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三章

アルフとマリアの夜道

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「黙れ阿呆。ここでやめておかなければ、明日のお前の食事は抜きだ」
「……そんなっ!? 横暴よ!」
「これだけ食べたのだから問題あるまい。あと三日ほど食わなくとも平気だろう」
「平気じゃないですー!」

 そう不満を口にしたスティアだが、目の前には空となった皿が積み重なっている。途中で空いた皿を回収しにきたのだが、その上で〝これ〟だ。常人ならば数日分の食事に相当するのではないだろうか?

 とはいえ、それを言ったところで不満を溢すのはわかっているのでスティアには何も言わず、今度はマリアへと視線を向けた。

「マリアもだ。いくら魔法で解毒できるとはいえ、飲み過ぎではないか?」

 一応、身体強化を施せば特別な事をしなくとも誰でも酔いを覚ますことはできる。その場合少し時間はかかるが、すぐに治したいのであれば治癒系統の魔法を使ってもいい。
 だがそれは、魔法を使わなくてはいけない状況に陥っている、という意味でもある。結果的に治るのだとしても、体に悪いことには変わらない。

 それに、俺たちは今日あったばかりなのだ。いかに気が合った友人関係と慣れたのだとしても、目の焦点がブレるほど酔うべきではないと思う。

「んー。そうね、そろそろ帰ろっかな」

 そう言ってゆっくり息を吐き出すと立ち上がったマリアだが、やはりそれなりに酔いが回っているのだろう。足元がふらついている。

 だがマリアはそんな酔いなど気にしていない様子で懐を探り、財布を取り出して金をテーブルの上に置いた。

「んー! ……あはは。久しぶりに私も楽しかったわ。ええ、本当に」
「……?」

 財布を再びしまい直した後、マリアは両手を組んで上に上げ、伸びをするように体をほぐしたのだが、その後につぶやかれた言葉にはなんともいえない哀愁のようなものが込められているように感じられた。

「しばらくはこの街にいるつもりだし、またあったらよろしくね——えええっとお!」

 先ほどの呟きについて考えていると、別れの挨拶をしたマリアが帰ろうとしたのだが、ふらついているせいで転んでしまった。

 咄嗟に転んだマリアを受け止めるが、我ながらよく反応できたものだと思う。これもスティアがよく転んだり何かにぶつかったりするから身に付いた技能の一つなのだろう。……嫌な技能だな。

「だから言ったのだ。やはり飲み過ぎだ」
「あ、うん。ごめんね」
「構わん。だが、せめて宿まで送らせろ。このままでは安心して見送ることもできん」
「え……でも、それは悪いかなーって……」

 今日は色々と迷惑をかけたのに、更に手を煩わせるのを申し訳ないと思っているのか、マリアは酒のせいで頬を赤らめている顔を逸らした。

「気にするな。酔った女性を一人で出すのは心に悪い。どうせ大した距離でもないのだ」

 先ほどスティアと楽しげに話している最中、お互いの泊まっている宿については教え合っている。それによると、意外とマリアは俺たちの宿からそう遠くない場所に泊まっていたようで、ここからなら二十分も歩けばつく距離だ。

 だが、平時であればさしたる問題のない道であっても、酔っている今では何が起こるかわからない。
 魔法で酔いを覚まさせれば問題ないのだろうが、今何もしていない様子を見るに、酔いを覚ましたくない気分なのだろう。
 であれば、その意を汲んで手を貸してやるのも優しさというものだろう。

 だが……

「あー、わかったわ! あんたマリアのこと襲うつもりでしょ~。あれよ。ルージェの言ってた送り狼ってやつ?」

 阿呆が阿呆な事を言い出した。
 そのようなことはするつもりないと言うに……この阿呆どもは俺のことをそんな目で見ているのか?
 まあ、こいつの場合は思いついたことをそのまま口にしているだけだろうから、特に何も考えておらず、ここにいるのが俺でなくとも誰にでも同じような言葉を吐くだろうが。

 しかし、「ルージェの言っていた」か……。確かに、先ほどこいつは口にしていたな。
 阿呆がふざけた発言を真似をしたことについてどう思っているのか問うためにルージェに視線を向けたが、スッとそらされた。
 どうやら自分は悪くないと言いたいらしい。……はあ。

「マリア、気をつけないとダメよ。男はみんな野獣ってどっかで聞いたか見たかしたから」
「そうだな。お前みたいな子猫よりは獣かもしれんな」
「子猫じゃなくって獅子だもん!」

 獅子だと言うのなら、それに相応しい威厳が欲しいものだな。

「えっと、じゃあ……お言葉に甘えさせてもらおっかな」

 そんな俺たちの掛け合いを見ていたマリアはくすりと笑い、俺の提案に同意を示した。

「ああ。ルージェ。お前は先にそれを宿に戻しておけ。それから、今日は樹林に行ったのだ。湯浴みをさせてから体の調子や怪我の有無を再度確認し、着替えさせて寝かしつけろ」
「はいはい。でも、そこまで気にするって、なんだか本当の保護者みたいだね」
「私子供じゃないんだけどー?」

 どう考えても子供だろう。それも、無駄に能力と行動力と立場があるから扱いに困る大きな子供だ。

 だが、あとはルージェに任せておけば問題ないだろう。先ほどのふざけた発言をスティアが真似した件もある。視線を逸らしたと言うことは悪いと思っているのだろうし、ここで手を抜いたりはしないはずだ。

 そうして俺は酔ったマリアを宿へと送っていくために、二人で店を出て歩き出した。

「なんだかごめんね。今日会ったばっかりなのに、迷惑かけちゃって」
「気にするな。元々はあの阿呆が原因なのだ。それに、俺としても楽しくなかったわけではない」

 しばらくの間は無言で歩き続けていたのだが、五分ほど歩いていると突然マリアが口を開いた。
 だが、確かに色々とあったし、面倒だと感じはしたが、迷惑と言うほどではなかった。こういった出会いや騒ぎというのは旅の華であると思っているし、楽しさを感じなかったわけでもないのだ。
 であれば、その楽しさの礼として、この程度のことはしてもなんら問題はない。

 それからまた無言に戻った俺たちだが……ちょうどいいか。そう思い、俺はマリアに問いかけてみることにした。

「……ところで一つ聞きたいのだが、お前は現在チームを組んでいたり知人と共に行動していたりするか?」
「え? え、えーっと、一人だけど……」

 不意にかけられた問いに、マリアは一瞬迷ったような反応を見せた後、どこか恥ずかしそうにしながら答えた。

「そうか。では、何か恨みを買うようなことはしたか? あるいは、金目のものを持ち歩いているような姿を見せたりはしなかったか?」
「……どこ?」

 話が早いな。マリアは俺の言葉だけで何が起きているのか状況を理解したようで、先ほどまでのゆるい雰囲気を消して見つめてきた。

「左右後方に二人。左方の屋根上に一人。ただの物取りにしてはいささか本格的すぎる気がするのだが、どう思う?」
「……ごめんなさい。それ、多分私を狙ってるんだと思う」

 マリアは一瞬ためらいを見せたものの、申し訳なさそうに謝罪を口にした。
 かと思ったら、その直後には覚悟を決めた表情となっていた。
 足取りはいまだにふらついているものの、その表情に酔いの気配はなく、おそらくふらついているのはすでに酔いが覚めていることを隠すためなのだろう。

「理由があるのだな」
「……」

 マリアは俺の問いかけを受けても何も話そうとはしないで正面だけを見続けている。
 俺たちを尾けている存在がいると知り、すぐにその正体に思い当たることから、そこらで恨みを買った程度の話ではなく、もっと深い事情があるのだろう。
 それこそ、マリアという騎士がこの場所にいる理由に関わるような大きな事情が。

 しかし、そのことについて踏み込むつもりはない。

「無理してそれを聞き出すつもりなはい。だが、この場は協力するとしよう」

 今重要なのは、この尾けている者達をどうするのか、ということだ。マリアの事情など、彼女自身でどうにかすべきことで、俺が深入りするのは違う。
 もっとも、助けを求められたのであれば、それが道理に沿うことであることなら手を貸すつもりではいるが。

「だめ! そんなことしたらあなた達まで……」

 だが、そんな俺の申し出に、マリアは小さい声ながらも俺の腕を掴み、自身の方へと引き寄せて足を止めた。

 マリア自身、自分が危険なのはわかっている。誰かの手を借りる事ができるのなら、借りたいのが本音だろう。

 しかし、危険があるのだとしても、その危険に誰かを巻き込むことを良しとしない。それは騎士としてマリアが胸に抱く矜持なのだろう。
 それはとても素晴らしく、同時に好ましいものだと思う。そして、だからこそ手を貸してやりたいと思うのだ。

「確かに、巻き込まれることになるかも知れんな。だが、それは今更であろう。何せ、こうして共に動いているところを見られたのだ。もし本当にお前を追っているものであれば、俺たちの事を調べ、場合によっては人質として襲ってくることもあるだろう」
「それは……でも、まだそこまでされるって決まったわけでも……」

 マリアは俺の言った言葉の通りになる可能性を理解しつつも、それでもまだ巻き込まないように遠ざけようとするが、違う。そうではないのだ。

「勘違いするな。お前を助けるためにやるのではない。俺たちの邪魔になりそうだから処理するだけだ。これでも俺達には秘密が多いのでな。腹を探られたくはないのだ」

 そういって俺は肩を竦めた。
 別にこれは照れ隠しなどではなく、言葉通りの意味だ。
 ここでマリアだけを置き去りにして逃げたところで、俺達が無事だという保証などどこにもない。
 逃げたとしても襲われる可能性があるのであれば、逃げることに意味などなく、ここで倒してしまった方が良いと言えるだろう。

 だから、そう。これは決して照れ隠しでもお人好しでもなんでもない。単なる自分たちのためだ。

「……じゃあ、お願い。手を貸して」

 目元にうっすらと涙を浮かべたマリアは、ぐっと唇を噛んで考えた様子を見せてから、ほのかに嬉しそうな笑みを浮かべた。
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