男装ヒロインの失敗

藍原美音

文字の大きさ
上 下
4 / 53
第一章

わんこ系①

しおりを挟む
「ちーあきっ」
「っ、」

 考え事をしていたら、体に衝撃が走って動きを止めた。この遠慮のない行動、甘えた口調……さては!

「佐伯先輩!」
「おう! お前難しい顔してたぞ? どうした?」

 どうしたって……それは……。
 先日の蘇芳倭人のことについて考えていた。
 あの時――――全く男であることを意識していなかった。表情から仕草、声まで女のソレだったと思う。勘の鋭いあいつのことだからバレていそうで気が気じゃない。

 あれから何の接触もないことが唯一の救いなんだろうけど……。このじわりじわりと蝕まれていく感じ、生きた心地がしない。死刑宣告を待つかのようだ。

「って、ちょっと! どこ触ってるんですか!」
「えー? だって千秋の身体柔らかくて触り心地いいんだもん。女みてぇ」
「!」

 その前に、この人! この人をなんとかしないと!

 このやたら馴れ馴れしい人は、佐伯もとき先輩。一個上で、三年生。フットボールのサークルに勧誘されたのが出会いだ。
 ……結局俺は断ったのに、何故か会う度話しかけられる。
 なんていうか、不思議な人。


「なぁ~、いい加減サークルに入らない?」
「入りません。汗掻きたくないので。ていうか離してください」

 脂肪のない腕を抓りながら引き剥がすと、不満そうな声を上げる。こんな抓りにくい腕は初めてだ。どんだけ筋トレすればこんなカッチコチになるんだか。

「つれないねぇ。お前は汗掻いても可愛いと思うぞ?」
「そういう問題じゃありません。それと可愛いって言うのやめてください。俺は男ですよ」
「可愛いものに可愛いって言って何が悪い」

 ……時たま、この人は俺の正体に気付いてるんじゃないかと思う。気付いてる上で、こうして揶揄ってきてるのではないかと。
 この人畜無害そうな笑みの下では何を思っているのか……。まぁ、俺に害がないならどうでもいいけどね。核心をつくようなことは言われないし。

 ようやく離れてくれた先輩の顔を下から見上げる。
 でかい図体のせいで怖い印象を持たれがちだけど、それを遥かに上回る人懐っこい態度とワンコみたいな目が特徴。明るい髪色も相俟ってゴールデンレトリバーのようだ。
 スポーツもできて、みんなの人気者。爽やかって言葉はこの人のためにあると言っても過言ではない。

「礎せんぱぁい! 今日の練習なくなったらしいですよ~」
「えっマジか!」

 女の子数人が集まってきた。きっとフットボールサークルの人達だろう。
 少し下がったところからちらりと盗み見れば何人かは頬を染めていて、先輩のモテ具合が確認できる。

「なんだ~折角テスト明けのなまった身体動かせると思ったのにな」
「あの、だからこの後あたし達と遊びに行きませんか!?」
「他の先輩たちもいるんで!」
「テストお疲れ会みたいな!」

 わーお、みんな必死だな~。そんな頑張らなくても先輩のことだから快く承諾して――――。

「んー、ごめん! 今日はこいつと約束あるから!」
「は!?」

 急に引っ張ってこられて思わず声をあげてしまった。何言ってんのこの人!?

「……え?」
「きゃーー! 千秋くんじゃん!」
「わ! いつからそこに!? っていうか二人って仲良かったの!?」

 あーあ。見つかっちゃった。絶対こうなるだろうと思ってそっぽ向いてたのに。

「じゃ、じゃあっ、千秋くんも一緒においでよ!」
「千秋くんならみんな大歓迎だよ!」

 えー俺完全部外者だよね? 人様のテリトリーに踏み込むほど神経図太くないです。

「だーめー! 俺は千秋と二人で遊びたいの! 誰にも邪魔されたくありません!」

 んな!?

「えーっ先輩だけずるーい!」
「私達も千秋くんと仲良くなりたいのに~」
「あっ……先輩もしかして、」
「え? なになに?」
「――――ああ! なるほど~」
「えーやだー」

 ちょ、ちょ、ちょ。
 何ですかお嬢さん方その意味深な眼差しは。そんなニヤニヤされるとさすがに居心地悪いんだけど?

「そういうことなら、仕方ないですね」
「礎先輩、千秋くんとのデート楽しんでくださーい」
「またサークルで会いましょうね~」
「千秋くんバイバーイ」

 嵐のように去っていった女子大生すなわちJD達。現代っ子ならではのくるくる展開する会話劇に呆然とするしかなかった。……女の子、恐るべし。

 彼女達を見届けた先輩は、くるりとこちらに振り返って輝かしい笑みを向ける。……くっ、この笑顔……目に悪い!

「いや~それにしてもすごい人気だったなぁ。千秋を視界に入れた途端あいつらの声ワントーン上がってたぞ」
「先輩も人のこと言えないでしょうが……ていうか! 先輩が変な言い方するから誤解されたじゃないですか!」
「え? 誤解? なにを?」

 ……っ、だからこの人は嫌なんだ……。

「そもそも! 俺約束なんてした覚えありませんし!」
「ああ。そうだったな。だから俺と遊んでくれ」
「っ!」

 ああもうっ、どうしてこう、この人は……。
 佐伯先輩と一緒にいるとペース乱されっぱなしだ。こんなの俺が楽しめないから嫌なんだけど!

「残念ですが、生憎今日は予定があります」
「え? バイトは月木金だろ? それに人と深く関わろうとしないお前が何の予定入れたんだよ」
「……っ、あんたは俺のストーカーか!」

 バイトの曜日なんて教えた記憶ないんだけど!?
 てか何気に今貶したよね! ……とんでもないぞ、この先輩。
 確かに予定はないけども……。もっと他の用事があるとか考えないのかね。
 でもまあどう誤魔化そうとも通用しない気がする。こういう人にははっきり言うのが一番だ。

「予定はないですけど、先輩と遊ぶのは嫌です」
「なんで?」

 なんでって……聞くか普通!? なんなのこの人、バカなの!?

「なんでもです。先輩と遊びたくない事実は変わりません」
「千秋、俺のこと嫌いなの?」

 さすが先輩、そう来たか。俺が嫌いと言わないとタカをくくっているな?
 確かに嫌いではないけど……思うツボになってたまるか!

「っき、嫌いです」
「え……、」

 ッ、ちょ! 自分で聞いといて勝手に凹まないでよ! ほんとなんなの!
 その垂れ下がった耳と尻尾をどうにかしてよ! そんな子犬のような愛くるしい瞳で見つめても、ダメ、なん……だ、から……。

「ああもう! 嫌いじゃないです! どこに行きたいんですか!?」
「わぁーい。千秋やっさしー」

 もうやだ、この人。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が産まれる前に消えた父親が、隣国の皇帝陛下だなんて聞いてない

丙 あかり
ファンタジー
 ハミルトン侯爵家のアリスはレノワール王国でも有数の優秀な魔法士で、王立学園卒業後には婚約者である王太子との結婚が決まっていた。  しかし、王立学園の卒業記念パーティーの日、アリスは王太子から婚約破棄を言い渡される。  王太子が寵愛する伯爵令嬢にアリスが嫌がらせをし、さらに魔法士としては禁忌である『魔法を使用した通貨偽造』という理由で。    身に覚えがないと言うアリスの言葉に王太子は耳を貸さず、国外追放を言い渡す。    翌日、アリスは実父を頼って隣国・グランディエ帝国へ出発。  パーティーでアリスを助けてくれた帝国の貴族・エリックも何故か同行することに。  祖父のハミルトン侯爵は爵位を返上して王都から姿を消した。  アリスを追い出せたと喜ぶ王太子だが、激怒した国王に吹っ飛ばされた。  「この馬鹿息子が!お前は帝国を敵にまわすつもりか!!」    一方、帝国で仰々しく迎えられて困惑するアリスは告げられるのだった。   「さあ、貴女のお父君ーー皇帝陛下のもとへお連れ致しますよ、お姫様」と。 ****** 週3日更新です。  

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・ 気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました! 2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・ だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・ 出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!  ♢ ♢ ♢ 所謂、異世界転生ものです。 初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。 内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。 「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。 ※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。

公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

家から追い出された後、私は皇帝陛下の隠し子だったということが判明したらしいです。

新野乃花(大舟)
恋愛
13歳の少女レベッカは物心ついた時から、自分の父だと名乗るリーゲルから虐げられていた。その最中、リーゲルはセレスティンという女性と結ばれることとなり、その時のセレスティンの連れ子がマイアであった。それ以降、レベッカは父リーゲル、母セレスティン、義妹マイアの3人からそれまで以上に虐げられる生活を送らなければならなくなった…。 そんなある日の事、些細なきっかけから機嫌を損ねたリーゲルはレベッカに対し、今すぐ家から出ていくよう言い放った。レベッカはその言葉に従い、弱弱しい体を引きずって家を出ていくほかなかった…。 しかしその後、リーゲルたちのもとに信じられない知らせがもたらされることとなる。これまで自分たちが虐げていたレベッカは、時の皇帝であるグローリアの隠し子だったのだと…。その知らせを聞いて顔を青くする3人だったが、もうすべてが手遅れなのだった…。 ※カクヨムにも投稿しています!

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

二人の転生伯爵令嬢の比較

紅禰
ファンタジー
中世の考えや方向性が強く残る世界に転生した二人の少女。 同じ家に双子として生まれ、全く同じ教育を受ける二人の違いは容姿や考え方、努力するかしないか。 そして、ゲームの世界だと思い込むか、中世らしき不思議な世界と捉えるか。 片手で足りる違いだけ、後は全く同じ環境で育つ二人が成長と共に周りにどう思われるのか、その比較をご覧ください。 処女作になりますので、おかしなところや拙いところがあるかと思いますが、よろしければご覧になってみてください。

めでたく婚約破棄で教会を追放されたので、神聖魔法に続いて魔法学校で錬金魔法も極めます。……やっぱりバカ王子は要らない? 返品はお断りします!

向原 行人
ファンタジー
教会の代表ともいえる聖女ソフィア――つまり私は、第五王子から婚約破棄を言い渡され、教会から追放されてしまった。 話を聞くと、侍祭のシャルロットの事が好きになったからだとか。 シャルロット……よくやってくれたわ! 貴女は知らないかもしれないけれど、その王子は、一言で表すと……バカよ。 これで、王子や教会から解放されて、私は自由! 慰謝料として沢山お金を貰ったし、魔法学校で錬金魔法でも勉強しようかな。 聖女として神聖魔法を極めたし、錬金魔法もいけるでしょ! ……え? 王族になれると思ったから王子にアプローチしたけど、思っていた以上にバカだから無理? ふふっ、今更返品は出来ませーん! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした

みゅー
恋愛
婚約者のエーリクと共に招待された舞踏会、公の場に二人で参加するのは初めてだったオルヘルスは、緊張しながらその場へ臨んだ。 会場に入ると前方にいた幼馴染みのアリネアと目が合った。すると、彼女は突然泣き出しそんな彼女にあろうことか婚約者のエーリクが駆け寄る。 そんな二人に注目が集まるなか、エーリクは突然オルヘルスに婚約破棄を言い渡す……。

処理中です...