上 下
143 / 189
四章

キュオリアからの挑戦状

しおりを挟む
 
「まあ、それはそれでいいとして、それじゃあやっぱり六武になるつもりはないってことでいいのかな?」

 俺も武人の端くれと言える立場だ。六武になることができるのであれば、なりたいとは思う。
 だが、俺がロイドの代わりに次の六武になることで民の生活が脅かされるのであれば、俺はそれを望まない。
 それに、そんな話をしたところで意味はないのだ。

「はい。トライデン家を押しのけてまで手にするものでもありませんから。それに……王国六武はそのうち無くなりますので」

 そんな言葉を聞いたキュオリア様は、わずかに驚いたように目を瞬かせたが、すぐに目を細めてこちらを見つめてきた。

「……へえ。それは、どういう意味かな?」

 今の俺の言葉の意味なんて、この方自身理解していることだろう。それでもこう問いかけてきたのは、俺の口からはっきりと答えを聞くためだ。
 だったら、言ってやろうではないか。六武を相手にこのようなことを言うのは些か緊張するが、それでも言わなくてはならないことだ。

「今回の天武百景にて、王国の天武は六名ではなく、七名に変わります」

 そう。ここで六武として誘われなかったとしても、俺は今回の天武百景に参加するのだ。
 であれば、そこで優勝してしまえばいい。そうすれば、俺は貴族として戻ることも、六武……いや、七武としての座を手に入れることもできる。
 その道は簡単ではないだろう。だが、不可能でもない。少なくとも、俺はそう思っている。

「……くくっ……あっはっはっはっはっ! それはつまり、あれかい? 君も参加して、そして優勝をかっさらっていくと、そういうことでいいのかな?」
「ええ」

 予想通りの答えだったのだろう。キュオリア様は特に驚いた様子を見せることもなくニッと笑みを浮かべてから楽しげに声を出して笑った。

「おいアルフレッド。それは魔創具の再生成に成功したらの話か?」
「いや、そうできれば喜ばしいが、仮に再生成などできなかったとしても参加するつもりではあった。先ほどは貴族に戻ることができずとも、とは言ったが、戻る道があるのにそれを求めないことはできないからな」

 できることならばトライデントを取り戻してから参加したいところではあるが、そうでなかったとしても参加することに変わりはない。

「そんなことをしなくとも、一言そうといえば俺達が手を打つというのに。先ほども言ったが、王族と婚姻を結べば貴族位を与えることくらいは容易にできる」
「いくらミリオラ殿下とロイドの仲が悪くなったのだとしても、一旦破棄した婚約を再びというのは色々と面倒だろう」

 それに、今更ミリオラ殿下と婚姻を結べと言われても、流石に俺でも気まずいと思う。
 もしそうなったのであれば表面上は完璧にこなすだろうし、殿下のことを愛する努力はするだろう。だが、一度は関係が壊れたのだ。直ったとしてもどこかに傷は残り、心からの愛を育むことはできないだろう。
 貴族や王族の婚姻に愛など必要ないと言われればそれまでなのだが、せっかくなのだから相手には幸せになってもらいたいとは思っているのだ。

「確かにそれはそうだがな。だが、ミリオラでなければ問題ないだろう?」
「殿下でなければ? それは……いや、シルル殿下のことを言っているのか?」
「そうだ。お前とて、シルルの想いくらいは気づいているのだろう?」
「好意があるというのは理解している。だが、それはあくまでも友愛や親愛の類だろう?」

 流石にあれだけ悪評が流れている状態で俺と接っしていれば、好意があることなど気づいて当たり前のことだ。
 だがそれは、俺がオルドスという兄の友人だったからだ。だから色眼鏡で見ることもなく、純粋に将来の義理の兄として接していたはずだ。少なくとも俺はそう思っていたのだ違ったのか?

「お前……それは本気で言っているのか? ……呆れたな。まさか、お前が理解していなかったとは……。天才にも不得意な分野があるということか」

 この反応は……まさか本当に〝そういう感情〟があったのか?
 いや、人の思いなど他人に推しはかれるものでもない。オルドスの勘違いという可能性も十分に考えられるはずだ。

「お前の思い違いということもあるかもし——」
「ないな。お前よりも共に過ごす時間も、会話をする時間も違うんだぞ? 相談もされたことがあるのだ。間違えるはずがない。恋人でもいるのであれば残念だが、そうでないのであれば考えても良いのではないか?」
「恋人……」

 そんなものは存在しないが、そう言われてスティアの顔が思い浮かんだ。だが、あいつは別に恋人というわけでもないのだ。どうしてあいつのことが思い浮かんだのやら……

「その表情は……もしかして、いるのか?」
「……いない。そのようなもの、作っている時間も余裕もなかったのだぞ。いるわけがなかろうに」
「それならそれでいいのだが……」

 そうは言ったものの、まだ疑いの視線を向けてくるオルドス。そんなオルドスを無視し、話を進めることにした。

「シルル殿下のことは置いておくにしてもだ。貴族になることを望むとは言っても、流石にお前達に何かを望むことはしない。人生において誰かの助けを借りることもあるだろう。だが、こればかりは自身で手に入れたものでなければ意味がない。そんな無意味なものを抱えて生きるくらいならば、ここでこのまま過ごしている方がマシだ」

 貴族に戻りたい。そう思いはするが、自分で掴み取ったものではなく、誰かに与えられただけのものであれば、そんなものに意味はない。

「だが、お前の魔創具は……いや、魔創具ではなく普通の武器を使えばいけるのか……?」
「そのつもりはない。俺は自身の魔創具を使用して戦うつもりだ。言っただろう? 俺はあんな事故に負けたわけではないのだ、と」
「相変わらず、頑固なことだ」

 オルドスは呆れたような態度で肩をすくめているが、それは俺自身自覚している。天武百景では、武器の制限はないのだ。魔創具であっても、ただの棒切れであっても、なんでも構わない。
 だから、俺が出場する際に魔創具であるフォークではなく、純粋な武器であるトライデントを使用すれば、今までの研鑽を無駄にすることもないのだからフォークで戦うよりは楽に勝ち進むことができるだろう。

 だが、それでは俺は俺自身の魔創具を否定することになる。それではならないのだ。

「また友達同士の話に戻ってるところ悪いけど、いいかな?」
「ああ、すみませんキュオリア殿」
「まあ、やっぱり僕は部外者だからね。久しぶりの友達同士の会話だとどうしても負けるってことだね。まあ、無駄に話しててもまた忘れられそうだし、さっさと要件を話そうかな」

 またもキュオリア様のことを置き去りにして話を進めてしまった。それだけ重要な話ではあったのだが、客人を忘れて話をするなどあってはならないことだ。

 だが、キュオリア様はそのことを笑って流し、かと思ったら真剣な表情でこちらを見つめ、口を開いた。

「リゲーリア王国六武筆頭候補、アルフレッド殿。あなたに決闘を申し込む」
「「「っ!」」」

 今までとは決定的に違う態度で吐き出された言葉に、俺だけではなく部屋の中にいたもの全員は驚き、目を見張った。

「決闘と言っても、命懸けでってわけじゃないさ。ただ、真剣にやる訓練、くらいに思ってくれればいいよ」

 決闘の申し込みの宣言が終わったからか、キュオリア様は再び態度を戻し、軽い調子で説明を加えた。だが……

「なぜそんなことを?」

 それがわからない。なぜ俺なんかと六武である彼が戦う必要があるというのか。

「僕は六武の一人ではあるけど、自分で手に入れた地位ってわけじゃないのは知ってるよね? だから今度の天武百景に出るつもりだけど、その前の練習相手ってところだね。相手してくれる人も、相手になれる人も、そうそういないんだ」

 ……なるほど。俺はその相手にちょうどいいということか。

 クレイン・キュオリアという人物は、六武ではあるが、実際に天武百景にて優勝の経験があるわけではない。どういうことかというと、トライデン家の当主と同じだ。つまり、先代からの六武の地位の継承を行なったのだ。
 もちろん、継承することが許される程度の実力があることは大前提の話だが、それでも実際に自身の力で手に入れたというわけではないので、他の六武よりは一段劣った立場として見られることがある。

 それを払拭するためには、実際に自分で戦って証明することが最もわかりやすい手ではあるのだが、そのためには鍛えなければならず、その鍛えるための訓練相手がいない。自分だけでは限界があるので強者と手合わせをする必要があるが、大半の者はたとえ一段劣るとしても『六武』が相手となると手合わせを避けることが多い。
 では同じ六武が相手ではどうなのか、となるが、一度は手合わせをしてもらうことはできても、そう何度も相手をしてもらうことは難しいだろう。

 なので鍛えるための相手がおらず、今回のように少しでも機会があればそれを逃すつもりはないのだろう。だからこそこんなところまでやってきたのだ。

「もし受けてくれるのなら、貸一つとして頼み事を聞いてあげるよ。けど、受けない、というのであれば仕方ない。こっちにも考えがある」

 六武に貸しを作れるというのは随分と大盤振る舞いと言ってもいいほどだ。何せ、権力においても武力においても、場合によっては公爵家を上回ることもあるのだから。
 だがそれはそれとして、受けなかった場合の考えとはいったい……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~

未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。 待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。 シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。 アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。 死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

~前世の知識を持つ少女、サーラの料理譚~

あおいろ
ファンタジー
 その少女の名前はサーラ。前世の記憶を持っている。    今から百年近くも昔の事だ。家族の様に親しい使用人達や子供達との、楽しい日々と美味しい料理の思い出だった。  月日は遥か遠く流れて過ぎさり、ー  現代も果てない困難が待ち受けるものの、ー  彼らの思い出の続きは、人知れずに紡がれていく。

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

夜遊び大好きショタ皇子は転生者。乙女ゲームでの出番はまだまだ先なのでレベル上げに精を出します

ma-no
ファンタジー
【カクヨムだけ何故か八千人もお気に入りされている作品w】  ブラック企業で働いていた松田圭吾(32)は、プラットホームで意識を失いそのまま線路に落ちて電車に……  気付いたら乙女ゲームの第二皇子に転生していたけど、この第二皇子は乙女ゲームでは、ストーリーの中盤に出て来る新キャラだ。  ただ、ヒロインとゴールインさえすれば皇帝になれるキャラなのだから、主人公はその時に対応できるように力を蓄える。  かのように見えたが、昼は仮病で引きこもり、夜は城を出て遊んでばっかり……  いったい主人公は何がしたいんでしょうか…… ☆アルファポリス、小説家になろう、カクヨムで連載中です。  一日置きに更新中です。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

処理中です...