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二章

商会『三叉路』のアッド

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「ひとつ聞こう。お前やお前の保護者は、何か違法な事を行なっているか?」
「ちょっとちょっと、何言ってんのよ。失礼すぎじゃない?」
「確かに礼は失しているかもしれない。だが、医者も衛兵もいけないとなれば、相応の事情があるに決まっている。医者はわかる。金がかかるからな。いくら俺たちが出すと言っても、それを良しとできない性格の可能性は十分にある。だが、衛兵に行けない理由とはなんだ? 犯罪に携わっているから、と考えるのが妥当ではないか?」

「もう一度問おう。お前、あるいはお前の保護者は、違法とされる行為に関わりがあるか?」

 少し迷った様子を見せたあと、首を横に振った。
 そうか。それならばいいのだが……そうなると、家の環境か。衛兵に行けば保護者に面倒をかけることになり、それを嫌っているとすればおかしなことではない、か。

「そうか。疑ってすまなかったな」
「そうよそうよ! まったく、失礼なおじさんで困っちゃうわねー?」
「……俺がおじさんならお前はおばさんではないか? 同じような年だろうに」
「んま! こんな美少女を捕まえておばさんだなんて、流石にそれは酷いんじゃないかしら?」
「先に言ったのはお前のほうだろうに、阿呆が」

「まあいい。つまりは、自力で探すしかないわけだが、そのために匂いをたどれ」
「私は犬じゃなくて獅子なんだけどー。匂いを辿るのってあっちの両分でしょ、まったくもう……」

 スティアは文句を言いながらも少女に顔を近づけて匂いを嗅いだのだが、数秒ほど経ってから首を傾げ、今度は思い切り抱きついて髪に顔を埋めてスーハーとここまで聞こえるくらいに大きな音を立てて匂いを嗅いだ。……本当にヤバいやつかもしれない。

「……あれ? ん~?」

 だが、そうまでして匂いを嗅いだはずのスティアは、顔を上げると再び首を傾げながら唸り声を溢した。

「どうした?」
「あー。んーっとね、この子なんか匂いがしないんだけど?」
「それは、清潔にしているとかではなくか?」

 清潔にしていれば匂いなど落ちるものだと思うが……いや、清潔にしていたとしても、前回体を洗ったのが数時間前などであれば、匂いは出るものか。

 それにこの少女は、失礼だが清潔にしているとはいえない。何せこんなボロを着ているのだ。見た目からしても汚れているし、少なくとも全くの匂いがしない状態だとはいえないだろう。

 それなのに匂いがしないということは、臭い消しの類か?
 その場合、なぜそんなものを使っているのか、という話になるが……

「違う違う。全く匂いがしないのよ。普通はお水じゃなくてお湯と石鹸でゴシゴシ皮膚が抉れるくらいに洗ったところで、多少なりとも匂いが残るんだけど、この子はそのまんまの意味で『匂いがしない』のよ。ぶっちゃけ、幻を見てるんだって言われた方が納得できるくらいね。臭い消しを使ったってあそこまで嗅げばもうちょっと臭うもんよ」
「……だが、触れているのだから幻術などではなかろう?」

 あるいはゴーストなどのアンデッド系の存在の可能性もあるが、この少女はどうみても生きているし、そこに実在しているようにしか見えない。

「そうなのよねー。触れてるし体温はあるし……言葉ってわかってる?」

 その問いかけに、少女は相変わらず喋りはしないがこくりと頷いた。

「でしょー?」
「なんにしても、匂いをたどるのは不可能ということか」

 だが困った。そうすると、どうやってこの少女の保護者、あるいは家を探したものか……。

 そう思いながら視線を少女へと向ける。
 ボロを纏った見た目に反して匂いがしないという特殊な少女。無表情で喋らず、肌の色も病人のように青白い。
 どう考えても普通の少女ではなく、能力はあっても一般人である俺達がどうこうするには些か手に余る予感がする。

 普通ならば衛兵に預けるところなのだが、本人が衛兵は嫌だというのだからどうしようもない。
 それに加えて、なんとなくではあるが、この少女を衛兵に預けてはいけないような不気味な感じがした。
 そんな曖昧な感覚で物事を決めるのはどうかと思わなくもないが、どうしても無視できない感覚なのだ。

「うん。もういっそ、肩車でもして町中を歩いた方が早いんじゃないかなー、って思ったりするんだけど?」
「肩車? 俺がか?」

 確かにそれならば周りの人混みに紛れずに目立つだろう。共に街中を見てまわれば、この少女が知っている景色に遭遇することができるかもしれない。
 だが……それを俺にやれというのか?

「意外に誰がやんのよ。私がやると思う?」
「……やらんだろうとは思うが、やったら存外似合うかもしれんぞ。面倒見の良い姉のようではないか?」
「え、そうかな?」
「ああ。嘘だと思うのならモノは試しだ。やってみるといい」
「わかったわ! というわけで、そこのあなた。ちょろっとこっち来なさいな!」

 俺の言葉を聞いてなんだか楽しそうな様子で少女を呼び、少女の後ろから少女の股の間に頭を通していった。
 ……これは、血縁でもない男がやると明らかに問題になる行いだな。

「よいしょっと。どうどう? よく見える?」

 少女を固定した後、ゆっくりとたちあがったスティアは少女へと問いかけ、少女はその問いかけにこくりと頷いた。
 だが、確かに周りよりも高くはなったが、それでもスティアの身長が普通の女性と同程度しかないため、精々が頭ひとつ分程度といったところだろう。
 だが、銀の髪という珍しい色をしているため、頭ひとつ分程度の違いであっても目立つだろう。

「そう? ならこれでいこっか」

 しかしそんなことは気にならないようで、スティアは楽しげに笑みを浮かべた。

「楽しそうだな」
「うん! 妹がいるみたいで楽しいわ!」
「そうか」

 まあ、肩車をしているということで近くにいる者の目を引くことはできているのだから、何もしないよりはマシだろう。

 そうして俺達は少女の親を探すために歩き出した。

 ——◆◇◆◇——

「んん? あれ? 坊ちゃんか?」

 市場の周辺を歩いていると、不意に声がかけられた気がしてそちらへと振り返った。

「ん?」
「お、おお! まじかよ。まじで坊ちゃんじゃねえか。なんだってこんなところに……って、そういや追い出さ——あー……あれだ。なんだ。えー、その……」
「お前はどこかで見た顔だな」

 振り向いた先には、ただの平民にしては少しばかり身綺麗な様子の男が立っていたのだが、誰だったか。みたことがあるような気もするし、声も聞いたことがあるような気もするのだが、全く思い出せない。

「あ……へい。『三叉路』の使いっ走りやってるアッドです」

 ああ、そこの職員か。であれば見覚えがあって当然か。

 三叉路とは、俺が出資していた商会だ。父や家の意思に左右されずに動かせる手が欲しかったので、自分専用の商会を作ったのだ。
 だが、ただの商会ではなく〝万が一〟の場合に自由に動かせる存在として求めていたため、集めたのは普通の人材ではなく、裏の者達だ。

 裏と言っても暗殺ギルドなどではなく、ただちょっと地元で縄張りを持ってた不良やごろつきの集まった弱小裏ギルドだが。もはやギルドというよりも、不良グループといった方が近いような規模だ。

 そんなギルドを、色々とあったが丸々一つ手に入れ、それをそのまま商会へと変えた。奴らとて、真っ当に生きる道があるのならそちらを選ぶものだ。選ぶ余地がないから裏に染まっているだけで。
 最初はそれなりに苦労もあったが、今では俺が手を入れることもなく勝手に商売をして大きくなっている。

「そうか。この街にも出しているとは聞いていたが、まさか商会の者と会えるとは思っていなかったぞ。……ああ、少し待ってろ。勝手に離れるなよ」
「そんな子供扱いしないでくれる?」

 少女を肩車したままのスティアに少し声をかけてから再びアッドへと向き直った。少し心配ではあるが、少女という枷がある今はそれほど無茶をやらかさないだろう。

「うちは新興なもんでここまでは手が出ないんで支部とかはねえんですけど、それでも馴染みの相手くれえはいるもんでして。今回は商会長から手紙を持ってきてんです」
「真面目にやっているようで何よりだ」
「へい。坊ちゃんに拾われ、ここまでこれた奇跡を無駄にしねえためにも、全力で励んでます」
「ふっ。お前達を拾ったのはただの個人的な思惑と、偶然だ。今お前達が商会として順調に進んでいられるのは奇跡などではなくお前達の努力の結果だ。胸を張れ。これを奇跡と言うのなら、その奇跡はお前達が引き寄せ、掴み取ったものだ」
「そんな! 俺達はあんたがいたからっ……! ……ありがとうございます!」
「ああ。これからも励め」

 目を潤ませながら頭を下げてきたアッドを見て、昔見つけた時との違いに自然と笑みが溢れた。

「はいっ!」
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