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二章
聖剣と貴族狩り
しおりを挟む「それで、これからについてだが……本当に使節団に合流はしないのか?」
「しなーい。平気平気。少なくとも、あんたがなんかしら罪に問われることはないわ! ……多分?」
「不安しかない言葉ではあるが、仕方ないか」
どうせここで何を言おうという通りにすることはないのだ。であれば、言ったところで無駄であり、こいつを使節団と合流させるためには俺が勝手に動くしかない。
だが、それにしても王女が旅に同行か……随分と予想外のことが起こるものだ。元々予定が決まっていたわけではないが、それでも流石にこんなことになるとは思ってもみなかった。
「しかし、改めて言うがこちらも予定など決まっていないぞ。精々が次に行く場所が決まっているだけだ」
「いいのよそれで。風の向くまま気の向くまま、好きにだらーっと生きればいいの。世界はとっても広いのに、自分で道を制限してちゃつまんないじゃない。道を定めて歩くんじゃなくって、歩いた後に道ができるものなのよ。気楽に楽しくいきましょ」
そう言い切れるこいつは、本当に羨ましい性格をしている。いつかは、俺もこいつのように楽しんで生きられるようになるだろうか?
「と言うわけで! 私はもう寝るから!」
「おい」
「うへへ~。お城のベッドよりも圧倒的にしょぼいけど、あの洞窟の地面とか縛られたままの状態よりは断然寝やすいわね~」
話の途中だというのにも関わらず寝床に横になったスティア。
まだ話があるのだと呼び止めたが、そんな俺の呼びかけを無視し、スティアは楽しげに笑いながら目を閉じた。
「すぴー」
「……流石に寝るのが早すぎるだろ」
まだ目を閉じてから二十秒と経っていないぞ。良くそれだけ早く寝ることができるな。もはや寝ているというよりも気絶していると言った方が近いのではないか?
「これでは交代で不寝番を立てるわけにはいかないか」
宿を提供してもらったが、出会ったばかりの他人を完全に信用することなどできず、できることなら俺とスティアで交代して起きていたかった。まあ、スティアの性格からして無理だろうなとは思っていたが。
最低限何かあっても対応できるように、俺は窓にマントを挟み、扉の下にマントを噛ませて開かなくする。
「これで最低限の安全は確保できるだろう」
マントが動けばその動きを把握することができる上、いきなり窓や扉が破壊されて攻撃を受けても、マントで軽減されるだろう。何せ、そのマントはテーブルクロスと揶揄されるほど薄いが、そこには俺のこれまでの研鑽の全てが込められているのだから。
細工を施して満足したあとは、一度深呼吸をしてから俺も眠りにつくことにした。
「何もなし、か……」
翌朝、起きて部屋の状態を確認してみたが、俺が眠りについた時と変わったところはなかった。
「だから心配しすぎなのよ。襲われるだなんて、そんな危ないことそうそう起こるもんじゃないでしょ」
「攫われた奴が何を言っても説得力はないな」
確かにスティアの言うように何もなかったわけだが、それはあくまでも結果論だ。何かあるかもしれない、と最悪を想定して備えておくことは間違いではないはずだ。
「攫われたからこそ言ってんのよ。一度攫われたんだし、似たようなことはそんなすぐには起こんないでしょ。多分」
「……なんにしても、何もなかったのは良いことだな」
「それはそうね。ま、何にもないんだったら早く居間に行きましょ! 朝ごはんを逃すわけにはいかないわ!」
寝起きの髪を整えることなく堂々と部屋の外へ出ていったスティアを見てため息を吐きつつ、俺もその後を追って部屋を出て行った。
「世話になったな」
「いえいえ。賊の退治など、普通なら銀五枚などでは足らんでしょう。その礼だと思っていただければ」
「最低報酬額には足りている。そのことに心苦しさを感じる必要はない」
昨日の夕食に引き続き朝食までいただいた俺達は、その後は村にとどまることはせずにすぐに出ていくことにした。
もう少しゆっくりしていっても、と言われはしたが、それは断った。
元々この場所で泊まるのは予定外のことだったし、今は少しでも早く大きな街に行ってスティアの安否を伝える手紙を出すなどの処理をしてしまいたい。
何せ、今は王女様が行方不明になっている状態なのだからな。無駄に連絡を遅らせる意味もない。
「最後に一つだけご忠告を。『貴族狩り』にはお気をつけなされよ」
だが、俺達が出発しようとした直前になって、村長は少し不安げな様子を見せながらそう口にした。
「貴族狩りだと? なんだそれは」
「へえ、最近……最近といっても一年ほどは経ってるかと思いますが、この近辺で貴族を暗殺している者がいるという話があるもんです。あなたは貴族ではないとのことですが、その風貌が〝らしい〟もんですから、間違えて襲われる可能性は十分に考慮しておくべきでしょう」
「貴族を殺したとなれば指名手配されるはずだが、捕まっていないのか?」
「それが、素手で鎧をつけた兵士を投げ飛ばす怪力と、馬みたいな速さで逃げ回るってことで、とんと捕まらんようです」
それだけの力を使えるということは、魔創具が使えるのか? でなければ貴族殺しなどという無茶をやらかそうと思うまい。最低でも魔法を収めているな。
今の俺は貴族ではないが、その見た目や振る舞いは貴族に相当するものだと言う自覚はある。もしその『貴族殺し』が事前の調査をしっかりと行なってから行動するのであれば問題ないが、〝貴族らしき存在〟を無差別で殺しているのであれば、俺もそいつに遭遇する可能性は十分に考えられるだろう。
「噂では、どこかの貴族が持っている聖剣を狙っているとか」
聖剣とは、かつてなんらかの活躍をした英雄や偉人が使っていた魔創具のことだ。
通常、魔創具そのものを残しておくことはできない。何せ、英雄が使用していた魔創具というのは、大抵が使用者が死ぬと解除されたり、一定の距離を離れると使用者の元へと戻ってきたりするという効果が込められているからだ。
本人が死に際にわざと残した場合は別だが、そんなことをする者は珍しい。何せ、残してしまえば自身は魔創具を使うことができなくなってしまうのだから。英雄と呼ばれるような存在であっても、敵はいる。にもかかわらず魔創具がなくなれば、殺されるのを待っているのと同じだ。故に、そう簡単に魔創具を残しておく者はいない。
あるいは、残そうと思っていてもその前に死ぬ者もいる。英雄とは、戦の中で生まれるものであり、その大半が別の戦の最中に死ぬのだから。
そういった理由で容易に残すことはできないが、少し工夫をすれば自身の魔創具を失わずともあらかじめ残しておくこともできるのだ。
魔創具とは紋血を用いて自身の体に紋様を刻む際、魔創具を構成する素材を自身の体に取り込み、その素材を用いて魔創具を生成するものだ。
だが、最初に取り込んだ素材以外にも、そこらにある鉄や布を媒体として魔創具を使用すれば、魔創具を作ることができる。
故に、英雄の武器を残させるために素材を揃え、それを取り込ませるのではなく普通に錬金術を使わせればいい。そうすれば魔創具と同じ効果を持った魔創具ではない武具——聖武具ができる。
やろうと思えば、俺であっても作ることはできるだろう。
……とはいえ、俺の場合はマントとフォークしか作れないがな。
それはさておき、聖剣は正確には聖〝剣〟ではなく、聖〝武具〟と言う方が正しいのだが、語感の問題か〝武具〟と言うよりも〝剣〟といった方が強そうなイメージを浮かべやすいからか、一般人の間では剣も槍も盾も籠手も〝聖剣〟と呼ばれることが多い。ペンや鎧などの明らかに武器でないものは別だがな。
まあ、聖剣の方がかっこいいと感じるのは理解できなくもない。御伽話の勇者の武器も、英雄譚の冒険者の武器も、広まっている話の武器は大抵が剣だし、騎士というわかりやすく『かっこいい戦力』が持っているものも剣だ。実際の戦では槍を使うこともあるが、イメージとしては〝剣〟と言うものは特別なのだ。
あとは、王家が聖剣を持っているのもあるだろう。国のトップが持っているものが剣なのだから、それに合わせて、ということだ。
そういった理由から、一般的には聖武具ではなく〝聖剣〟と呼ばれる。
ただし、そんな聖剣——聖武具だが、作るにあたって幾つか問題がある。
まずは英雄達が使っていた武具と同じ素材を揃えること。同じといっても、ただ素材の名前が同じであればいいと言うものではない。その品質まで全く同じと言えるほどのものを用意しなければならず、鉱物であれば比較的楽だが、生体素材を用いる場合は全く同じと言うのも難しい。何せ、育ち方が違えば素材の質も変わるのだから。
第二に、英雄に再び魔創具を作れるほどの能力が残っているのか、だ。
英雄と言っても、七十八十を過ぎて生きている者は、昔と同じように能力を発揮する、と言うことが難しい。魔力の操作も、錬金物の構成も、若い時に行ったものとは違う結果となることはよくあることだ。
そして一番重要なのが、そもそも自身の魔創具を複製することを承諾するのか、と言うことだ。
何せ、自身の相棒や半身とも言えるような道具だ。それのコピー品……パチモンを世に出すと言うのを嫌うものはいる。
加えて、自身の魔創具と全く同じ道具を用意すれば、自身の強みがなくなってしまう。それでは自分は不要な存在として追い落とされるのではないか、殺されるのではないかと思う者もいるのだ。
故に、魔創具の複製——聖武具の生成を行うものはほとんどいない。
それでも中には自身の武器を残すことで後世のためになるのならば、と複製を作り、その上でオリジナルすら手放すお人好しもいる。
だが、それらはその英雄が生まれ育った生家で保管することが多い。先ほどいったような幾つも聖武具を作るようなものは別だが、一つだけしかないものは、各家で保管されている。
聖武具を持っている家は有名な家もある。一番有名といったら、やはり先ほど言ったように政権を保有している王家だろう。
王家には、自身の命を代償として力を手に入れる聖剣が存在している。命と言っても寿命が削れるくらいだが、それでも十分に危険な代物だ。
なんでも、過去に国が危うくなった際に王族の一人がその魔創具を作り、敵を退けたとか。そんな伝承が残っており、その聖剣は代々国王に引き継がれている。
王家以外にも、いくつか聖武具を保有している家はある。だが、中には秘密にしたままの家もある。
故に、過去に武勲を立てた英雄、あるいはそれに迫る力の持ち主がいた家は、隠された聖武具があるかもしれないと考えられ、そう簡単に手出しはされない。
武力的にはもちろんだが、政治的、経済的に追い詰めてその聖武具を持ち出し自暴自棄になって暴れられても困るから。
そのため、基本的に爵位が上の者の方が立場が上なのだが、そういった家に対してはあまり強く出られない。恨みを買って聖武具で殺されたくはないからだ。
もっとも、聖武具があって爵位も上の者はそれなりに好き勝手やっているが。
ちなみに、トライデン家には聖武具はなかった。当主全員が『トライデント』を使用できたこともあるが、まあ、全員が自身の武器を、あるいは誇りや栄光を手放したくなかったのだろう。貴族などプライドで生きているようなものだからな。貴族の頂点とも言える公爵家ともなれば、そのプライドもかなりのもの。わからなくはない。
「聖剣か……王家が一つ所有していたな。他にも幾つかの家が同様のものを保管していたはずだが……確かにそれであれば貴族を狙うのもわかるな」
だが、今のところ聖武具もちの家が襲撃された、などと言う噂は聞かない。だからこそ俺は『貴族狩り』の存在を知らなかったのだ。流石に聖武具持ちの家が襲われていれば、把握している。
となると、公にはなっていない隠された聖武具を奪いにいったと言うことになるのだが、そんなことができるのか?
確かに一つの家の聖武具の存在を知り、それを奪いに、と言うのであれば理解できる。だが、聞くところによると一つの家だけではなくいくつも襲われているようだ。それだけ多くの家が聖武具を保有していた? ……あり得んだろう。
加えて、聖武具が奪われた、と言う話も聞いたことがない。隠されていたのだとしても、奪われた後は保有していたのだが、という話くらい流れてもおかしくない。
弱みを見せないためにも、奪われたことを隠す家もあっただろうが、全ての家がそうではないはずだ。
にもかかわらず、『貴族狩り』の噂も、聖武具が奪われた噂も聞いたことがない。
そもそも、聖武具が欲しいだけならば『貴族狩り』などと呼ばれるほど派手にやらないのではないだろうか? もっと密やかに盗み出すものだと思うのだが……
「……なるほど。感謝する」
今は理由がわからないが、どのような理由であったとしても、『貴族狩り』などと呼ばれるような存在がいるのであれば警戒しておいて損はない。
「いえいえ、こちらこそ、近くに住み着いた賊を処理してくださってありがとうございました」
再度村長から礼を受け、俺達は次の街へ向かうべく村を後にした。
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