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五章

予選の仕様

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「ふふーん。あんたの槍なんて私が折ってあげるわ!」

 などと話をしていると、スティアが自信満々にそう宣言してきた。

「お前と当たる前に折れるとは思うが、もしお前と当たった時まで使えるようであれば、壊れるにしてもお前のことを貫いてからとしよう」

 こいつの攻撃をまともに受ければこの程度の槍ではすぐに折れることとなるだろうが、ただやられるだけではつまらない。もし当たることがあれば、その時はこの槍で傷の一つでも残してやりたいものだ。

「あんたの槍で私を貫くって、そんなことできると思ってんの?」
「逆に、できないと思っているのか? 普段お前とやる時は、終わった後に動けなくなり、すぐ寝てしまうほど疲労しているのに」

 こいつとはこれまでに何度か訓練として手合わせをしていた。勝敗としては勝ったり負けたり引き分けだったりと色々だが、毎回終わると疲れたと言ってすぐに寝てしまっていた。あの程度で疲れて寝るようでは俺には勝てないぞ、と侮るような笑みを浮かべてみせた。

「あれはまだ本気じゃないもん。こう、ちょこっと疲れてきて気持ちいい感じのところで寝るのがいいんじゃない。あんたの槍に負けたわけじゃないし」

 スティアはそう言いながら少し拗ねたような様子を見せているが、まあそうだろうなと納得している。
 戦っていればわかるが、こいつの力はあの程度ではないのだ。あれは訓練というよりも、単なる遊び相手だったのだろう。

「二人で楽しくおしゃべりしてるところ悪いんだけど、ちょっといい?」

 スティアの相手をしていると、ルージェが問いかけてきた。

「別に楽しくおしゃべりなどというつもりはないのだがな」
「本人の意識よりも他人の感想の方が重要なんじゃないかって思うんだけど? って、まあいいや。で、予選って何するのさ」
「さっきも言ったが、三十二の班に分かれて行う勝ち残り戦だ。各班最後の一人になるまで戦い、残った三十二人で本戦を行う」

 本戦は一対一を繰り返す形式だが、流石に予選は人数が多すぎる。今年がどれほど集まるのかは知らんが、例年通りであれば千人は最低でも集まるはずだ。それを一人一人戦わせていたのでは時間がいくらあっても足りない。
 かといって、元々の参加人数を制限するような……たとえば誰かの推薦がなければ受けられない形式にすると、何の伝手もない一般人に不利になる。そのため、誰であろうと参加できるが、予選でまとめて落とす形式となったらしい。
 多人数で行う乱戦となると、個人ごとの本来の強さを見せることができないかもしれないが、それは仕方ない。
 むしろ、ちょうどいい選別だろう。人数が多い程度で落ちるような者であれば、どのみち本戦に進んでも大した活躍もできずに終わることとなる。一対一に特化した者であっても、一定以上の強さを持った武芸者というのは乱戦であろうと対応できるものだからな。

 もちろん俺も本来の武術の基礎は対個人戦のものだが、複数で襲い掛かられようとも問題なく対処することはできる。それはスティアも同じことだろう。
 もっとも、スティアには型らしい型がないから適当に動き回って殴り倒す、という戦いになるだろうから、乱戦でも一対一でも大した変わりはないだろうが。

「三十二って、今日中に終わるの?」
「いや、終わらん。単純に一試合一時間だとしても三十二時間かかることになるからな。半分の三十分だとしても十六時間はかかる。それを一日で、というのは少々無理がある」

 会場はこの場所ひとつしかないため、余裕を見て三日かけて予選を行うことになっている。
 そして、予選を終えて一日休みを設けてから本戦が始まるが、まあとりあえずは予選を勝ち抜くことからだろう。

「そうね。流石に一試合十分とかだと全然終わらないし、そもそもやる意味がなくなっちゃうわ」

 十分で戦いを終わらせろ、となったらよほど無茶をしなければ終わらない。それでは強者の選別ではなく単なる一発芸大会になってしまう。あるいはくじ引きのような幸運を試す場か? どちらにしても、天武百景の趣旨から外れる。何だったら、場合によっては一時間でも短いくらいだろう。

「まあ、どう考えても十分は無理でしょ。でも、じゃあ今日は戦わないの?」
「いや、俺の番号だと今日だな。スティアもそうだったはずだ」
「あ、うん。そうそう。私も今日戦う感じのやつよ」

 だいぶ適当な感じだが、本当にこいつは今日戦うのだろうか? ちゃんと確認したのか心配になってくるな。

「……本当に? 実は番号間違えてるとかじゃない?」

 俺と同じことを思ったのか、ルージェが心配そうに問いかけているが、よく見るとマリアも、それからスティアのお付きの護衛たちも同じような表情をしている。
 これだけいるのに誰一人として信用してくれないという状況に、こいつの人望が窺えるというものだな。

「やあねー。そんな間違いなんてするわけないじゃないの」
「いや、なんだか心配っていうか、なーんか失敗してそうな感じがしてならないんだよね。まあ、大会に参加できなかったとしてもボクのせいじゃないし、特に何か害があるってわけでもないからいいんだけどさ」
「そんな脅さなくったって間違えてなんてないってば~。……間違えてないわよね?」

 ルージェの言葉で心配になったのか、一度は笑い飛ばしたはずのスティアだったが、眉を顰めつつこちらを向いて問いかけてきた。

「いや、知らん。自分で確認しろ」
「ん~……ん! 良かった~。あってたわ!」

 そのしまうところのない服のどこから取り出したのか、スティアは一枚の木札を取り出すと、そこに書かれていた番号を確認し、安堵したように息を吐き出してから大声で報告してきた。

「まあ、今日戦うということはわかったのだ。であれば、おとなしく待っておけ」
「あんたこそ、嫌な相手と会ったり、嫌なことがあったからって暴れちゃダメよ。大会前に問題を起こしたら大会に参加できなくなっちゃうんだから」
「よくもまあ、お前がそのようなことを言えたものだと感心するが、肝に銘じておこう」

 問題を起こすとしたら、俺よりもお前の方が心配だろうし、それはこの場にいる全員の総意だろう。

 だがまあ、こちらも問題を起こす可能性がないわけではないのだ。本戦に出場することが決まった後であれば多少の問題行為は見逃してもらえるだろうが、現在のような単なる参加者の一人となっているうちはちょっとした問題で落とされることになりかねない。もしかしたらロイドもそこを狙ってくる可能性はあり得るのだし、気をつけることにしよう。

 そう改めて心構えをしつつ、俺は他のメンバー達と別れて選手待機場へと向かうことにした。
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