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三章

オルドス:南での騒動調査へ

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「——オルドス。南のロドルクにおいて問題が発生した。お前にはその調査、および対処を命じる」
「はっ。承知いたしました。国王陛下」

 天武百景の準備やアルフレッドの事件の調査、ネメアラの使節団襲撃に関して調べつつ普段の仕事もこなすという忙しい日々を送っていたある日、父である国王に呼び出されて一つの命令を受けることとなった。

 その命令とは、この王都から南にあるこの国唯一の港湾都市であるロドルクにおいて、そこを収める領主の子息が何者かに殺されたとのことだった。
 それと合わせて、ネメアラの姫を名乗る少女の存在も確認されており、殺された子息はネメアラの姫を奴隷にしようとしたからだとも報告が来ている。

 領主自身は関与を否定しているようだが、子息の方は調べれば調べるほどくだらない話が出てきたのだ。薬に暴力、市民への不条理な搾取。果ては奴隷売買まで。
 この国は奴隷そのものを悪とはしていないが、何の罪もない一般市民を強制的に奴隷にすることは議論の余地などなく犯罪である。
 そんな人物であるので、死んでもおかしくはないし、姫の奴隷化をしようとしたとしても不思議ではない。

 だが一つ問題があった。問題というよりは、もう一つの事件というべきか。
 子息が殺される数日前に、『混世魔王』という反社会組織の存在も確認されている。どうやら街中で何者かと戦ったようだが、そのあたりのことは不明とのことだ。
 同時期に起こった二つの事件に全くの関わりがないとは思えず、子息の経歴からして『混世魔王』と繋がっている可能性は十分に考えられた。

 その調査のために、私は直接ロドルクに赴いて調査の指揮を取ることとなった。
 正直なところ今の私にそんなことをしている余裕なんてないのだが、仕方ない。
 だが、城を出る前にやっておかなければならないことがある。今私が妹のシルルのところへと向かっているのもそのやらなければならないことの一つだ。

「シルル。いるか?」

 そう声をかけると数秒してから扉が開き、中にいた侍女が私を招き入れられ、私は近くにあった席に座り、執務机に向かっているシルルへと顔を向けた。

 確かに王族である以上それなりに仕事はあるが、それでもこの妹の仕事の量は多すぎるとは思う。もう一人の妹であり、シルルの姉であるミリオラはこのような書類仕事もほどほどに、茶会をしたり愛人……いや、今はもう婚約者となったあの男と遊んでいるというのにだ。
 もっとも、最近は婚約者の方もあまりミリオラには構っていないようだが、なんということはない。当たり前のことだ。

 どのような手段で手に入れたとしても、当主になるのであれば相応にやらなければならないことがある。ただ遊び呆けてなどいられるわけがない。アルフレッドが普通の生活を送れていたのは、あいつが優秀だったからと、幼い頃よりそうなるべく育てられてきたからだ。今更当主になるのだとしたら、その分色々と詰め込まなければならないことがあるのだから、普通の生活を送ることも難しくなるし、ましてや恋人との甘い生活など不可能だ。

 それに加え、トライデンの当主は何やらあの男に特別な教育を施そうとしていると聞いている。何か具体的に行動を起こしているわけではないが、今までとは違う動きを見せていることからそう考えられていた。
 であれば尚更時間などない。

 自身が思っていた生活と違っていたせいか、ミリオラは最近は部屋で篭っていることも増えたと聞くが、まあそのあたりのことはどうでもいい。妹のことではあるのに厳しいと思うかもしれないが、己の行いのツケくらいは自身で処理してもらわねば。むしろ、これでも甘い判断だと思っているほどだ。

「お兄様、ようこそお越しくださいました。本日はどうかされましたか?」

 もう一人の妹との違いやその周辺の状況について考えていると、シルルがペンを置き、こちらを見つめ返してきた。

「父上からロドルクに向かえと命を受けてな。しばらく離れることになる」
「それでは、調査は……」

 調査とは、アルフレッドの馬鹿が魔創具の儀式の最中に襲われた事件についてだ。公爵も父もあの事件には触れようとしないが、だからと言って諦められるはずがない。
 そもそも、あの刻印堂は王族も使う場所なのだ。であるにも関わらず犯人が見つかっていないのに調査を打ち切りにするとは、父は……国王は何を考えているのか。

 まあ、国王が何を考えているにしても、私もシルルも、今更止まるつもりなどない。ないが……今回ばかりは一旦その手を止めるしかない。何せ国王から直接命じられたのだから。

 私の言葉に対して、尋ねるように声を発したシルルだが、私の答えがどのようなものなのかはすでに理解しているのだろう。その表情は先ほどよりも曇っていた。

「遅れることになる。アルフレッドの事件を調べるのを止めるつもりはないが、こちらを調べないわけにもいかない。何せこの国唯一の港がある場所で起きた異変だ。手を抜くわけにはいかん」

 できることならばこのまま襲撃の犯人について調べたいところだが、流石に状況が状況だ。仕方ない。

「……ですが、それほど重要なことを陛下が調べるのではなくお兄様が担当するということは、私たちの邪魔をしようとしている、ということでしょうか?」
「その理由も、ないわけではないだろうな。だが、純粋に効率を考えてのことでもある。何せ今回の問題は、貴族が絡んでくるのだからな」

 私を止める思惑があるのも事実だろうが、今回に限ってはそれはついでだろう。本命は、なんとしても今回の件を解決しなければならないからだ。

「それは、王子がいれば何かあった際にも強権を振るって調査することができるから、ですか」
「おそらくはな。父上の主導で調査を行ったとしても、父上が直接向かうわけではない。そうなると、身分や地位の問題で調査に影響が出る可能性がある。そのため、王族が参加するべきなのだが、あの場所に下手な者を送るわけにはいかないからな」

 王命を受けて調査に訪れた者であれば、その指示は国王からの言葉と同じだけの効力はある。だが、あくまでも国王から権利を与えられただけで、国王本人ではないのだ。今回の件が終われば元の〝単なる役人〟の一人に戻ってしまうのだからどうとでもできる。賄賂や強請りなど、さまざまな手を仕掛けて妨害してくる可能性は否定できない。
 そのため、単なる部下に調査を任せるのではなく、この件が終わったとしても手が出しようがない王族である私が向かうのだ。

 だが、王族と言っても、その王族が誰でもいいわけでもない。私の下にも王子は他にいるが、あれはまだ幼い。今回のように重要な仕事を与えるわけにはいかないのだ。

「そうですね。ミリオラお姉様を送りでもしたら、調査など無意味なものになるでしょう」

 冗談めかすようにシルルは口にしたが、そう。もしミリオラが担当になれば、解決する事件も迷宮入りに変わるだろう。あいつは、馬鹿ではないのだが、愚かだからな。おそらく、今自分が置かれている状況や、自分が何をしでかしたのかを未だに理解していないのではないだろうか?

「……あいつも、そろそろ今の状況がおかしいと気付いてもいい頃だと思うのだがな」
「気づいてはいるようですよ? ただ、その原因が自分にあるとは理解できず、自分はなんて不幸なんだ、と思い込んでいるようですが。まるで悲劇のお姫様のようです。本人の立場も姫なので尚更その思いが強いようですね」
「はあ……。能力が高く、すでに上に姉がいた分甘やかされたのがまずかったか」

 頭は悪くない。魔力も王族に相応しいものがあり、武芸もやる気になればできないわけではない。天才とは言えないが、総じて優秀な能力を持っているのだ。

 だが、愚かなのだ。ただただ、ひたすらにものを考えないで今の自分の暮らしが永遠に続き、自分はポワポワと遊んでいるだけでいいと本気で思っている。

 いや、あるいは本人はそんなことは思っていないのかもしれない。ミリオラからしてみれば、苦しいことや辛いことがあり、人生とはままならないものだと思っている可能性も考えられる。

 だが、本人以外からしてみれば、ミリオラの苦悩など、なんら辛いものではない。単なる世の中にありふれた不条理とすら言えないような流れの極一部。

 それを世界中の苦しみを煮詰めたような不幸だと思うのは、甘やかされて育ったからに他ならないだろう。

「これでミリオラお姉様が長女だったら、状況は変わっていたでしょうけれど、上に二人もいるとなると、政略結婚に必要な駒は揃っている状態ですからね。特に使い道がない立場ですと、甘やかされても仕方ないのでしょう」

 ミリオラは三女であるため、政略結婚に使うにしても少々使い道に困るのだ。外の国に出す必要はなく、むしろ外に出せば余計な問題が起こりかねない。だからこそ国内で結びつきを強くしつつ、特に問題が起きづらいアルフレッドの相手となったのだが……まあそんな考えは無駄になったな。

「……それにしても、意外と口が悪いな。いや、悪くなったな、が正しいか」

 以前はもう少し可愛げがあるというか、『可愛らしいお姫様』だったような気がしたのだが……。
 この変化はアルフレッドがいなくなってからなのだから、シルルにとってアルフレッドがいなくなったという状況の変化はよほど大きかったのだろう。
 もっとも、それは私としても同じだがな。あいつが消えた穴は、私たちにとって大きなものなのだ。

「元々ですよ。ただ、今までは悪意を誰かにぶつける必要も機会もなかったので見えなかっただけで」

 できることならば妹のそんな面は一生見ることなく終えたかったものだが、それだけ状況が変わったということだろう。

「……これも、アルフレッドがいなくなった弊害か」
「そうですね。あの方がいて、何事もなくお姉様と婚姻を果たしていれば、私もこのように姉について話すこともなかったでしょう」

 ミリオラと私たちは腹違いではあるが、それなりに仲が良かったと自負している。シルルは自身の立場を理解しているし、ミリオラはあの性格だから敵対することなど考えていなかったからな。
 だが今は、過去の仲など忘れたかのように嘲りを含んだ目をして話している。

 ……このような目も、できることならば見たくはなかったものだな。

「まあいい。そういうわけで、私はロドルクの調査に向かう。その間、事件についてはお前に任せる」
「承知いたしましたわ。ある程度候補も絞れてきていますし、近いうちに犯人を割り出すことも可能でしょう」

 そう話をして切り上げ、数日の準備を経てから私はロドルクへと調査のために出立していった。
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