男装ヒロインの失敗

藍原美音

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第一章

初接客①

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「んで? 結局全員ここで働くのか?」
「うむ……非常に残念だがそうらしい」

 ポカリ。顎に手を当て渋い顔を作ってると「バカ野郎」と誠至に頭を叩かれた。

「なんで叩く!? 俺悪くなくない!?」
「じゃあなんでコイツらはここにいるんだ?」
「俺がいるからです……」

 がくりと項垂れる俺に向かってほれ見ろとばかりに一瞥を投げる誠至。
 でもやっぱり俺は悪くないと思う!! だって俺何もしてないよね!? 俺の意志とは無関係だよね!?
 琳門はともかく他二人に関しては全力で関わりたくないのに!!

「はぁ……コイツは女の時から周りに男湧いてたけどなんで今も……? じっくりいこうとしてたのにそんな訳にもいかなくなったじゃねぇか……」

 と、急に誠至がぶつぶつと言い出すからビビった。え、普通に怖い。そう若干引いた目で見てるといきなり視線を合わせてきたからさらにビビる。

「せ、誠至? さっきからどうし――」
「お前はもっと、警戒心を持て」
「は?」
「いくら男のフリをしたところで、内から漏れる色気を隠せてねぇんだよ」
「は? いや、何言ってんの?」

 なんだその真顔は。何を言い出すかと思えばくだらない。なんで男の俺が警戒する必要あるんだよ。何に対し? ……って言わずもがなアイツらか。

「大丈夫だよ、今はまだバレてなさそうだし」
「なんだ『今はまだ』って」
「いや、若干一名核心をつくことしか言わない奴が……」
「はぁあああ」

 溜息深いなおい。
 そりゃあ俺だって溜息吐きたいよ。アイツの前だといつボロ出るかわかったもんじゃない。

 ―――チラ、と初接客中のヤツに目を向ける。

「あ、あのッお名前なんて言うんですか!?」
「あ? 見てわかんねぇのか。ヤマトって書いてあるだろ」
「……っ! ヤマト様、とお呼びしてもッ?」
「好きにしろ」

 いや、敬語使えよ。何が『好きにしろ(ドヤア)』だ。お前が好きにしすぎだ。そんなヤツに女の子身悶えてるし。
 ほんとにここ執事喫茶だよね? こんな偉そうな執事見たことないよ? 完璧上から目線のそれはどう見ても王様だ。

「あ、あのっ」
「んだよ、まだなんかあんのか」
「えっと、その……アキくんとはどんな関係なのかなって」

 はあああ!? なんだその質問は!! その照れっ照れした顔やめよう!?

「ああ? そりゃ勿論――――」

 おい!! 蘇芳もなんだその妖しい笑みは!?
 一瞬俺の方を見てニヤァと、それはもう寒気がする程妖艶な笑みを浮かべた後女の子に耳打ちする蘇芳。するとすかさず「きゃああああ!!」と叫び声が上がる。

 じゃねえよ!! なんて言ったんだ!? ……いややっぱ聞きたくない。知らない方が幸せなことだってあるよね。

「だからお前ら、邪魔すんじゃねえよ?」

 最後にこれまたドヤ顔で言い放って席を離れる蘇芳に女の子全員わなわなと震えている。
 ……嗚呼、その震えが身勝手な執事に対する怒りだったら良かったのに。
 
しかし蘇芳が去った後きゃっきゃとはしゃぐ黄色い声にそれはないなと嫌でも理解させられる。
 おいおい。ここは執事喫茶だぞ? キングダムでもなければBL喫茶でもないからな? 若干客層が変わってしまった気がするのは思い過ごしか……。その期待の篭った目で俺らを見るのは困るんだけど?

「ちゃんと敬語使え」
「あ? んなの俺の勝手だろうが」

 初接客を見事(?)終わらせた蘇芳がこちらへやって来て、誠至が先輩らしく注意する。
 いいぞ誠至! 正論だ!! そのまま畳み掛けて隙あらば辞めさせろ!!

「お前みたいな野蛮な言葉遣いをする執事がいるとでも?」
「ああ? クソ兄貴には《俺様系》って言われたぜ? 敬語使う俺様がどこにいんだよ」
「……ちっ」

 おい誠至! 負けてんなよ! 何か言い返せ! 舌打ちして黙り込んじゃダメでしょーが!!

 てかオーナーやっぱ天才だな。適材適所に役を振り分けるのが上手すぎる。まあコイツの場合俺様じゃなくても敬語とか使わなさそうだけど。
 つーか俺様系執事ってなんだよ。そんなの執事じゃないよ。ただの偉そうな男だよ。なんてツッコミはするだけ無駄なの? え?

 はあ、と脱力していると蘇芳が俺を舐めるように眺めているのがわかった。……またもや気持ち悪い笑みをはっつけて。

「見んなあっち行けついでに今すぐ辞めろ」
「つれないねぇ。俺が辞めたらクソ兄貴が泣くんじゃねえの?」
「心配するな。お前の代わりなんていくらでもいる」

 実際は蘇芳が入ることになってオーナー感激してたけどな。『これでやっと人員揃ったあああ!!』って。
 んで新しく入った三人が三人共俺がいることを条件にしたせいで身動きできないこの現状。
 ……本当に勘弁してくれ。俺はただハーレムを楽しみたかっただけなのに。逆ハーはお呼びじゃないんですけど。

「ふーん、そりゃ残念」

 すると、何の脈絡もなく蘇芳が近づいてきた。そして流れるような動作で俺の髪を一束掬って……

「いやさせねえよ!? セリフと行動が矛盾してるんですけど!?」

 なにそのまま口付けようとしてんだ! この男ほんとにおかしい!!
 お嬢様方もきゃーきゃーしてるんじゃないよ。だからここはBL喫茶じゃないってば!!

「ちっ、イケると思ったのにな」
「何もイケねえよ。一人でやってろ」
「お前なかなか鬼畜だな。一人より二人の方が気持ちいいぜ?」
「はあ!? どういう意味だコラ!!」

 もうやだこの人。
 クックックと笑う蘇芳は本当に様になってて、お嬢様方が興奮するのも頷ける。
 でもその笑みの原因が俺をからかって楽しんでることなら全力でぶん殴りたい!! てか確実楽しんでるよね!?
 よしその喧嘩買ってやると握り拳を作っていると……

「ぼ、僕に近付くなぁッ……いや、近付かないで、ください……」

 あ、そうだそういえばあの子も初接客中だった……。予想通りといえば予想通りだけど……奥の方から聞こえてきたのは今にも泣き出してしまいそうな声。
 そちらを向くとぷるっぷる震えている琳門がお嬢様を避けるようにして立っている。なんとか口調だけは丁寧に直したようだけど身から溢れ出るのは紛れも無い嫌悪感。
 あーあ、お嬢様困ってるし。

 ―――しょうがない、ここは《誘惑系執事》千秋クンの出番ですかね。
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