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出会い編

ロゼリーナ・ビアーヌの本心

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 ロゼリーナ・ビアーヌは大変に評判の良い娘である。
ゲレッスト王国の城下町の中でも最も大きな通りに位置するパン屋の一人娘として産まれた彼女は、心根の優しい少女であった。

 「いらっしゃいませ!」

 その日も、ロゼリーナは店頭で可愛らしい笑顔を道行く人に振りまいていた。
パン屋である両親の手伝いでお客の呼び込みをするのは、ロゼリーナにとって、もはや日常と化している。
手伝いをするのを億劫だと感じたことはなかったし、むしろそれを楽しんでやっている一面もあったために、少女の振りまく笑顔は自然と客を呼び寄せた。

 「ロゼリーナちゃん、今日も買いに来たわよ!」

 今や常連さんと呼ぶべきお客の声に、ロゼリーナはパァッと顔を輝かせる。

 「ロレイヤおばさん!いつもありがとうございます」

 「いいのよ~ここのパンは本当に美味しいし、それに私、ロゼリーナちゃんの笑顔を見ると何だか元気が湧いてくるのよ!」

 「そんな…大袈裟ですよ。でも、ありがとうございます!」

 ロゼリーナの掲げる将来の夢は、パン屋さんである。 

いつか私もお父さんとお母さんみたいに美味しいパンを焼いて、お客さんに美味しいって言ってもらいたい!!

 美しい心の持ち主である少女は、心の底からそう思っていたし、願っていた。
だから数年前に、隣国ルーデリアで史上最年少の聖女候補が現れたと知った時もその夢が揺らぐことはなかった。
でも、ただ純粋に興味は湧いた。
何しろその聖女候補は自分と同い年だと言うのだから気になるのは仕方がない。
早速周りの大人たちに話題沸騰中のその少女について尋ねると、過剰なほどのベタ褒めの言葉が返って来たものだから、あの時は驚いたものだ。

 『何でも新しい聖女候補様は、天使のようなお方らしい!』

 『心が美しいだけでなく、容姿まで完璧だとか』

 『おまけにあのクレディリアのお嬢様でしょう?』

 ーー非の打ち所がないとは正にこの事だーーー

 みんながみんな、口を揃えてそう語った。
まだ貴族社会にデビューすらしていない少女を。
みんながみんな、褒めはやした。

 だからロゼリーナのように、その少女と同年代の女の子の中には、少女を恨みがましく思う者もいた。

 ーー何でその子ばっかり!狡い!!ーー

 地位も権力も富も容姿も名声も。
みんなが喉から手が出るほど欲する物を、当たり前みたいに全て持ち揃えているらしい、その少女が気にくわなかったのだ。
 しかし、ロゼリーナはそういった感情とは無縁の少女だった。先に述べた通り、ロゼリーナは心から両親に尊敬の念を抱き、パン屋さんになりたいと切に願っていたため、噂の上でしか知らない少女のことなど大して恨みがましく思うこともなかったのだ。

ただ、『アルカティーナ・フォン・クレディリア』という名前を何処かで聞いたことがあるような気がしてならなかった。

何はともあれロゼリーナは元より、幼い女の子なら誰しもが一度はなりたいと夢見る「聖女候補」や「聖女」といったものには、あまり興味を示さなかった。

きっと、すごい人がなるんだろうなぁ。

そんな、朧げな感想しか抱いていなかった。
だが、間違っても自分が「聖女候補」に選ばれるかも知れない、なんてことは考えていなかった。
それは、史上最年少の聖女候補が誕生してから数年経つ今でも変わらなかった。

 「ロゼ、ロゼ。お誕生日おめでとう!」

 「これはお父さん達からのプレゼントだよ」

 「わ!ありがと~!…ん?何これ?『聖歌集』…?」

 秋の中頃、ロゼリーナの12歳の誕生日。
ロゼリーナは、両親からプレゼントされた聖歌集をパラッと見て、たまたま開いたページの聖歌を何気なく歌った。

 「うわ~!楽譜がいっぱい載ってる…!すご~い!えーと、何々?『♪煌めく光のその先に~』だって。…へぇ~何だか難しそうな歌だね!」

 「ねっ!」と無邪気に両親の方を見ると、何故か二人してロゼリーナの頭上辺りを凝視していた。その表情は、驚愕に満ちていた。

 「?二人とも何見てるの?」

 首を傾げて、自らも頭上に目をやったロゼリーナは両親と同様目を見開くこととなる。
そこにいたのは…

 「はじめまして~」

 「ぼくたち、ひかりのせいれい!」

 「よろしくね」

 数人の、光属性の精霊だった。

これが後に有名になる、聖女候補ロゼリーナ・ビアーヌの………いや、ロゼリーナ・アゼルの誕生の瞬間であった。

 ◇ ◆ ◇

 新たな聖女候補の誕生に、ゲレッスト王国は賑わった。
ロゼリーナの人格を知るものは、「あの子なら納得だ」とロゼリーナが聖女候補に相応しい人物であるといくことを確信していた。
そして、ロゼリーナはまさか自分が…と最初こそは戸惑っていたものの、1日経った頃には全てを受け入れていた。
だが、どこまでも謙虚なロゼリーナは、決して調子に乗ったりはしなかった。
心根の優しい、聖女候補に相応しい少女だった。

……………あの時までは、まだ。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 
 どうも、水瀬こゆきです。
先に報告ですが、ちょっと色々あって次の更新は一週間後、と遅くなると思われます。
ごめんなさい…!

そしていよいよ出てきた!ヒロインちゃんだよ!
感服せよっ!!!
さてさて…このヒロインちゃん、一体どんなキャラクターとして「乙女ゲーム」に突入するのでしょうか。
あ、これだけは決定事項なので言っておきますね。
 私の作品ですのでヒロインのキャラが薄いわけありませんから。濃いですから。はい。

ごめんなさい☆
 

 
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