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三章

私も部下に

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 ——◆◇◆◇——

 リリエルラとの話が終わり、想定外にも俺が『揺蕩う月』の首領となった日から数日。なぜか俺たちの止まっている宿にマリアがやって来ていた。
 そして、なぜか俺の前で跪き、なぜか剣をこちらに捧げるように両手で差し出している。

 マリアが来ると同時に部屋に集まったスティアとルージェは、今のマリアの様子を面白そうに見ている。

「——私もアルフ君の配下としてください」

 剣を捧げているマリアは、そんな訳のわからない行動に加えて、なぜかこんなことをほざいてきた。
 おかしい。こいつはこんな冗句を言ってくるやつだったか? それに、私も、ということはすでに『揺蕩う月』の奴らのことを知っている? あいつら、まさか言いふらしたのか? そんなことをするような奴らではないと思っていたが……

「……まず聞きたいが、私〝も〟と言うのは?」
「え? だってあの『揺蕩う月』のボスになったんでしょ? もう結構な噂になってるけど……」
「噂だと? ……スティア」

 噂になっていると聞いて、俺は面白そうに状況を見守っていながらくつろいでいる阿呆へと顔を向けた。

「え、なに? なんで私?」
「お前が言いふらしたのではないのか?」

 正直、この状況だとこいつくらいしか考えられないのだがな。
『揺蕩う月』は俺の情報を漏らしたりはしないだろう。何せ恩人であり、新たなる首領なのだ。そう簡単に噂にさせるわけがない。
 そうなると考えられるのは、俺の状況を知ることのできる他の者……つまりは身内の誰かとなるのだが、ルージェとスティア。どちらが怪しいかと言ったら、どう考えてもいつだろう。というよりもこいつ以外には考えられない。

「そんなことしてないもん! これでも王女様なのよ? 情報の取り扱いは大事だって知ってるんだからね。それに、言ったら怒られるって分かりきってることは流石に言わないってのよ」
「そうか……いや、そうだな。これまでがあまりにも酷すぎて疑ったが……」
「酷すぎて!? どこがよ!」

 しかし、そうなると誰が、となるのだが……いや、ひとまず違うのだから疑ったことを謝罪すべきか。

「疑ってすまなかっ——」
「ああ、一応言っておくけど、スティアも噂の発信源の一つになってると思うよ?」
「「え?」」

 謝罪をしようとしたところで、ルージェが小さく笑いながら言葉を挟んできた。
 それによって、俺もスティアも、間の抜けた声を漏らしてしまった。

「どう言うことだ?」

 先程は自信満々に自分ではないと否定したはずのスティア。だからこそ疑ったことを謝ろうとしたのだが、たった今スティアのせいだと聞いて、俺は睨みつけるようにスティアのことを見つめた。

「し、ししし知らない! 知らないってば! 濡れ衣よ!」

 スティアは慌てながら否定するが、そこでさらにルージェが口を開いた。

「いや、ボクと外に出た時、結構な大きな声で喋ってたでしょ。〝まさかあいつが裏ギルドのボスになんてなるとはね〟って。それだけだとわからないかもしれないけど、他にもある噂と合わせて考えると、アルフがボスになったってことは割とすぐにわかると思うよ?」
「……おい」
「……あっ! 私ちょっと用事ができたわ! 少しその辺ぶらついてくるから、放っておいて!」

 そう言ってスティアは立ち上がると、急いで窓から飛び出して街へと消えていった。

 用事ができたと言っていたくせに、その辺をぶらついてくるとは……もはや逃げたいだけなのを隠す気がないだろ。というか普通に扉から出ていけ。

 ……はあ。仕方ない。今更あいつを追いかけたところで無駄に時間を使うだけだろうし、詳しい事情を知っているわけでもないだろう。
 この場にもっと詳しい奴がいるのだから、そちらから聞けばいいだけだ。

「ルージェ。噂について教えろ。そんなに広まっているのか?」

 視線を逃げたスティアから、事情を知っていそうなルージェへと向け直したのだが、少し苛立ちがこもっていたからかその視線を受けてルージェはびくりと肩を震わせた。

「あー、はいはい。うんまあ、そうだね。裏の方では結構知られてるよ。ただ、さっきはああ言ったけど、実際のところアルフって名前までは伝わってないね。噂の内容は、『他所から来た旅人の男が揺蕩う月を支配して樹林の影を壊滅させた』ってところだね。色々と広まってる噂はあるけど、まとめるとだいたいそんな感じだよ。その旅人がアルフだってことは、知ってる人なら知ってる、って感じかな」
「……なぜ漏れている」

 確かに俺の名前自体はバレていないようだが、それではほとんどバレていると言っても胃以上な状況ではないか。

「いや、そんなの当たり前でしょ。あれだけの騒ぎだったんだよ? 見てる人はそれなりにいたし、『樹林の影』も残党がいただろうからそこから漏れるのはおかしくないでしょ。『揺蕩う月』だって、一般の構成員まで全員が黙ってるってこともないと思うし、仲間内での話を聞き耳されてたってこともあり得る。まあ、順当な結果と言えるんじゃないかな」

 ……言われてみれば、確かにそうだ。あの晩、俺達は敵の首領と幹部を倒しただけだが、『揺蕩う月』は敵を殲滅させようとしていたはずだ。
 だが、殲滅といっても元々地力に差があるのだ。たとえ敵の組織を潰すことができたのだとしても、どうしたって取りこぼしは出てくる。
 そいつらが全員黙っているかというと、そんなことはない。どこかしらで愚痴を言うことはあるだろうし、他の組織に伝えることもあるだろう。

 ぬかった……。あの時は色々と思うことがあった事もあり、俺たちのやるべきことは終わったのだからと油断し、そこまで考えが及んでいなかった。
 貴族だった時であればこの程度のことは容易に考えられたはずだ。いくら貴族ではなくなったのだとしても、こういった警戒までなくす必要はないというのに。

「アルフ君、どうかな?」

 俺が状況を理解することができたのを見計らい、今の今まで剣を捧げる体勢のままずっと待っていたマリアが問いかけてきた。
 その口調は普段通りのもの。だが、その声音は固く、緊張したものとなっている。

 その様子からして、ただ流れで自分も、と思ったわけではないのだろうが、どうしてこのようなことになったのか。マリア自身の考えが理解できていない。

「そもそもなぜ俺についてくると? お前は騎士だろうに。人助けをするためにこの街に止まっているのではないのか?」

 騎士であるはずのマリアが、どうして俺のような一般人の配下になりたいというのか。いや、今は一般人ではなかったな。だが、『揺蕩う月』は裏ギルドだ。一般人の配下になるよりも、裏ギルドの首領の配下になる方がまずい。少なくとも、騎士の主人としては不適格な存在だと思うのだが……

「そうだけど、私は騎士だからこそよ。騎士は、主人を持ってこそでしょ? アルフ君って、多分だけど私たちと違ってちゃんとした〝人を使う側〟の人間だったと思うの」
「確かにそれはそうだが……だがそれは過去の話だ。今は単なる一般人だ。ついでに言えば、裏ギルドの首領だ」
「だとしてもよ。それに、それだけじゃないわ。流石に身分だけで決めたりなんてしないもの」

 まあそうだろうな。貴族として生きていた頃であれば身分のために俺の下に着こうとする者もいたことだろうし、そのまま順当に俺が当主になっていれば、そういった輩はたくさんいたことだろう。

 だが、マリアはそんな者どもとは違うのだと確信している。
 たとえ一般的には『悪』と呼ばれる裏ギルドの首領の配下になるのだとしても、それを受け入れることができるだけの理由があるのだろうが……それがわからない。

「あの時、アルフ君の言葉はすごいありがたかったの。あの言葉があったから、私はこうしてちゃんと前を向いて〝笑う〟ことができてるの。それは、騎士として忠誠を捧げるに相応しい相手だと思ったの」

 そう話したマリアは、本人が言ったように笑みを浮かべている。

「人を笑わせるのが騎士の役目で、人に夢を見せるのが主の役目でしょ? 私はあなたの姿に夢を見たわ。だから、私はあなたの騎士になりたいと思ったの。だから、どうかな?」

 顔は笑みを浮かべたまま、だがその瞳は一切引くつもりはないのだと語っているようにすら感じられる。
 実際、マリアは引くつもりはないのだろう。何があっても俺の配下として加わるのだと、そういう気概がなければそもそもこんなことは言い出さないはずだから。
 だが……

「俺は、この街に留まるつもりはないぞ」

『揺蕩う月』の奴らにも言ったが、俺はこの街にずっと留まり続けているわけではない。しばらくすればスティアを回収するための部隊が来るだろうが、それと合流し、スティアのことを預けることができれば、俺はまた旅に出るつもりでいる。なので、この街で留まって人助けをし続けてきたマリアの行動とは相容れないのだ。

「なら、私もついていくわ」

 だが、マリアは俺の答えを予想していたのか、迷うことなくはっきりとそう口にした。

 どうにかならないか、という意志を込めてルージェに視線を向けると、ルージェは呆れたように肩をすくめてからため息を吐き出し、マリアへと顔を向けた。

「ふう……一つ言っておくことがあるよ。ボクは貴族狩りなんて呼ばれてる……まあ、犯罪者だね」
「えっ……」

 突然の告白にマリアは驚き、固まったが……いきなり強烈な暴露をしたものだな。これは、俺にもどうなるかわからんぞ。
 何せマリアは騎士だ。正しいことを是とする善性の存在。今は俺のような裏ギルドの首領の配下となろうとしているが、それだって俺が真っ当な裏ギルドの者というわけではないからだろう。
 だが、貴族狩りともなれば話は別だ。何せ、こいつは歴とした犯罪者なのだから。
 その仲間に加わることは、騎士であるマリアとしてはそう簡単に受け入れられることでもないだろう。

「これまで殺してきた貴族は数知れず。そして、ボクはこれからも止めるつもりはないよ。……どうする? 正義の騎士様が、本当にボクたちと行動を共にするの?」
「それは……」

 ルージェの言葉に、マリアはこちらの様子を伺うように視線を向けてきた。おそらくは、俺がルージェの言葉を否定する、あるいは、自分は関係ない、知らないという事を期待しているのだろう。だが……
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