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三章

噂の化け物

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「ちょっと! なにして——」

 襲いかかってきた男の剣を受け止め、数合ほど斬り合うと、姿を見せたがこちらを警戒して動いていなかった女が咎めるように叫んだ。

「もうバレてんだ! ここで逃してどうする! また雲隠れされんだろうが!」
「あいつの言うことももっともだ。仕事だ。やるぞ」

 襲いかかってきた男の言葉に、もう一人の最初に出てきた男が答えると、女はその言葉に迷いながらも応え、三人同時に襲いかかってきた。

 その練度はなかなかに高く、三人同時と言っても意図的にずれを生み出すことで対処を難しくしている。

 正面から剣を振り下ろして襲ってきた男の攻撃を受ければ、左右からくたびれた雰囲気の男と真面目そうな女が剣を下段から切り上げる。
 正面と左右。上と下。そんな違う方向からの同時攻撃は対処するのが難しい。人の意識とは全方位に張り巡らせることはできないものだからだ。

 だが、その程度対応する事ができなければ、天武百景の頂点を目指すことなどできるはずがない。

 まずは正面の男と鍔迫り合いをしていた剣から力を抜き、正面から迫る剣を左に流す。
 それと同時に体を右に寄せることで、左から迫ってきていたくたびれた男の剣と俺の間に正面の男が割り込むことになり、同仕打ちを避けるために男二人は動きを止めざるを得ない。

 だが右に避けたことで、右から迫っている女の剣をまともに受ける形になってしまう。
 通常であればそのまま食らうことになっただろう。正面の男からの攻撃を防いだ直後のこの状況では、剣を割こませようとしたところで時間が足りない。
 打ち合って防ぐこともできず、避けることもできない。仮に体を捻るなどして避けたとしても、これほどの相手なら合わせてくるはずだ。

 なので不要な剣を手首の動きだけで女へと投げつける。

 突然自身に迫ってくる剣を見て目を見開いた女は、それを防ぐべきか、それとも避けて攻撃を続けるべきか一瞬迷い、その隙に腰に帯びていた鞘で女の腕を打ち据え、剣を奪いとる。

 この女の剣も魔創具ではあるが、魔創具は本人が消そうとしなければ消えない。
 そのため、奪った直後、魔創具の解除に意識が向かう前であれば自身の武器として使用することができるのだ。

 そんな奪い取った魔創具を使い、体勢を立て直して背後から襲いかかってきた男二人の剣の対応に使う。

 襲いかかってきた二人は、ここでも上下から攻めるといういやらしさを見せていたが、上から迫ってくる剣は女から奪った魔創具で。したから迫ってくる剣は女を打ち据えた鞘で受け止める。

 鞘を使って下段で止めたくたびれた男の剣を蹴り抜き、その斬撃の方向を逸らす。
 あらぬ方向へと流れた剣を引き戻そうとするが、その際にできたわずかな時間を使い、若い男の攻撃を鞘と剣の柄尻を使って左右から挟み込むように衝撃を加えることで、砕く。

 そこまでやるとようやく女から奪った魔創具が消えたが、その役目は十分に果たした。
 剣が消えたことで空いた右手に、先ほど砕いた魔創具の先端を掴み、くたびれた男へと投げつける。
 投げられた剣の先端に対応したことでさらに時間を作り、その間に魔創具を砕かれたことで呆然としている若い男へと迫り、その首にフォークを突き立て——

「——っ!!」

 ——ようとしたところで、若い男の手元が光を撒き散らして爆発した。
 おそらくは魔創具の効果だろう。それが初めから設定された効果なのか、折れたことで暴発した結果なのかはわからないが、その突然の爆発から身を守るために咄嗟にマントで身を覆いながら後退することで距離をとった。

 そうして、俺は再び襲撃者三人と向かい合う形となった。

「なんなのよ、こいつ……」
「ロナ!」
「ロドリゴ? ……待ってなさい」

 ロナと呼ばれた女は、くたびれた雰囲気の男——ロドリゴと呼ばれた男へと疑問の視線を向けたが、何かを察したのか一瞬だけ迷った様子を見せてから呟き、突如走りだした。

 そして、それと同時に男二人が襲いかかってきた。どうやら女のことを逃すつもりのようだ。

 だが、それをみすみす見逃すほど甘くはない。

 突然のことではあったが、ロドリゴともう一人の男の相手をしつつ、フォークを作り出してロナへと投げつける。

 投げたフォークはロナの肩に刺さり、そこに籠められた魔法を解放する。
 轟音と共に辺りに風を撒き散らした。

 だが……

「逃げたか」

 フォークが刺さり、魔法も直撃したはずだ。にもかかわらず、ロナは足を止めることなく走り去っていった。
 周囲に危険が及ばないように威力を加減したとはいえ、至近距離から魔法を受けながらも足を止めないというのは、なかなかに気概のある者だ。

 しかし、あの感じだと逃げたわけではなくなんらかの策か。「待ってなさい」などと言い残したのがその証だ。道具、あるいは人の回収をしてから改めて襲ってくるのであろうな。残ったこの者らは時間稼ぎか。
 もっとも、その振る舞い俺から逃げ仰るための騙りである可能性は十分に考えられる。その時は、あまり気が乗らないがスティアを使うとしよう。あいつの鼻なら見つけることはできるだろう。あるいは、ルージェならば探し出すことも可能かもしれない。

 もしそれでも探し出せなかったら、その時は向こうが上手だったと諦めるとしよう。

「くそっ! なんだってこんな強えんだよ。俺達はこれでも守護騎士候補だったんだぞ!」
「こう言ってはなんだが所詮は〝候補〟であろう?」

 守護騎士はアルラゴンの最高戦力であり、その地位に挑むだけでも賞賛されることではあるが、失礼ながら言わせて貰えば、所詮は候補止まりである。

「はっ! じゃあ何か。てめえは守護騎士よりも強えってか」
「一概にそうとは言い切れないが、手合わせで勝ったことがある者はいるな」

 守護騎士といえどその強さには振れ幅があるので、守護騎士に勝ったからといって他の守護騎士全員よりも強い、ということにはならない。
 だが、事実だけ言うのであれば、俺は以前守護騎士に勝った事がある。

「はっ! なら名前言ってみろよ。言えるわけねえだろ。どうせ嘘なんだからよお」
「守護四勲騎士、ミゲル・エルライト殿だ」

 それまで俺のことを挑発するように言葉を吐き出していた金髪の男も、俺の隙を窺っていたくたびれた男も、俺の言葉を聞くなりその動きをとめ、数秒間を置いてから驚きに声を漏らした。

「……はあ?」
「エルライトって……聖騎士エルライト?」
「いや、でも守護四勲って……あの方は現在五勲だったはずだ!」
「まあ、数年前の話だ。当時よりも今の方が強かろう」

 なるほど。当時はまだ四勲だったが、現在は新たに勲章を得られたのか。であれば、今再び戦ったところで、勝てるかどうかは怪しいな。俺もあの時より強くなっているとはいえ、それは向こうも同じであろうからな。

「……お前、本当に何者だ? 聖騎士と手合わせをする機会なんて、そうそうあるものでもないだろ。しかも、勝っただと?」
「ふむ……まあいいだろう。バラけられては面倒だ。時間稼ぎに付き合おう」

 どうせあの逃げた女は戻ってくるだろう。だが、戻ってきた時にこの二人が倒れていれば、再び襲ってくるのを諦めて今度こそ本当に逃げ出すかもしれない。それは避けたいところだ。
 なので、まだこの二人に倒れてもらっては困る。

 だからこそ、こいつらには〝俺の時間稼ぎ〟に付き合ってもらおうか。

「二年ほど前の話だ。いくつかの教会に寄付していたのだが、その中にミゲル殿の知り合いの出身だった孤児院があったようでな。『聖騎士』などと名のつくことからわかるように、彼は信心深い。教会に寄付を行っている私に会いたいと、ちょうど騎士王国からリゲーリアに用があったらしく、その用をこなす役目としてこの国にきたついでに、私に会いにきてくださったのだ。その際に軽く手合わせをさせていただいた」

 あの頃は、貴族としての責務を果たすために『民への施し』を行なっていた。俺の場合はそれが教会への寄付だったのだが、その繋がりで会う事ができた。

 見知らぬ者からの面会依頼が来たときは不審に思いもしたが、ちょうど六武の一人でエルグラン殿と戦ってからそれほど時期が離れていなかったため、その時の戦いから学んだ成果を確認するのにちょうど良かった。

 ただ、当時は今よりも幼かったから仕方ないとはいえ、手を抜かれたのは未だに不満に思わなくもない。
 もっとも、本気など出されていればすぐさま負けていた可能性があるが、それはそれで勉強になったことだろう。

「待て。いや、待て……待て。それじゃあ、お前が例の化け物か?」
「劣勢にさせられたからと言って、化け物とは些か無礼が過ぎるのではないか?」

 くたびれた男が違っていて欲しいというかのように小さく首を横に振りながら言葉を吐き出し、問いかけてきた。
 おそらくその話は、アルラゴン騎士王国の騎士たちの間ではそれなりに広がっている話なのだろう。だからこそ、俺の話を聞いてこんな反応を見せた。身内同士では実際に対戦相手であった俺のことを化け物と呼んでいたのだろう。

 だが、事前に聞いており、驚いたとはいえ、初対面の相手を化け物呼ばわりするのはどうなんだろうか?

「だが、ちょうどいい頃合いだな。どうやら、逃げた仲間が戻ってきたようだぞ」

 ほんのわずかな時間の雑談ではあったが、そんな短い時間であっても目的を果たすことはできたようで、逃げた女は他に人を連れて戻ってきた。なかなかに仕事が早いな。

 女と共にやってきたのは、見た感じだとこの今まで戦っていた三人とは全く違う格好をした集団だ。数は……八といったところか。
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