上 下
12 / 165
前世編

…お前、ふざけてんのか?

しおりを挟む
 母親のいつもと同じ罵声と暴力に耐えながらおもいだしたのは、空ちゃんと同じくらい大切で大好きな友達の、鈴堂 圭くんーー私は彼を鈴くんとよんでいるーーにノートを返してもらっていないことだった。
 彼はとても良い人で、予備校で知り合って直ぐに仲良くなった。彼は私と同じく国公立の大学の医学部を志望していたこともあって、接点も多かった。
 違う学部志望の空ちゃんはいつも不満そうに頰をふくらませていたのは忘れられない。
 そして、晴れて今年私と鈴くんは同じ国立大学の医学部に合格。空ちゃんも同じ大学の別学部に合格。それが分かった時は泣きそうになったっけ。


 …………あれ?

私、最後に泣いたの、いつだっけ。


 ここ十数年、まともに泣いた記憶がない。
なに、これ。あれ?
私って、そんなに人間味のない人間だったっけ?
考えても考えても、最後に泣いた記憶が思い出せなくて…歯痒くて眉を顰めた。
 すると、それを見逃さなかった母親はすかさず平手打ちをしてきた。
 「何よ!何か文句があるっているの⁉︎⁉︎口答えなんて許される事じゃないって何だ言えばわかるのよこの出来損ないがっっ‼︎」
 
 誰が出来損ないよ。超有名国立大学医学部の中で3位以内に入ってるのよ?あんたの方がずっとずっと、出来損ないじゃない。知能的にも、人間的にも。

 何度も殴られているうちに頭がグラグラと割れるように痛くなってきた。
思えば、こうして罵声を浴びせられて暴力を振るわれても、いつからか涙も出なくなっている。人間とは良く出来た生き物だ。何度も同じ目に遭うと、学習して、そして最後には何も感じなくなるのだ。
 はぁ、馬鹿みたい。毎日毎日同じことの繰り返し。
大学から帰ったらまず、帰るのが遅いのよ馬鹿!との罵倒。それからは暴力フェスティバルだ。
 …よくもまあ、何年も同じこと繰り返して飽きないものだよねぇ。
 フンッと鼻で笑いそうになった時、リビングに人影が見えた。


 ーー父親だ。


 のらりくらりと寝癖のついた髪の毛を掻きながら部屋着のまま入ってきた父親を見て、椿はポカンとした。
理由は簡単だ。
今の時刻は午後4時すぎ。間違っても、総合病院の医院長が家に居ていい時間ではない。
 だから椿は、思わず彼に聞いてしまった。
 「…ねぇ、仕事は?何で家にいるのよ。」
母親も財源である父親には逆らえないため大人しく黙っている。そして父親はと言うと、何言ってるんだお前とばかりに言い放った。
 「知らん。今日は仕事に行く気分じゃなかったから病院には行ってない。」

その言葉に、椿はキレた。

 「…お前、ふざけてんのか?」

そう、低く言って自分を睨み付ける椿に、父親は瞠目した。それも当然だろう。
椿が家族の前で本心を曝け出したのは、十数年ぶりの事だったのだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m

処理中です...