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幼少期編

女装、ダメ、絶対!!!

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 爽やかな春の風が髪を撫でる。
春らしい温かな色合いが可愛らしい、丁寧に手入れが施された庭園にも春の風はやってくる。
誰もが思わず頰を緩めてしまう。
そんな、まるで絵画のような場所に響き渡るのは美しいヴァイオリンの音色……ではなく、


 「きゃーーーーーー!!」

 「待って⁉︎⁉︎なんで逃げるの⁉︎なんで僕から後ずさるの⁉︎いっしょにお茶会の練習しようって約束してたよね⁉︎⁉︎なのになんで来た瞬間逃げようとしてるの⁉︎聞いてる??ちょと?ティーナ⁉︎⁉︎無言で逃げるのはやめてっ⁉︎⁉︎⁉︎」

 はい、冒頭からごめんなさい!
アルカティーナでございます。
10歳になった、アルカティーナでございますっっ! 
お分かりかもしれませんが、わたくしは只今お父様から逃げております。
ええ、ええ、逃げております!!
なぜ実の父親から逃げるのかって?
なら、想像してみてください。
 
 もし仮に、実の父親を見てしまった時、自分ならどうするかを。

 わたくしなら、逃げます。
無言で逃げます。
ええ、実際今現在逃げておりますとも。
ちなみにお父様は逃げるわたくしを猛スピードで、涙目になりながら追いかけて来ています。

 「なんで逃げるのーーー⁉︎⁉︎お父様と一緒にお茶しよう?ね?ねっ??あれ?ティーナ!?なんでスピードを上げるの?どうして⁉︎お父様とお茶がそんなに嫌なの⁉︎⁉︎」

 「いやーーーーーー!!お父様(女装)となんてお茶したくありません~~~~~!!!」

 「え!?お茶したくないの!?ひどいティーナ!僕のことそんなに嫌い!?」

 「うわー!こ、来ないでくださいっ!女装、ダメ、絶対!!!」

さあ。想像してみてくださいな。
実の父親(女装)が泣きながら、逃げ惑う自分を追いかけてくる図を。
さあ、さあ!!!
いかがです?
スピードも上がるってもんですよ。

 もう、こっちが泣きたいですよ。
どうしてこうなった???

 事の原因は、少し前に遡ります。

 ◇  ◆  ◇

 ~数日前~

 それは、10歳の今でも毎日恒例のお母様のスパルタレッスンの時のこと。

 「よろしい!凄いわティーナ!完璧よ。」
 「まあ、本当ですかお母様!!」
 「ええ!本当ですとも。嘘がつけないと知った時はどうなることかと思ったけど、これでもう大丈夫!あとは12歳になるのを待つのみね。」
 「はい、ありがとうございますお母様!」

 わたくしが嘘がつけないとわかってから数年間。
わたくしはお母様の指導のもと、努力に努力を重ねました。
鍵になったのは、扇。
貴族の女性は扇を持ち歩いていることが多いのですが、それを使って嘘をついた際に歪む口元を隠し、誤魔化すという必殺技を見出したわけです。
簡単そうに見えるし、聞こえもしますが…この技、意外に難易度が高いのです。
扇の角度とか、扇の添え方とか。
何度もダメ出しを食らいましたよ。
それを練習すること数年。
お母様のお墨付きにまで成長しました!
お母様のお墨付きですよ?
もう何も怖くないです!

 そう思ったのが良くなかったのでしょうか。
バチが当たったのかもしれません。

 お墨付きをいただいた直後、わたくしはお母様にある提案をしたのです。

 「お母様、なら早速実践してみたいです!お母様だけじゃなくて、色んな人に確認してもらいたいのです。」
 「そうね。なら練習がてらお茶会のレッスンでも組み込みましょうか。」
 「!!はい!」

 こうして、今日のお茶会(練習)の開催が決定したのです。

 でも、誰が想像できますか?
お茶会の相手お父様が女装をしてやって来るなんて!!
目にした瞬間逃げました。
だって、逃げたかったんですもの。
現実から!
これが現実逃避ってやつですね。

 
 そして、今に至ります。

 いや、待ってください?
もしかしてこれって、お母様からの課題でしょうか。
変なおじさんならぬ変なお父様(←失礼?)にも動揺しないのが真の淑女です!みたいな?

 迷った結果、わたくしはやはり逃げることにしました。
淑女は常に落ち着きを持って、とも教わりましたが、変なおじさんに会ったら逃げなさいとも教わりましたから。
脱兎のごとく逃げました。
避難先はもう決めています。
お母様のところです。
ちょっとお行儀は悪いですけど、やや乱暴に扉をノックしてからお母様のお部屋へと転がり込みました。

 「お母様っっ!やはりわたくしに淑女はまだ早いかもしれませんっ!」
 「あら?どうしたのかしらティーナ?今頃はマリオスとお茶会の練習をしているはずでしょう?もう、終わったのかしら?」
  「いえ…あの、それが…まだ始まってもないというか、わたくしが脱走したというか……」
 「脱走?それはどういうこ……
 
 「ティーナァーーーーー!ここにいたんだね!」

 走った後の、荒い息のまま、バンッ!という扉を開ける大きな音と共にやってきたのはお父様(女装)。
そんなお父様を見たお母様はと言うと。
 スゥッとまるで蛇のように目を細めてお父様を見つめました。
 「…なるほどねぇ。そういうこと。」
 「あれ?マーガレット?何で僕にゲンコツを向けるの?待って待って!痛っ!痛い痛い!何発?何発殴る気⁉︎⁉︎」
 「ティーナ?今回のお茶会のことだけど…逃げた貴方は悪くないわ。むしろ褒めてあげる!」
 「本当ですか?お母様。淑女たるもの、常に落ち着きを持って…と。」
 「痛っイタタタ!やめてやめて!ちょ、聞いてる?」
 「ええティーナ。貴方は悪くないわ!春はが多いのよー。悪いのは加害者!貴方は被害者!問題なしよ!」
 「変質者!そうですね!春は温かな春の陽気に頭をやられた変質者がワラワラと出て来ると前に教わりましたしね!わかりました!」
 「おーい。聞いてる?変質者って何?僕のことじゃないよね?ね??あ、無視?無視なの?って、痛い痛い痛ーい!!やめてっマーガレットさん!マーガレットさぁーーーん!」

 その後マーガレットの部屋からは、何やらすっきりした表情のアルカティーナと、泣いた形跡の残るげっそりした表情のマリオスが出てきたという。

 因みにその後アルカティーナは、マーガレットだけではなく、マリオスを除く様々な人からお墨付きを貰い、自信を持てたのだとか。

 
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