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三章
協力できない理由
しおりを挟む「で、本当に断ってよかったの? どうせ潰すんなら、協力した方が楽にことが運ぶと思うけど?」
ルージェの言うように、ただ敵を潰すだけならば協力するのが良いと言えるだろう。
だが、俺はそれに首を振って答えた。
「それはそうだろうな。だが、関わってなんになる。まず前提として、俺たちは永遠にこの街に留まり続けるわけではない」
「まあそうだね」
「そんな俺達が『揺蕩う月』に協力して『樹林の影』を討てば、次のこの街の裏の支配者は、最大勢力であった『樹林の影』を討った『揺蕩う月』になるだろう。だが、そこで俺達が抜けたらどうなる?」
そこまで言えば状況が理解できたようで、ルージェは納得したように頷いた。
「ああ、なるほどね。今追い詰められている『月』が『影』を倒すにはどこからか戦力を引っ張ってこないといけない。で、その戦力であるボク達が加入したことによって『影』を倒せたとしても、その後にボク達が抜ければ元通りの戦力しかいなくなる。そうなれば、他の裏の組織達は元の戦力に戻った『月』を脅威とは見做さず弱いのにトップになった『月』を狙うことになる」
「そうだ。俺たちが奴らとは協力せずに勝手に動き、その結果『樹林の影』と繋がっている商人が消えたとしても『樹林の影』そのものが壊滅したとしても、『揺蕩う月』は関係ないことになる。何せ余所者が勝手に暴れただけであり、『揺蕩う月』が得をしたのは単なる偶然と言うことになるのだからな」
もし俺たちがここで『揺蕩う月』に協力したとしよう。『揺蕩う月』がどこかから人を連れてきて敵対している『樹林の影』を潰し、その後ろにいた商人も潰した。そうなるとこの街の裏のトップ争いに『揺蕩う月』が加わることになるだろう。
だが、俺達が旅人だということを忘れてはならない。もし『揺蕩う月』がトップ争いに戻ったとしても、俺たちが抜けてしまえばその争いで勝ち続ける……いや、生き残ることはできない。追加で補充した戦力がなくなれば、そこが狙い目だと考えるものは必ず出てくる。そして、今度は別のギルドに潰されておしまいだ。
であれば、初めから協力関係になどならない方がいいのだ。協力関係ではなく、俺たちは他所から来た部外者であり、勝手に動いた結果、場が混乱する。『揺蕩う月』はその混乱に乗じてことをなした。
と、そうするのが最もいい流れだ。
ただし、その場合はこちらと綿密に計画をすり合わせることができないので、『揺蕩う月』にはそれなりの被害も出るだろうが。それでも最終的な損害度合いで言えば、〝偶然『樹林の影』が損害を受けたので漁夫の利を狙った〟方が損害は軽いものとなる。
だが、それでも損害が出ることになるのは変わらない。
おそらく、リリエルラはその被害を嫌ってここまで頼みに来たのではないだろうか?
いずれ訪れるであろう苦境よりも、今動くことで助けられる命を助けるために。
仲間は誰も見捨てない。それは素晴らしい考えだとは思う。そう言ったリリエルラ自身も好ましい人物だとも思う。
だが、俺はその考えを支持しない。
「つまり、ボクたちが商人を襲うのも、その後に『影』を襲うのも、全部『月』を助けるためってわけだね」
「というよりも、無駄に巻き込まないためだ。それに、『樹林の影』を襲うかどうかは決まっていない。あくまでも邪魔になるようであればの話だ」
今回の俺たちの目標は、あくまでもオンブロ商会の不正を暴き、処理するためだ。その最中、あるいはその事後に『樹林の影』から攻撃を受けるだろうから、俺たちはそれを迎撃するだけ。そして、迎撃しても敵が来るようならば、必要に応じて『樹林の影』と戦うだけだ。
「どっちでも良いけどね。なんにしても、やるんだよね?」
「ああ。相手は貴族ではない。だが、民を傷つけ、不幸をもたらす悪だ。であるならば、俺のやることは決まっている」
この身は貴族ではなくなっても、民の幸福のためにあるのだと、そう決めたのだ。
だからこそ、俺はここで民を虐げる者を見過ごすわけにはいかない。
「そ。ならまあ、三日くれない? 今日もらったやつで情報は十分だけど、確認とか準備とかする必要があるからさ」
「構わん。こちらも、もし追われるようなことになった場合に備えておきたいのでな。またなにも持たずに旅に出るなど、ごめんだ」
この国唯一の港湾都市からこの街に来るまで色々とあった。俺たちに合流したルージェが旅道具を持っていたから多少はなんとかなったが、それでも全てを賄えたわけではない。当然だが一人で持てる量には限界があり、道中で不便なことも何度もあった。
今回はあらかじめ町を出ていく可能性があるとわかっているのだから、前もって旅の準備をしておくべきだ。
だが、そんな俺の言葉に反対をする者がいた。
「ちょっと待ってよ! 三日で出発するって、私のお肉は!?」
そう叫んだのはスティアだった。まあ、俺が提案し、ルージェが賛成している以上残っているのはこいつだけなので当然ではあるのだが。
どうやらこいつは、まだまだこの街から離れたくないようだ。
「もう十分過ぎるほど肉は食べたであろう」
「またまだ食べ足りないんだけど! まだここに来て一週間も経ってないのよ? 今日だって狩りをしてから新しいお店に行こうとしてたくらいなのよ!?」
「諦めろ。そもそも、まだこの街を出ていくと完全に決まったわけではない。状況次第ではこの街を出ていくこともあるというだけだ」
俺たちは今回騒ぎを起こすわけだが、所詮は裏ギルドが相手であり、商人の方も不正の証拠を用意することができれば犯罪者だ。騒ぎを起こしたところで、指名手配されたり追い回されたりすることもないだろうとは思っている。
だが、もし裏ギルドや商人と、この街を収めている者が繋がっていた場合、俺たちはお尋ね者となるかもしれない。
なので、その時のことを考えて準備をしておくべきだ。
「でもそれで本当に街を出ていくこともあるわけでしょ? それに、マリアのことはどうするわけ?」
マリアをどうするとは……それは彼女にかけられている追っ手のことか? だが、それはどうしようもあるまい。『樹林の影』に追われていると言った問題であれば今回解決することは可能だろうが、そうではないのだ。
「どうしようもあるまい。彼女への追っ手は倒した。だが、それだけだ。変わらず騎士王国で追われているという状況は変わっていないのだから、どうすることもできんだろ。ひとまずは処理したのだから、その間に逃げ仰るくらいはするであろうよ」
そもそも、危険を承知でこの街に止まっているのは、マリア自身の判断によるものだ。
その判断とて、民に悪さをする商人がいるからであって、俺たちが今回その商人を処理してしまいさえすれば自然とマリアがこの街に止まっている理由はなくなり、再び安全なところへと逃げていくのではないかと思う。
「そもそもだよ。助けるにしても、なにをどうやって助けるのさ。ずっと一緒にいて敵を倒し続けろって? それとも、騎士王国に突っ込んでいって、大元を処理すればいいの?」
「それは、違うけどぉ……」
ルージェの問いかけに、流石にそれは違うということは理解できているようでスティアの言葉は尻すぼみになっていた。
「まあ、ここでこうやって話してるけどさ、まだ絶対に三日後に出ていくって決まったわけでもないからね? 商人を処理しても、追われない可能性は十分にあるよ。非合法のあれこれに関わってた証拠をばら撒くとか、裏ギルドとの繋がりをバラすとかすれば、領主としても裏全体を敵に回すことは避けたいはずだから、裏の抗争によって死んだ者にはそれほど深く関わってこないと思うんだよね。自身が裏と繋がっていたとしても、その繋がりはばれたくないだろうし、下手にボク達のことを追いかけることもないと思うんだよ。だから、その間に考え続けてれば良いんじゃないかな。どうするのが一番良いのか、ってね」
「だが、その〝敵に回したくない〟という考えも、希望的な考えでしかない。最悪を考えて備えるべきだろう」
「ま、それはその通りだね」
そんな俺たちの考えに不満を持ちつつも一応の納得をしたスティアと共に、俺達は翌日から悪徳商人襲撃へと向けて準備をし始めた。
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