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二章

護衛:スティア様の後を追って

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「もうすぐ例の街に着くぞ。総員気を引き締めろ」

 ネメアラからリゲーリアへの使節団としてやって来た我々だが、その中でも私の率いる隊はスティア様の護衛として全員が女性で構成されている隊だ。

 しかし、現在はその護衛対象であるはずのスティア様はいない。我々がリゲーリアの首都に向かっているその途中で襲撃を受け、王女を攫われるという失態を犯してしまったからだ。

 スティア様はネメアラではその立場が著しく悪い方ではあるが、王族であることに変わりはない。
 今回の使節団も、王族であるために補佐官などという地位にいるが、実際には何もやることはないので、実務面で言ったら……不敬ではあるが、いてもいなくても構わない方だ。

 だが、王族が攫われたという事実が問題となる。最悪の場合、ネメアラとリゲーリアの間で戦争となりかねないのだから。

 だが、最悪の事態にはならなかった。どうやら攫われた先で、賊を倒し救出した者がいるとのことだ。
 そう聞いてホッとした我々だったが、すぐに気を引き締めることとなった。生きて救出されたとはいえ、私たちが護衛としての人を全うできなかったのは事実なのだから、「助けられていてよかった」などと気を抜くことはできるはずもない。

 現在私たちは、その助けられたスティア様を迎えにいくために、グラージェス王女殿下の元へと送られてきた手紙に書かれていた場所——この国唯一の港湾都市へと向かっていた。
 つまり、もうすぐスティア様と再開することができるのだ。

「気を引き締めるって言っても、所詮は単なる人探しでしょう? なんでそんな警戒してるんですか? いや、所詮、なんていうとスティア様に失礼なのは理解してますけど……」

 部下の一人がそんな腑抜けたことを言い出した。こいつは本当にスティア様のことを……そして今の我々の責任の重大さを理解しているのか?

「バカ者! 人探しといえど、相手はあのスティア様なのだぞ。王族の方を誘拐されただけでも度し難いのに、もし保護することどころか、発見することもできなかったらどうするつもりだ!」
「いや、まあ、確かにそれを言われるとなんとも言えないんですけど、でもこの街にいるって手紙が来たんですよね? なら、そう警戒しなくてもすぐに見つかるんじゃないですか?」
「そうですね。なんでも、スティア様のことを賊から助け出し、保護してくださっている方がいて、その方はとても真面目な方だとか。私たちが列をなして街に入れば、それを聞きつけて向こうから会いに来てくれる、なんてこともあるかもしれないですよ」

 部下の一人と話をしていると、もう一人もその言葉に賛同するように話に入ってきたが、周りを見回すと、どうやら他にも同じ意見のものがいるようだった。

 今の状況を楽観視している隊員たちを見て、思わずため息を吐きたくなるが、それを堪えて隊員たちのことを睨みつけながら口を開く。

「その可能性はないとはいえない。だが、もう一度言うが〝あのスティア様〟だぞ? 本当に手紙を出した程度でおとなしくしていると思うか?」
「「……」」

 私がそう言えば、隊員達も状況を理解したようで神妙な顔つきに変わった。
 そうなのだ。相手はあのスティア様である以上、何事もなく終わるとはとてもではないが思えない。
 私はスティア様のことを信じているのだ。必ず何か問題があるだろう、と。
 そして、それはこの隊員達もそう。だからこそ、この隊に入れられたとも言える。

「できる限り急ぐぞ」
「「はい」」

 隊員達に改めて声をかけ、私たちは港湾都市へと進んでいった。

 ——◆◇◆◇——

「……それでは、これよりスティア様の捜索を行なってわかったことを報告してもらうが……はあ」

 街についた私達は、宿をとった後はスティア様の情報を集めるためにそれぞれに調査させた。もちろん私自身も調査をした。
 それによってある程度の情報は手に入ったが、間違いがあるかもしれないし、情報を部下と共有する意味でもこうして報告の場を設けることにしたのだ。

 普通の人物であれば、これだけ広い町を調査したところで一人の人物を見つけることは容易ではないだろう。

 だが、ことスティア様に限っては話が別なのだ。
 あの方は向かった先で事件を起こし、自身で何かをしなくともすでに起きている騒ぎに首を突っ込む。
 元々獣人らしからぬ魔創具を発現させたことで不遇な扱いを受けていたが、そのお転婆具合もあって一部からは疎まれていた。

 私たちはそんなスティア様であっても慣れていたが、それでもまさか他国でここまでやらかしているとは思わなかった。

「えっと、それじゃあまずは自分からいきますね。自分は街中で住民に聞き込みをしたのですが、今から一週間ほど前に、ネメアラの王女を名乗るスティアという名の獣人の少女がこの街の貴族と敵対したとか。その結果、敵対した貴族——これはこの街の領主の子息のようですが、これが死亡したとのことです。実際にはスティアという少女自身がやったのではなく、その配下らしい人物が行ったとのことですが」

 その報告の内容は私が聞いたものと同じもので、改めて聞いても盛大に顔を顰めてしまうような内容だ。はっきり言って、頭が痛い。
 あの方の突飛な行動に理解はあったつも李だったが、何を考えたら他国の貴族を殺すことになるのか……。一度真剣に話を聞いてみたい。
 ……いや、やはり聞きたくないな。聞いたところで、余計に頭が痛くなる未来しか思い浮かばない。

「しかし、配下か……この状況で配下と呼べるような存在を作れるとも思えないが、あの方だからな……」

 他国で攫われ、知人が一人もおらず、世情すらまともに理解できていないような状況で配下などと呼べる存在を作ることは困難だ。時間をかければできるだろうが、まだあの方が攫われて一月程度なものだ。普通は困難どころか不可能だと言えるだろう。
 だが、スティア様の場合は不思議とそれができてもおかしくないと思えてしまう。

「スティア様は妙に人に好かれますからね。獣人としては認められない能力だ、というのは理解していますし、王族としてはあってはならない存在なのだとも理解していますが、それでも……」

 部下の一人がそう口にしたが、そうなのだ。あの方は勝手気ままに動かれるが、決して人に悪意を持って悪さをするわけではない。ただ自由に、新しいことを、美しいものを、楽しみたいと思って遊んでいるだけ。
 そんな姿を見ていると、本来であれば怒るような状況であっても、不思議と許せてしまう。
 それどころか、自分もあの方のそばで一緒に遊んでいたいと思ってしまうのだ。それくらいあの方は本当に楽しそうに笑う。ご自身の状況を理解しているにもかかわらずだ。

 だからこそ、支えて差し上げたいと思う。あの笑顔を守っていたいと思う。
 だからこそ、私達は、スティア様についていくのは大変で疲れて面倒なことだと理解していても、この隊にいるのだ。

「ああ。だから配下を作ったとしてもおかしいとも言い切れないが、おそらくはスティア様のことを保護した者ではないかと予想している」

 おそらくはそうだろう。というよりも、それ以外に思いつかない。

「……しかし、領主の子息を殺したとなると問題だな。あの方はああ見えてそのような無茶をやらかさない方だと思っていたが……」
「なんでも、その子息というのが酷い……いえ、酷すぎる人物だったようでして、あー……おおよそ物語に出てくる悪徳貴族を思い浮かべていただければ間違いないような人物だったそうです」
「それはまた……この街でか?」
「ええ、この街で、です。おそらくは自身の立場、家の立場というものを理解していなかったのでしょう」

 この街はこの国唯一の港がある街なので、ここを治める貴族というのは優秀でなくてはならない。間違っても愚か者に任せることはできないのだ。
 今まで問題がなかったということは治めている貴族自身はまともなのだろうが、その子供にまでは目がいかなかったということだろうか。だからこそ、そのような愚かな振る舞いをし、今回のような騒ぎとなった。
 実際のところはわからないが、そのようなところだろう。

「加えて、その子息は街の住民に横暴な振る舞いをし、その場に居合わせたスティア様に手を出そうとしたようです。その結果……」
「殺された、か。ならば理解できなくもないな。スティア様自身はその程度では手を下さずとも、一国の王女に手をあげようとしたのは事実なのだ。であれば、処刑されて当然のことと言える。配下となった者がいるのであれば、手を出してもおかしくはない」
「はい。そのことが原因で自身の配下が子息を切った、と住民達には説明したそうです。そして、何か問題があれば全部自分のせいにしろ、とも」
「なんともあの方らしい。後処理をする我々としては、乾いた笑みしか出てこないがな」

 全部自分が背負ってでもみんなを笑わせようとする。スティア様らしい話だと思うが、ご自身しかいない状況で他国でそこまで堂々とするのはどうかと思う。もう少し外交とか政治について考えて……は、いただけないだろうな。あの方も、政治を理解していないわけではないのだから。理解した上での振る舞いなのだからどうしようもない。

「ですね。しかしながら、そんな人だからこそ、慣例から外れた行いをしても完全に虐げられることがないのではないかと」

 私達があの方を支えたいと思ったように、この隊に所属していなくともあの方のことを好ましいと思っているものはそれなりにいる。

 しかし、ネメアラにおいて一つの部隊を率いる立場のものとして、それを口にして認めることはできない。そのため、私は何も言わないで息を吐き出した。

「しかし、自身の子を殺されたとあっては、領主も黙ってはいないのではないか?」
「それに関しては私が。どうやら、特に恨みがあると言ったわけではないようです。そもそも、領主自身も息子のことを持て余していたようです。上に兄がいるために特に指名もなく甘やかして育ち横暴な振る舞いをするようになった。そのせいで問題を起こし、領主からしてみれば邪魔以外の何者でもない存在になったが、かといって息子であることに変わりはないので殺すのも忍びない。そう思っていたところに今回の件です。悲しんではいるけれど、ちょうどよかった。殺した相手に恨みはあるが、仇討ちを諦める理由もある。そう言った理由で、事態の収集に動いていますが、だからと言ってスティア様とその配下を追うつもりはないようです。もっとも、いかに他国の王女といえど息子が殺された以上歓待する気にはなれないので、出ていってくれたことはありがたかったようですが」

 つらつらと言い淀むことなく続けられた報告を聞いて、この街の状況については理解することができた。
 だが、よくこの短い間にそれだけのことを調べることができたな。

「よく調べたな。領主の情報などそう手に入るものでもないだろう?」
「いえ、それが意外と楽に手に入りました。私は裏の住人に聞いたのですが、どうやら領主はこの話を隠すつもりはないようです。おそらくですが、私達の耳に入れて自分はネメアラと敵対するつもりはないのだと、スティア様の件は許してくれという意思表示ではないかと」
「なるほどな。確かに、敵対したわけではなく、ただのバカが勝手に動いただけであり、そのバカもすでに死んでいるとなれば、こちらとしても無駄にことを荒立てる必要はないか」

 確かに、他国の姫が自身の息子を殺したとはいえ、先に手を出したのはあちらなのだ。
 であれば、責任はどちらにあるのかと言ったらこの地を治める貴族であり、むしろ当事者である子息を殺されただけで終わるのであれば、それは幸いだったと言えるだろう。

 そして、こちらとしても現状でことを荒立てるつもりはない。私達には大した権限は与えられていないし、今は何よりもスティア様の保護が優先されることなのだから。
 何かあるにしても、保護した後、使節団の代表であるグラージェス様と合流してからの話だろう。

「ただ、不確定ながら不安な話も聞けました。この街には少し前から『貴族狩り』と呼ばれる人物が存在していたようです」
「貴族狩り? そんなものがいたのか」
「そのようです。そして、今回貴族が殺されました。その手法はこれまでの犯行とは全く違ったものではありますが、『貴族狩り』がいる街で貴族が殺された。その点だけは事実です」
「……スティア様のそばにいる配下というのが、その『貴族狩り』だと?」
「可能性としては全くない話でもないかと」

 正直なところ、そう言われてもあり得ないとしか思えない。だが確かに、ない話ではないかもしれない。貴族狩りと言われながらもスティア様を襲わなかったのは、あの方が他国の者だったからと考えれば納得できる。

「あー……くそ。次は……西の門から出て行ったと言っていたな。そちらに何があるかを調べろ。どこに行ったのかわからないが、おそらくはそれなりに大きな街、あるいは〝面白そうなもの〟がある場所に向かわれたことだろう。それを追う」

 状況がわからないが、とにかく一刻も早く追いついて保護する必要がある。

「追いつくまで問題を起こさないでいただければありがたいのだがな」
「それは無理じゃないですか? だって、〝あのスティア様〟ですから」

 この街に着く前に私が言った言葉を返され、私はため息を吐くのだった。
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