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閑話3
考察
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「……とまあ、こんなところだよ」
朝の文芸部部室。話を終えた七瀬は、椅子の背もたれにもたれかかると一つ息をついた。短いようで、中身の濃い思い出。七瀬の人生の分岐点。言葉が自然と口をついて出て来て、気づけば結構な時間話し続けていたようだ。
僅かに視線をさ迷わせた後、渚が口を開く。
「何だか、色々なことが詰め込まれた一日だったんですね」
「正確には一日と、その翌日の朝、になるけどね。でも確かに、時間で言えば二十四時間も経ってないのかな」
お守りをもらったその後日談と、そして所謂幽霊と称されるものに、七瀬が初めて出会った時の物語。これが全てわずかな内に起きたことなのだから驚きだ。
机に置かれたままのお守りを仕舞い始める。種が三つ、きちんと数を確認して巾着袋の口を閉じた所で、渚が再び口を開いた。
「サクちゃんとは、その後もう一度会えたんですか?」
応えようとした七瀬が言葉を詰まらせた。
「……それなんだけどね。実はその時以来、今までサクちゃんとは会えてないんだ」
「会えてない?」
「そう」
悲しげな表情で、そっと目を細める。視線は天井へと向けられていたが、その行きつく先は白い壁紙ではなく、遠い過去の思い出であった。再び当時の景色を眺めようとするかのように、虚ろな雰囲気を纏わせている。
「勿論、僕だって会おうとはしたよ。サクちゃんに訊きたいことはたくさんあったし、もう一度逢う約束だったから。だから次の年の夏に、僕はまたあの広場に向かった。サクちゃんがどこに住んでいるかなんて知らなかったけれど、あそこに行けばまた会えるような気がしてね。でも……無理だった」
「サクちゃんはいなかった?」
「ううん。いるかいないかの前に、僕はそこまで行けなかったんだ」
七瀬は渚の方に視線を戻した。渚の顔には疑問符が浮かんでいる。
七瀬が続ける。
「道自体が無くなっていたんだ。あの時僕が、確かに曲がった筈の道も、その先の木立ちも、丸ごと田んぼに置き換わってた。十字路は三叉路になっていたよ」
「――そんな。有りもしない十字路を、曲がっていける筈がないじゃないですか」
「僕もその時は信じられなかった。それで、近くの人に訊いてみたらこう言われたよ。“此処は何年も前から田んぼだった。勘違いじゃないのか”。……一年前に歩いた道をそのまま辿ったんだから、間違ってる筈はないのに。で、半分パニックになってそれっきりさ。だから、あの時僕はどこに行っていたのか、今でも分からないままなんだ」
ただし祖母に確認してみると、ちゃんとお守りのことは覚えてくれていた。故に七瀬がサクと会ったという記憶、そのものは確固たる事実なのだろう。しかしそれがどこなのかとなると、途端に話があやふやになる。
「先輩は……迷い込んでしまったってこと、でしょうか。どこか不思議な場所、おそらく、簡単には辿り着けないどこかに。こう言うと、何だか神隠しみたいです」
「割とそうかもね。なら僕が無事に帰れたのは、運が良かったのかな」
七瀬が苦笑を浮かべた。
“神隠し”と言えば、古くからある怪奇の一つだ。不可解な形で人が突然いなくなることを指している。
消えた人は大抵そのまま帰ってこないのだが、稀に、遠く離れた場所で見つかる場合もある。天狗の仕業とも時空の歪みとも言われているが、真相は定かではない。近頃は宇宙人が原因などという説まであるようだ。
ここで重要なのは。もし七瀬の体験が神隠し、あるいはそれに準ずるオカルト的な事だったならば、彼が出会ったサクという名前の少女は、きっと普通の存在ではないということだ。
「“サクちゃんは多分人じゃない”って初めに言ったのは、こういう理由」
ひばりの巣がある場所を“お気に入り”と言っていたことからも、彼女がしょっちゅうあの不思議な場所を訪れているのは明らかだ。
妖怪や。あるいはその他の、オカルトで神秘的な何か。彼女はそんな類の存在なのだろうと、七瀬は思う事にしている。
暫く沈黙が流れた。渚がそっと口を開く。
「一つ、訊いてもいいですか」
「どうぞ」
「話が少し変わるんですが、先輩がその……“幽霊”のような何かを見たのは、その日の夜が初めてだったんですよね」
「うん。でも、前々から興味が無かったと言えば嘘になっちゃうね」
「……私が思ったのは、サクちゃんに出会ったことと、先輩が幽霊を見えるようになったことが、繋がっているんじゃないかってことです」
「つまり、サクちゃんがきっかけだったってこと?」
「はい」
「……有り得るかも」
七瀬が頷く。
幽霊が見える能力は、主に先天的なものと後天的なものに分かれる。七瀬は後者なのだがその場合、何かしらの“刺激”を受けてカが目覚めることが多い。七瀬の場合は―――と考えると、つまりはサクとの出会いがその“刺激”に当たるということなのだろう。
「だとすると、サクちゃんのお守りが余計重要になってくるね」
「……もしかすると、サクちゃんは分かっていたんじゃないでしょうか」
「僕が霊感を持ってしまったことを?」
「そうです。お守りを渡したのは、きっと、将来先輩に危険が無いようにするためだと思います」
「幽霊が見えることは、いいことばかりじゃないからね。サクちゃんには、どこまで視えていたんだろう」
あの日の夕刻、林の前で別れる時に見た、サクの表情を思い出そうとする。白いワンピースを纏った可憐な少女は、笑っていたのだったか、それとも悲しんでいたか。目を閉じて、記憶を辿ってみるけれど、結局答えは浮かび上がって来なかった。
「真相は、まだ分からないけど」
苦笑して、七瀬はコーヒーの残りを口に納める。
“いつか知る時が来るかな”――呟きの続きを飲み下せば、ほろ苦い香りが鼻から抜けていった。
いたるところに謎が残っている。今はまだこうして推測することしか出来ないが、それでも、いつか答えに辿り着ける気がした。
“もう一度会える”と、サクは言っていたから。ならきっと、その時に。
空のコップを手に持って、七瀬は椅子から立ち上がった。
「渚ちゃん、コーヒーのおかわりは?」
迷いなく差し出される。
「いただきます。先輩」
「喜んで」
湯気の立つ液体がなみなみと注がれていく。
片方を渚の前に置いてから、七瀬もまた隣へと座り直した。そうすると自然と言葉が漏れてくる。
「この話をしたの、実は、これが初めてなんだ」
渚の意識がこちらに向いたのを視てから、続ける。
「幽霊が見えることまでは、何人かの友達に話してる。小学校時代の幼なじみとかね。だけどここまで教えたのは渚ちゃんだけ。全部話せて何だかスッキリしたよ。聞いてくれてありがとう」
自分一人で秘密を囲い込むのが、得意な人は世の中そうそういないだろう。七瀬もその中の一人だった。
「はい。“幽霊が見えるんだ”なんて、あまり大っぴらに話せないですよね。だから私も、普段は秘密にしています」
「変人みたいに思われるよね」
「ホントに」
渚の方を向くと、偶然にも目があって、どちらからともなく笑い声が上がった。
大切な人と何かを共有出来る。たったそれだけのことで、無性に嬉しくなってくる。
「先輩」
「うん?」
「――私、先輩と出逢えて良かったです。先輩と私と、二人だけが、同じものを視ることが出来て、同じものを聞ける」
台詞の間に、一呼吸。
「こうして一緒にいるだけで、私は心から安心出来るんです」
その言葉を理解して、七瀬の胸が高鳴り始めるまでには一秒もかからなかった。一息の内に体が火照る。心臓の鼓動が加速度的に早くなっていく。
何かを一歩間違えるだけで、このまま爆発してしまいそうだった。
「――僕だって」
動揺が収まらぬままに七瀬は答える。口が勝手に本心を紡ぐ。
「僕にとっても、渚ちゃんは特別な存在だから。そうじゃなければ今日みたいに、幽霊が見えるようになった話なんて教えてないよ」
すると渚は、顔どころか耳と首までが真っ赤に染まってしまった。その意味を冷静に考える程には、七瀬は落ち着いていなかった。けれども、自分が衝動的に言った言葉を振り替えることくらいは出来た。
直後。自身の言動を再認識して、七瀬は我に帰るのだった。
「七瀬先輩、私――」
熱に浮かされたような口調で、自分の名前が呼ばれる。
「い、いやあの、今のはその、ね、何て言うか」
――自分は何を言っているんだろう。
内心で頭を抱える。
頭に火がついたかのように熱い。このままでは本当に爆発してしまう。
恥ずかしさのあまりに視線を下に逸らした。渚の綺麗な手が視界に飛び込んできて、また心臓がドキリとする。
どうすればいいんだ。
それに応えたのは、部室の扉が開く音だった。
「おはよう二人とも。お邪魔してしまったかな」
三良坂副部長がそこにいた。隣合わせに座ったままの二人に、意味深な頷きを送ると、そのまま何食わぬ様子で部室へと入ってくる。
時計を見ると、たしかに。彼の到着も納得の時間だったが、かといってこの戸惑いは無くならない。二人の会話は多少なりとも聞かれていただろう。
「あ、あの、副部長?」
「それにしても今日はやけに暑いね。冷房はかけているのかい?……点いている。にしてはやけに暑いな」
「副部長さん、これは」
三良坂副部長が右手を上げて、二人を黙らせる。
「まあまあ、落ち着こう二人とも。何を動揺しているのか知らないけれど、俺は別に盗み聞きをしていた訳ではない。健全たる一文芸部員として、部活動に励もうと部室を訪れた、それだけなんだよ。会話が偶然にも聞こえてきてしまったというのは、否定出来ないにしても」
「やっぱりぃ……どこから聞いてたんですか」
「“特別だから”の所から」
「~っ!!」
耐えきれなくなった七瀬が机に突っ伏した。
「いったいどうしたんだろうな、七瀬くんは」
当の副部長は我知らぬ様子でいる。渚は顔を真っ赤にしたまま、意味もなく斜め下を向いていた。
数秒後、七瀬が照れ隠しに勢いよく起き上がって言う。
「そうです副部長、コーヒー飲みましょう、コーヒー。僕が淹れますから」
すると副部長は頷いた。こちらにだけ見えるように、小さなガッツポーズをしながら。
「ありがとう。思いっきり濃いのを頼むよ」
朝の文芸部部室。話を終えた七瀬は、椅子の背もたれにもたれかかると一つ息をついた。短いようで、中身の濃い思い出。七瀬の人生の分岐点。言葉が自然と口をついて出て来て、気づけば結構な時間話し続けていたようだ。
僅かに視線をさ迷わせた後、渚が口を開く。
「何だか、色々なことが詰め込まれた一日だったんですね」
「正確には一日と、その翌日の朝、になるけどね。でも確かに、時間で言えば二十四時間も経ってないのかな」
お守りをもらったその後日談と、そして所謂幽霊と称されるものに、七瀬が初めて出会った時の物語。これが全てわずかな内に起きたことなのだから驚きだ。
机に置かれたままのお守りを仕舞い始める。種が三つ、きちんと数を確認して巾着袋の口を閉じた所で、渚が再び口を開いた。
「サクちゃんとは、その後もう一度会えたんですか?」
応えようとした七瀬が言葉を詰まらせた。
「……それなんだけどね。実はその時以来、今までサクちゃんとは会えてないんだ」
「会えてない?」
「そう」
悲しげな表情で、そっと目を細める。視線は天井へと向けられていたが、その行きつく先は白い壁紙ではなく、遠い過去の思い出であった。再び当時の景色を眺めようとするかのように、虚ろな雰囲気を纏わせている。
「勿論、僕だって会おうとはしたよ。サクちゃんに訊きたいことはたくさんあったし、もう一度逢う約束だったから。だから次の年の夏に、僕はまたあの広場に向かった。サクちゃんがどこに住んでいるかなんて知らなかったけれど、あそこに行けばまた会えるような気がしてね。でも……無理だった」
「サクちゃんはいなかった?」
「ううん。いるかいないかの前に、僕はそこまで行けなかったんだ」
七瀬は渚の方に視線を戻した。渚の顔には疑問符が浮かんでいる。
七瀬が続ける。
「道自体が無くなっていたんだ。あの時僕が、確かに曲がった筈の道も、その先の木立ちも、丸ごと田んぼに置き換わってた。十字路は三叉路になっていたよ」
「――そんな。有りもしない十字路を、曲がっていける筈がないじゃないですか」
「僕もその時は信じられなかった。それで、近くの人に訊いてみたらこう言われたよ。“此処は何年も前から田んぼだった。勘違いじゃないのか”。……一年前に歩いた道をそのまま辿ったんだから、間違ってる筈はないのに。で、半分パニックになってそれっきりさ。だから、あの時僕はどこに行っていたのか、今でも分からないままなんだ」
ただし祖母に確認してみると、ちゃんとお守りのことは覚えてくれていた。故に七瀬がサクと会ったという記憶、そのものは確固たる事実なのだろう。しかしそれがどこなのかとなると、途端に話があやふやになる。
「先輩は……迷い込んでしまったってこと、でしょうか。どこか不思議な場所、おそらく、簡単には辿り着けないどこかに。こう言うと、何だか神隠しみたいです」
「割とそうかもね。なら僕が無事に帰れたのは、運が良かったのかな」
七瀬が苦笑を浮かべた。
“神隠し”と言えば、古くからある怪奇の一つだ。不可解な形で人が突然いなくなることを指している。
消えた人は大抵そのまま帰ってこないのだが、稀に、遠く離れた場所で見つかる場合もある。天狗の仕業とも時空の歪みとも言われているが、真相は定かではない。近頃は宇宙人が原因などという説まであるようだ。
ここで重要なのは。もし七瀬の体験が神隠し、あるいはそれに準ずるオカルト的な事だったならば、彼が出会ったサクという名前の少女は、きっと普通の存在ではないということだ。
「“サクちゃんは多分人じゃない”って初めに言ったのは、こういう理由」
ひばりの巣がある場所を“お気に入り”と言っていたことからも、彼女がしょっちゅうあの不思議な場所を訪れているのは明らかだ。
妖怪や。あるいはその他の、オカルトで神秘的な何か。彼女はそんな類の存在なのだろうと、七瀬は思う事にしている。
暫く沈黙が流れた。渚がそっと口を開く。
「一つ、訊いてもいいですか」
「どうぞ」
「話が少し変わるんですが、先輩がその……“幽霊”のような何かを見たのは、その日の夜が初めてだったんですよね」
「うん。でも、前々から興味が無かったと言えば嘘になっちゃうね」
「……私が思ったのは、サクちゃんに出会ったことと、先輩が幽霊を見えるようになったことが、繋がっているんじゃないかってことです」
「つまり、サクちゃんがきっかけだったってこと?」
「はい」
「……有り得るかも」
七瀬が頷く。
幽霊が見える能力は、主に先天的なものと後天的なものに分かれる。七瀬は後者なのだがその場合、何かしらの“刺激”を受けてカが目覚めることが多い。七瀬の場合は―――と考えると、つまりはサクとの出会いがその“刺激”に当たるということなのだろう。
「だとすると、サクちゃんのお守りが余計重要になってくるね」
「……もしかすると、サクちゃんは分かっていたんじゃないでしょうか」
「僕が霊感を持ってしまったことを?」
「そうです。お守りを渡したのは、きっと、将来先輩に危険が無いようにするためだと思います」
「幽霊が見えることは、いいことばかりじゃないからね。サクちゃんには、どこまで視えていたんだろう」
あの日の夕刻、林の前で別れる時に見た、サクの表情を思い出そうとする。白いワンピースを纏った可憐な少女は、笑っていたのだったか、それとも悲しんでいたか。目を閉じて、記憶を辿ってみるけれど、結局答えは浮かび上がって来なかった。
「真相は、まだ分からないけど」
苦笑して、七瀬はコーヒーの残りを口に納める。
“いつか知る時が来るかな”――呟きの続きを飲み下せば、ほろ苦い香りが鼻から抜けていった。
いたるところに謎が残っている。今はまだこうして推測することしか出来ないが、それでも、いつか答えに辿り着ける気がした。
“もう一度会える”と、サクは言っていたから。ならきっと、その時に。
空のコップを手に持って、七瀬は椅子から立ち上がった。
「渚ちゃん、コーヒーのおかわりは?」
迷いなく差し出される。
「いただきます。先輩」
「喜んで」
湯気の立つ液体がなみなみと注がれていく。
片方を渚の前に置いてから、七瀬もまた隣へと座り直した。そうすると自然と言葉が漏れてくる。
「この話をしたの、実は、これが初めてなんだ」
渚の意識がこちらに向いたのを視てから、続ける。
「幽霊が見えることまでは、何人かの友達に話してる。小学校時代の幼なじみとかね。だけどここまで教えたのは渚ちゃんだけ。全部話せて何だかスッキリしたよ。聞いてくれてありがとう」
自分一人で秘密を囲い込むのが、得意な人は世の中そうそういないだろう。七瀬もその中の一人だった。
「はい。“幽霊が見えるんだ”なんて、あまり大っぴらに話せないですよね。だから私も、普段は秘密にしています」
「変人みたいに思われるよね」
「ホントに」
渚の方を向くと、偶然にも目があって、どちらからともなく笑い声が上がった。
大切な人と何かを共有出来る。たったそれだけのことで、無性に嬉しくなってくる。
「先輩」
「うん?」
「――私、先輩と出逢えて良かったです。先輩と私と、二人だけが、同じものを視ることが出来て、同じものを聞ける」
台詞の間に、一呼吸。
「こうして一緒にいるだけで、私は心から安心出来るんです」
その言葉を理解して、七瀬の胸が高鳴り始めるまでには一秒もかからなかった。一息の内に体が火照る。心臓の鼓動が加速度的に早くなっていく。
何かを一歩間違えるだけで、このまま爆発してしまいそうだった。
「――僕だって」
動揺が収まらぬままに七瀬は答える。口が勝手に本心を紡ぐ。
「僕にとっても、渚ちゃんは特別な存在だから。そうじゃなければ今日みたいに、幽霊が見えるようになった話なんて教えてないよ」
すると渚は、顔どころか耳と首までが真っ赤に染まってしまった。その意味を冷静に考える程には、七瀬は落ち着いていなかった。けれども、自分が衝動的に言った言葉を振り替えることくらいは出来た。
直後。自身の言動を再認識して、七瀬は我に帰るのだった。
「七瀬先輩、私――」
熱に浮かされたような口調で、自分の名前が呼ばれる。
「い、いやあの、今のはその、ね、何て言うか」
――自分は何を言っているんだろう。
内心で頭を抱える。
頭に火がついたかのように熱い。このままでは本当に爆発してしまう。
恥ずかしさのあまりに視線を下に逸らした。渚の綺麗な手が視界に飛び込んできて、また心臓がドキリとする。
どうすればいいんだ。
それに応えたのは、部室の扉が開く音だった。
「おはよう二人とも。お邪魔してしまったかな」
三良坂副部長がそこにいた。隣合わせに座ったままの二人に、意味深な頷きを送ると、そのまま何食わぬ様子で部室へと入ってくる。
時計を見ると、たしかに。彼の到着も納得の時間だったが、かといってこの戸惑いは無くならない。二人の会話は多少なりとも聞かれていただろう。
「あ、あの、副部長?」
「それにしても今日はやけに暑いね。冷房はかけているのかい?……点いている。にしてはやけに暑いな」
「副部長さん、これは」
三良坂副部長が右手を上げて、二人を黙らせる。
「まあまあ、落ち着こう二人とも。何を動揺しているのか知らないけれど、俺は別に盗み聞きをしていた訳ではない。健全たる一文芸部員として、部活動に励もうと部室を訪れた、それだけなんだよ。会話が偶然にも聞こえてきてしまったというのは、否定出来ないにしても」
「やっぱりぃ……どこから聞いてたんですか」
「“特別だから”の所から」
「~っ!!」
耐えきれなくなった七瀬が机に突っ伏した。
「いったいどうしたんだろうな、七瀬くんは」
当の副部長は我知らぬ様子でいる。渚は顔を真っ赤にしたまま、意味もなく斜め下を向いていた。
数秒後、七瀬が照れ隠しに勢いよく起き上がって言う。
「そうです副部長、コーヒー飲みましょう、コーヒー。僕が淹れますから」
すると副部長は頷いた。こちらにだけ見えるように、小さなガッツポーズをしながら。
「ありがとう。思いっきり濃いのを頼むよ」
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