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二章

グラージェス:お手紙

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 ——◆◇◆◇——

「殿下! 殿下!」

 襲撃を受けてからしばらくの間は近くにあった街に逗留し、兵力の立て直しと、スティアに関しての情報集めをしていたのですが、それもいつまでもというわけにもいきません。
 そのため、今の私は当初の予定どおりリゲーリアの王城にて歓待を受けいます。
 そんな中、私に与えられた部屋の中に一人の侍女が慌てた様子で駆け込んできました。

「……どうしたというのですか? ネメアラではさほどうるさくは言いませんが、ここは他国の城なのです。礼儀をわきまえた行動をなさい」
「あ、は、はい! 申し訳ありませんでした! ですが、あの、こちらを!」

 反省を口にしたものの、それでも興奮はおさまっていないようで、その侍女は私に向かって手紙を差し出してきました。

「手紙? ……どなたからですか?」
「それが……おそらくはスティア様からかと」

 私が問い掛ければ、おずおずと少し戸惑った様子でそう答えまし……え?

「……え? ……っ! あ、あのこから手紙が来たというの!?」
「正確にはわかりません。差出人が、その……見ていただけばわかりますが、少々おかしな名前ですので」
「? ……ひとまず手紙を渡しなさい」
「はい。こちらです」

 なんだか奥歯に物が詰まったような物言いをする侍女。話を聞いていても要領を得ないので、直接みてしまった方が早いだろうということで、手紙を受け取り、早速その手紙の内容に目を通し始めました。

『拝啓、親愛なるお姉様へ。
 私は不埒者に攫われた先にて数奇な出会いがあり、無事に逃げ出すことができました。
 現在は、その者とともにこの国を回って観光……ではなく、この国の情勢確認を行なっていこうと思っています。
 この国を直接見て回ることは両国のためになると思っての行動ですので、ご理解くださると嬉しいです。間違っても私の私欲のためじゃないです。本当です。
 あと、名を明かせぬ無礼をお許しください。
 美少女ハンマー使い、にゃんにゃんより』

「……なんですか、このふざけた名前は。そもそも、私のことを姉と言っている時点で名を隠す意味もないではありませんか」

 手紙を読み終えた私は思わず片手で目を覆い、天井を見上げてしまいました。王女として相応しくない振る舞いであるのは理解していますが、それでも思わずそうしてしまうほどの内容だったので仕方ありません。
 けれど、これはまず間違いなくあの子からの手紙でしょう。他にこんなバカな手紙を出す物がいるとは思えません。騙すにしても、もっと上手いこと書くでしょう。少なくとも、差出人の名前をにゃんにゃんなどとふざけた名前にはしないはずです。

 ……けれど、ちゃんと無事でいたのね。よかった……。
 助けられなくてごめんなさい。助けに行けなくてごめんなさい。あなたが生きていたと聞いて、心からホッとしました。

「殿下。もう一通ありますが、こちらはいかがいたしましょう?」

 一息ついたところで、スティアからの手紙を持ってきた侍女がもう一通の手紙を見せながら問いかけてきました。

「もう一通? そちらの差出人はどなたですか?」
「トライデン家の元令息、アルフレッド・トライデン様です」
「……トライデン? アルフレッドとは、スティアの婚約者候補として考えていた相手ですよね? 現在色々な情報が流れている、あの。どうしてそのような者が?」

 まだこちらについたばかりで詳しくは調べることができていませんが、トライデン、およびその嫡男に関してはいろいろな情報が聞こえてきます。逃げ出したとか、追い出されたとか、自殺したとか、そういった類のものです。ちゃんと調べれば詳しいことがわかるでしょうけれど、どうしてそんな相手から手紙が来たのでしょうか? それも、スティアと同じタイミングで。

「それはわかりません。その手紙に書かれていらっしゃるのではないでしょうか?」
「……それもそうですね」

『拝啓
 リゲーリアの親しき友人であり素晴らしき、同胞であるネメアラ国の代表であらせられるグラージェス王女殿下へご挨拶申し上げます。皆様に神々の祝福がありますように。
 まずは突然このような手紙をお送りするという無礼、心よりの謝罪をいたします。
 しかしながら、このような行いをしたのには理由があります。現在、私は旅を行っておりますが、その最中でスティア王女殿下が賊に囚われているという事態に遭遇してしまいました。
 結果として賊を排除し、スティア王女殿下をお助けいたしましたが、現在はスティア王女殿下とともに各地を巡るための観光の旅を行っております。
 本来であればスティア王女殿下を護衛し、王都へと向かうところなのでしょう。
 しかしながら、スティア王女殿下たっての願いということで、それは叶わず、国内の街を観光することと相成りました。
 グラージェス王女殿下といたしましては、いかにスティア王女殿下を助けた者とはいえ、男と二人で行動しているという点について不安と感じることもあることでしょう。
 しかしながら、ご安心ください。賊から助けた際に事故があり、紆余曲折の結果私に隷属の魔道具が使用されてしまいました。そして、その主としてスティア王女殿下が登録されております。ですので、私からは殿下の命に逆らうことはできなくなっております。
 現在の街はリゲーリア唯一の港町レオリックにおりますが、スティア殿下の行動次第で明日にでも出発する可能性があることをご了承ご了承ください。
 尚、この手紙は知人である商人に持たせたもので、傭兵経由でもう一通同じ内容のものをお送りしてありますのでそちらもお受け取りいただければと存じます。
 元トライデン家所属、アルフレッドより』

「これは……どう思いますか?」

 スティアからの手紙に引き続き読んだ手紙は、事前に私たちの元へと届いていた『アルフレッド・トライデン』の人物像とは違った雰囲気を感じられました。
 そのことについて聞くため、側近であるロレーナへと手紙を渡しつつ問いかけます。

「そうですね……事前に聞いていた人となりと随分と違っているようではありますが、嘘ではないかと思われます。偽りであれば、そもそもアルフレッド・トライデンの名を語る必要はありませんから。それも、丁寧に〝元〟などと言ってまでというのは、少々腑に落ちません」
「では、この手紙は事実であると考えましょう。現在の場所も書いてあることですし、そこで確かめれば真偽はわかることでしょう」

 もしこの内容が本当であれば、この手紙に書いてある街でスティアのことを回収することができるでしょう。
 ですが、そこまで心配せずともこれは本物なのだろうと思っています。スティアの手紙に書かれている内容とも同じですし、実際にスティアであれば観光に連れ回すという無茶もするでしょうから。

「では、人員の手配を行います」
「ええ、お願い。もしすでに移動していたなら、その時はこちらに戻らずにそのまま追跡するようにしなさい。もちろん、見つけたにしてもそうでないにしても、報告を上げてもらう必要はありますが」
「承知いたしました」

 これで、スティアのことは一旦安心ができた、と言ってもいいでしょう。捕まっているのでなければあの子が……あの天才がそう簡単に死ぬはずはないのですから。

「……それにしても、隷属の魔道具が使用される事故とは、どのようなものでしょうか? もし誤って使用されたのだとしても、すぐに解除すれば良いのではないかしら?」
「……賊が使用していた者ですから、不良品が混じっていた、というのはいかがでしょうか?」
「そうねぇ……それもあり得るけれど、相手はただの賊ではなく、どこかからか援助を受けていた者達よ。それが用意したものが不良品というのは、少し納得しづらいところなのよね。王族を捕えるにあたって、一番大事なものでしょう? もし万が一にでも逃げられたら、困るなんて表現では済まないでしょうから」

 せっかく捕らえた王女のことを逃すような真似はできないでしょうし、万が一にでも自殺をされたら尚のこと困る。そのため、それらの行為を禁止すべく命令を聞かせるための道具が必要になりますが、それが不良品ということはないでしょう。

「でしたら……あ」
「何か思いついたの?」
「……いえ、その、大変不敬なことなのですが……」
「いいわ。何も罰しないから言ってみなさい」
「……もしかして、スティア王女が〝やらかした〟のでは?」
「………………ああ」

 ロレーナの言葉に、私はまたも椅子の背もたれに寄りかかり天を仰ぎました。ええ、だって、仕方ないでしょう? そうするしかないのですから。

「そう、ですね。ええ、その可能性がありましたね。というよりも、その可能性が一番しっくり来ますね。王族として、それはどうなのだと思わないでもありませんが」

 スティアの普段の行動を見ていると、あの子が何かをやらかしたというのが一番納得できる理由に思えて仕方ないのです。

「隷属の道具の形がわからないので何とも言えませんが、大抵は首輪型です。ですので、囚われたお姫様が首輪をつけられて、という状況を楽しんでいる可能性も……」
「あり得るわね」
「そして、助けに来た人が逆に捕まってしまったという状況を見たいがために、強引に首輪をつけさせる可能性も……」
「あるでしょうね。そして、なんらかの〝事故〟が起こり、外せなくなった。……はあ。考えたくありませんが、それが一番可能性が高いでしょうか」

 助けてくれた相手に隷属の道具を使うなど普通では考えられませんが、それをしでかすのがスティアなのです。
 ですがこれは……いずれ会う機会もあるでしょうけれど、その時にはただお礼をして終わりとはいきませんね。相手の状況を考えると、場合によってはこちらに迎え入れるのもアリかもしれません。

 けれど……そうですか。スティアがアルフレッド・トライデンと共にいるとは、本人も言っていたように数奇な出会いですね。

「しかし、どうされますか?」
「どう、とはなんのことかしら?」
「アルフレッド・トライデンに関してです。婚姻の相手がなぜか旅をしているという状況ですが、このまま話を通すおつもりでしょうか?」
「公爵には先日会った際にもう打診をしてしまったものね」

 先日歓迎を受けた際に公爵と話をする機会があったのですが、その際にスティアとの婚姻話を持ちかけました。まだ見つかってはいないけれど、見つかったらどうか、と。
 ですが、その相手として考えていたアルフレッドがいないのであれば、こちらの考えも些か変わってきます。
 しかし、こちらから提案を持ちかけてしまったのは事実なわけで、どうすべきでしょうか……。

「はい。あくまでも公式のものではないと念押しはしておきましたが、それはあくまでも言葉の上だけです。こちらもあちらも、すでにそのつもりでいました」
「……よね。どうしたものかしら」
「正当な理由があって旅に出ているのであれば、先日お会いした際にそのことについて話をしているのではありませんか? それがなかったということは、何らかの隠したい事情があるということだと考えられます。あの口ぶりからしてすでに別の後継者を立てているとは思いますが、婚姻相手であるはずの後継者が変わったことを隠していた者を信用できないとしたらいかがでしょう?」
「それもいいけれど……純粋に、ネメアラの王族と結婚するのであれば、現在の後継では力が足りないとするのがいいかしらね。それならば、相手の力不足ということでこちらの非とはならないでしょう。本当に力が足りないかについては、調べてもらわないと分からないけれど」
「では、そのことについても調査いたします」
「ええ、お願い」

 そうして私はトライデン家について調べさせつつ、スティアの元へと人を出しつつ、リゲーリアの王城での役目を果たす日々を送っていきました。

 そして……

「トライデン公爵。申し訳ありませんが、この間の話はなかったことにさせていただきたく存じます」
「………………は?」
「我が国では、王族に嫁ぐ者、王族が嫁ぐ者……要は王族の伴侶となるものは、それなりの強さを持っていなければなりません。先日今の跡継ぎの方を拝見いたしましたが、残念ですがその基準を満たしていないようでした。ですので、この度の話は一旦保留ということで。それでは失礼いたしますわ」

 王城の中の一室に公爵を呼び出し、向かい合っていますが、まともに話をするつもりはありません。
 無礼な振る舞いではありますが、私は公爵に何か言われる前に一息に言い切ると、公爵に背をむけてその場をさるべく歩き出しました。

「あ、まっ——」
「それから、これは個人的な意見になりますが……我欲のために子を捨てる者の元へ大事な妹を嫁がせたいとは思えませんので」

 私を引き止めようと公爵が声をかけてきましたが、その言葉も遮り、肩越しに振り返ってそう告げ、再び歩き出します。
 今度は止められることはなく、私はその場をさっていきました。

「くそっ! なぜこんなことに! なぜあんな出来損ないにこれほど狂わされるのだ! なぜっ!」

 背後からそのような叫びが聞こえて来た気がしますが、きっと気のせいでしょう。誇り高い貴族であるはずのトライデン公爵が、このような場所で自身の子を出来損ないと叫ぶはずがないのですから。
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