが置かれていた。
空気が淀んでいて、ひどく生臭い。窓を開ければ爽快かもしれないが、四月というこの時期は、花粉が哀れなアレルギー患者を狙ってうろついている。淀んだ空気を和らげるために、キッチンにつながる扉を開けるくらいしか対策が思いつかなかった。
足元に視線を向けると、右脚に白いギプスが目に入った。
そうだ、まだこれが取れていないのだった。思い出すと、げんなりしてしまう。
私は、両手を床について上半身を起こし、右脚を伸ばしたままテーブルに近づく。
ギプスを固定したまま松葉杖で歩く生活にも慣れた。しかし、これでも不便な日々は続いている。
さらに事故のショックから立ち直れず、木製の絵画スタンドに立てかけてあるキャンバスの前に座るのも億劫だった。
以前は、キャンバスの前で過ごすと、一日中、時間を忘れてしまっていた。今は、キャンバスの前に座っても、長時間集中することができなくなってしまった。これでは療養にならない。
永遠にこのままではないのかという不安が私の体を身震いさせ、筆を握れなくなった。筆を取る手は、事故以来、何かが腕にのしかかっているような重さを感じ、その重圧のせいで震えていた。おとといは、震える手で筆を握りしめながら、延々と絵具を見比べて過ごしていた。私の中で焦燥と恐怖が入り混じり、脳みそがじわじわと痒くなるような感覚が芽生えた。脳に蛆でも湧いてしまったのだろうか。
以前の私は、頭に血が上りやすい癇癪持ちだった。小学校の頃から感情の抑制ができず、すぐに泣き出したり、怒り出してしまう性格だった。子どもの頃は祖父母にあやしてもらっていたのだが、中学に入学した頃には他界してしまい、感情をコントロールする術を完全に失ってしまった。
そんなときに出会ったのが絵を描くことだった。
しかし、今ではキャンバスに向かうことすらできず、部屋からもあまり出ることができなくなっている。医者からは、事故による精神的なストレスが原因で、うつ病になっている可能性を指摘された。
窓の外を車の音が通り過ぎる度に、私は身をこわばらせる。怒りや悲しみ以上に、言葉では表現しきれない未知の不安と焦燥に、心が乱れそうになる。
その日、私はいつになくぼんやりと過ごしていた。午前中は何もなく、午後には美術論の講義があるだけだった。単位の関係上、講義には出席する必要があった。好きな講義だったため、なるべく多く出席したいと思っており、気晴らしになるだろうと考えていた。
昨日の深夜に、隣人や上階の住人が騒いでいた。何があったのかわからないが、事故の記憶がフラッシュバックして眠れなかった私にとっては、その音がなんとも心地良い音色に聞こえた。
正午を過ぎたころ、私はリュックサックを背負い、部屋から出ていった。玄関脇に置かれていた鍵束を手に取り、ドアを開け、鍵穴にキーを差し込んだ。かちりという音がして、ドアノブを押し込み開かないかどうかを確認する。
ここまでの過程を、すべて松葉杖をつきながら行わなければならないのがわずらわしい。
三、四歩足を進めると、つるりと足を滑らせそうになった。見ると、地面に真っ黒なペンキがこぼれていた。私は「危ない」と声を漏らした。マンション住民の中に、カラーペイントアートを生業にしている人物がいたので、その人が通路を汚したのかもしれない。
その黒い色が、ますます私を憂鬱にさせた。
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