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出会い編

ゼンの出会い 2

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 長い伸びた金色の髪は毛先がくるりと波打っていて、同色の長い睫毛に縁取られた薄桃の瞳も宝石のようで綺麗だった。
人形みたいな子だな、と本気で思った。
護衛対象がこんな子で良かった。
護衛役はやはり嫌だが、守りがいがある。

 そんな事を考えていたら、突拍子も無い事を言われた。
 
 「わたくし達、お友達になりましょう!」

 成る程、ただの世間知らずな令嬢とはわけが違う。
これはつまり、互いにのをやめて素で過ごそう、ということなのだろう。
そんな事を提案してくるとは、どうやらアルカティーナ嬢は頭が切れるらしい。

 そういえば、クレディリア邸ここへくる前に国王に言われた。

 『アルカティーナ嬢は意外なことにかなりのだ。舐めてかかると痛い目を見るぞ。』

 俺は参加しなかったから詳しくは知らないが、どうやら先日のデビュタントの場で彼女は何かをやらかしたらしい。
 それがきっかけで今、貴族女性の間で新しい作法が流行したり、アルカティーナ嬢に強い憧れを抱くファンクラブなるものが出来たり、何だか色んなことが起こっているらしい。
 一体彼女は何をしたのだろうか。

 「お友達……ですか。それはとても魅力的ですね。」

 「……!!でしょう??」

 さも嬉しそうに微笑むアルカティーナ。
可愛い。可愛いなぁ。癒される微笑みだ。

 だが、俺はそんなにちょろい男じゃ無い。
俺は、こんなところで絆されてはいけない。
だから。

 「ですが、それは出来ません。自分は常に完璧でいなくてはならないのです。」

 騎士団のように、貴族社会とあまり関わりのない場ならゼンとて、素でいられる。
 だがここは貴族の家。
しかも、クレディリア公爵家だ。
ここで絆されているようでは、兄上には追いつけやしない。
 俺は実の兄にコンプレックスを抱いていた。
俺は、不器用な男だ。気の利くセリフをさらっということなんてできない。
何度も練習したが、無理だった。
でもそれを、兄は当然のようにやってのける。
兄上は完璧だ。
俺も兄上のような男にならなければ。
でないと、見捨てられてしまう。

 「つねに完璧、ですか。」

 そう呟いて瞬きを繰り返すと、アルカティーナは平然とした顔で言い放った。

 「無理に決まってるじゃないですか。」

 「な……」

 何を言う、そんな事はないはずだ。だって兄上は。

 固まってしまったゼンにとどめを刺すように、アルカティーナはこうも言った。

 「ねぇ、貴方。他国の貴族か何かでしょう。」

 「なぜ、そう思うのですか。」

 そうか。おかしいとは思っていたのだ。
本当の身分を明かしていないというのに、彼女はさっき俺を「ゼン様」と呼んだ。
公爵令嬢は、安易に人に様などつけない。
彼女は俺を貴族だと推測したからこそ、そう呼んだのか。

 「わたくしはルーデリア王国の貴族の方なら、どなたでもお顔とお名前がわかります。まあデビュー済みの方に限りますが。そしてわたくしは、貴方のお顔も、お名前もわかりません。平民かとも思いましたが、貴方の所作にはひとつひとつ無駄がありません。いえ、なさ過ぎます。つまりとても平民だとは思えないのです。ですが。わたくしは貴方を知りません。…となれば、他国の貴族の方ではないかと。」

 そう思ったのです。
アルカティーナは笑みを崩さぬままにそう言ってのけた。
 驚いた。まさかここまで頭が良いとは。
いや、俺が他国の貴族かは置いておいて、だ。
 
 「そうですか、成る程理解しました。ですが、自分はルーデリア王国の者です。実は自分は今は名もなき没落した家の者なのです。元は貴族でしたが、今はただの騎士。アルカティーナ様がご存知ないのも無理がありません。」

 ま、嘘だけどな。
だが俺は言ってから後悔した。
彼女の聡明さはもう十分に理解したつもりだ。
しかしそんな聡明な彼女に、こんな嘘が通じるだろうか。
しまった、嘘をつく相手を間違えた…!!

 が。

 「…まあ!そうだったのですねっっ!!それはさぞ辛い思いをされたでしょう……。」

 ものすごく簡単に騙されてくれた聡明な彼女は、今にも泣き出しそうに瞳をうるうるさせていた。
 
 あ、わかった。
この子、アホだ。
何とかと天才は紙一重って言うけど、それだな。

 ……何と言うか、罪悪感が半端なかったとだけは言っておこう。


 その後彼女は思い出したように言った。

 「そうそう、さっきの話ですけど。常に完璧な人なんてこの世に存在しませんよ?誰しも弱点があるからこその人間です。」

 「!」

 頭から冷たい水をかけられたかのような気分だった。
何て馬鹿だったんだろう、俺は。
完璧な人間?そんなもの、存在しない。
そんなのは少し考えればわかる事じゃないか。
 そうか。
俺はそんな事も分からなくなるほどに、追い詰められていたのか。

 「それにですね、」

 アルカティーナは、今までで一番綺麗な笑顔をこちらに向けた。

 「人は欠けているところがあるからこそ、面白いんですよ。」

 その時、俺は決めた。
決意した。
もう、この少女の側で一生を終えることになっても良いと思ったから。

 気がつけば俺は喋っていた。

 「あの、アルカティーナ様。先ほどの、お友達にならないかと言うお話についてですが……。」


  ゼンの気持ちが一転するまであと、0秒。



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