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一章

主と従者(仮)

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「うわあああん! やだああああ!」

 とりあえずどかして、拭いたり着替えたりとしようと思ったのだが、スティアは泣き叫びながら俺の道に足を絡ませて全力でしがみつき始めた。

「おい、何を……いやまずはどけ」
「うえええええええん!」

 混乱しているのだろうが、退いてもらわないことには何もできないのでスティアの体を掴んで引き剥がそうとした。
 だが、スティアは余計に鳴き声を大きくし、抱きつく力を強めてしまった。

「どけと、言っているのだっ。泣いていても解決などしないだろうがっ!」
「だって、だってしかたないんだもん! わたしだってがんばったんだもん! こんなところにつれてこられて、がまんしろっていわれて、がまんしたんだもん!」
「わかったからどけっ……あ、おい! 何故更に抱きつく!」
「みないでええええっ!」
「見なければどうしようもなかろうが!」
「やあだあああああっ!」

 その後、なおも泣き叫び、抱きつき続けるスティアを宥め、外すことができた。
 獣人の全力の抱きつきに骨が折れるかと思ったが、なんとか解放されて一安心だ。

 抱きつきから解放された後は、一旦外に出て近くにあるという小川を探し、二人して服を着たままその川の水を全身に浴びた。

「——さて、俺もお前も、〝賊の返り血やその他の汚れ〟を落とすことができたのだ。もう問題はなかろう?」

 小川のはたで焚き火をし、服を乾かしながら近くに座る。
 だが、火を囲んで座っているものの、お互いに顔を合わせたりはしない。

 幸い俺は替えの服を持っていたので着ていた服を脱いでも問題なかったが、スティアは攫われたという状況からして仕方ないのだが、着替えを持っていなかった。

 そのため、現在のスティアは服を全て脱いで全裸となり、その上から俺が出したマントを羽織っているという状況だ。
 野外で全裸となりマント一枚というのはなかなかに変態的な行いではあるが、仕方ないのだ。
 普通の令嬢であればこのような状況は受け入れられないどころか失神する者もいるかもしれないが、そこは獣人であるスティアだ。
 もとより薄着で生活し、二の腕や腹などの肌を見せることに対して拒否感を持たない種族であるため、恥ずかしがってはいるものの文句を言うことなくマントを受け取り、羽織っている。

「………………うん。……言っちゃダメだから。命令なんだから」
「ぐっ……わかっている」

 首輪の効果で命令されるのは気に入らないが、今回の件については仕方ないと納得するほかないだろう。もとより言いふらすつもりもないのだが、それで安心できるというのならこの程度は受け入れよう。

「……しかし、これをどうしたものか」

 今の命令については受け入れたものの、だからと言っていつまでもついたままでいいというわけでもない。
 できる限り早くこの首輪を外してしまいたい。

「外せないの?」
「いや、魔法具師の元へと行けば解除できよう。だが、状況から考えるとこの首輪は最上級のものだった。であれば、解除できるのも最上級の技師となる。そんな者が、そのあたりの街にいるとは思えん。一国の首都であればいるだろうが……」

 今の俺は半ば逃げ出したようなものなので、再び王都に向かうというのは少々憚られる。
 他に手段がないのであれば仕方ない、行くのだが、できることならばそれは最後の手段としたい。

 だが首都に行けないとなると、ではどこで、となるのだが、地方の大きな都市でも探せばいるだろう。
 あるいは、知り合いにいる傭兵や商会に探してもらうか、か。

 どちらにしても、今ここでできることはない。最低でもどこかの町に行かなければ動きようがない。

「じゃあ決まりね! 私と一緒に探しに行けばいいのよ!」

 何が決まりなのかわからないが、スティアは四つん這いになりながら、ぐいっと身を乗り出しながら楽しそうに言い放った。

 その動きに釣られてついそちらへと視線を向けてしまったが、乗り出してきたことで羽織っているマントが揺れ、その奥にある肌色が見えてしまったことで顔を背けた。

「なんでそんなに顔顰めてるの?」
「……なんでもない。だが、お前は仮にも王女なのだろう? もう少し自身の振る舞いというものを気をつけるべきだと思うぞ」

 貴族として生活していた時では考えられないような無防備さを前に、どうしていいのか戸惑う。

 スティアの振る舞いに対して一度息を吐き出すと、頭を切り替えて話を続ける。

「それから、お前は王都に向かえ。元々攫われてここにいるのであろう? 他国から来たただの旅人というわけでもないのだ。好き勝手に動くことはできん。ここはできる限り早く安否を報せ、使節団と合流するのが——」
「……私と一緒に旅をしなさい!」

 至極真っ当なことを口にしていたつもりだったのだが、その言葉の途中でスティアは唇を尖らせてつまらなそうにし、いきなり命令をしてきた。

「ぐっ……おい。変な命令はしないと言っていなかったか?」
「変な命令は、でしょ? 変じゃないもーん。従者が王女についてくるっていう、真っ当な命令でしょ?」

 誰がお前の従者だ阿呆が。
 首輪の強制力に逆らいながら、スティアと共に旅をするという事に反論すべく口を動かす。

「俺はお前の従者ではない上に、お前にはやるべきこと、行くべき場所があるのではないのか? 使節団補佐官」
「まあそうなんだけどさぁ。どうせ大してやることないし、お姉ちゃんがメインだし、結婚相手を探せって言われてもねえ? あと、私ろくに外出たことないし、いい機会だから見てみたいのよねー。そこにほら、案内人が手に入ったじゃない? これはもう、神様が私に言ってるのよ。こいつと一緒に旅しなさい、ってね」

 やることがないからといって好き勝手動き回っていいものでもないだろうが。

 それに、やることがないと言っているが、結婚相手を探すということは、今後の国の付き合い方に関わることだぞ? やることがないわけないだろ。

 加えて、案内人といったが、俺は誰かを案内できるほど地理に詳しいわけでもない。自領や王都周辺であれば多少は把握しているが、全てを知っているわけでもないし、こんな離れていれば全く知らないといってもいいほどだ。

「俺も旅に出るのは初めてだからろくに知っているわけではないぞ」
「いいのいいの。わかんないからこそ楽しいんでしょ。珍事も惨事も慶事も、全部ひっくるめて楽しめばいいのよ。ね? 楽しみましょ!」

 俺が何を言おうと諦めるつもりはないようで、俺はため息を吐くことしかできなかった。
 流石にこの程度の命令で死を覚悟して首輪の破壊を狙うのは迷うところではあるし、旅をすれば解除方法が見つかる可能性はあるのだから、そう悪い命令でもない。いや王女を連れて回るだけで〝悪い〟と思えることなのだが、命令に逆らい続けながら動くよりマシだ。

「……はあ。最低限、手紙くらいは出しておけ。安全だと報せなければ、向こうは心配し続けることとなり、最悪の場合は戦争となるぞ」
「え、戦争って……まじ?」
「当たり前だ阿呆が。補佐官とはいえ、王族であり国の代表が襲われ、行方不明となったのだ。外交問題になるのは当然のことであろう」
「え~……流石にそれはいやよねぇ」
「手紙を出した後、すぐに首都へと向かうのが最も良い手段だと思うが……」
「い・や」
「……だろうな。故に、手紙だけは出しておけと言っているのだ。安全が確保できており、自身の意思で動き回っているのだとなれば、決定的な問題にはならんだろう」

 とはいえ、スティアからの報告だけでは心配なので、一応こちらでも逐一報告はしておくか。
 そして、連絡をとって人を寄越してもらい、スティアを回収させる。そうすれば、流石にスティアも旅をやめて連れ帰られるだろう。
 もっとも、その際に首輪がついたままだとまた命令されて「私を連れて逃げなさい」とでも言われる可能性があるので、できることならば首輪を解除する手段に手が届いてから回収がやってくるのが理想だな。

「はーい。りょうかーい。んじゃあ——はい」
「ん? どうした?」

 返事をしたスティアが俺に向かって手を差し出してきたが、どう言う意味だ? 何かを寄越せと言っているように見えるが、何を求めているのか全くわからん。

「どうしたって……紙ちょうだいよ。ないと手紙書けないじゃない」
「……」
「あ、後ペンとインクも。……あ、インクは血でいっかな? その辺にあるし」

 攫われた王女が血なんかで手紙を書けばそれこそ問題になるだろうが。それが本人の血でないにしても、受け取った側にはそれはわからないのだから、無駄に驚かせて問題を大きくするだけだ。

「待て、用意する。だが、どのみちここで書いたところで送ることはできないのだから、ひとまずは近場の街まで向かうぞ。手紙なら、そこで一旦休んでから書いて出せばいい。お前とて、このような野外よりも、宿の方が良いだろう?」
「あー、まあそうねー。それじゃあ手紙はその時でいっか。それじゃあしゅっぱーつ!」

 そう言ってスティアは立ち上がり歩き出したのだが今の俺たちの状態……と言うよりも、自分の格好を思い出せ。

「待て阿呆。そのままの格好で森を歩くつもりか? お前に露出癖があるのであれば気にならんかもしれないが、俺と歩く間はやめろ」
「ろっ、ろしゅちゅへきなんてないもん! これはあれよ。ちょっとド忘れしてただけなんだもん!」
「野外で服を着ていないことを忘れるのもどうかと思うが……まあいい。そろそろ着れる程度には乾いただろう。服を着ろ」

 そうして、スティアはいそいそと木の陰で着替え、こちらに戻ってきた時には捕まっていた際にきていた服へと戻っていた。

「はいこれ。ありがとね」
「いや、それはそのままお前が使っておけ。どうせマント一枚なくなったところで問題などないのだ。そんな格好では目立って仕方ない」

 着替えを終えたことでマントをこちらへ返してきたスティアだが、俺はそれを突き返した。
 何せ今のスティアの格好は、王女であるにも関わらずかなりの薄着だ。砂漠の国の踊り子と同程度の布しかない。その上、使っている布も装飾も王族に相応しく豪華なのだから、どう見ても一般人ではないとバレる。
 この国でそんな格好をしていれば嫌でも目立ってしまい、それは王女を連れている俺としては避けたいことだ。

 それに、渡したマントは俺の魔創具で生み出したものなんだから安全面に関してはそこらの防具よりも上だ都自信をもって言える。
 仮に勝手に持って行かれたとしても後で回収すればいいし、場所もわかるから万が一攫われた時にも対応できる。
 そう言った理由から、スティアにはマントを身につけてもらっていた方が良いのだ。

「そう? それじゃあ貰っとくわね。んでは! 今度こそしゅっぱーつ!」
「ああ。……わかっていると思うが、余計な命令をするなよ」
「もー、わかってるってばー。そんなに私のことが信用できないわけ~?」

 できないな。できる要素がどこにもない。今までのお前の行動を振り返ってみろ。

「……はあ」

 だが、言ったところで無駄だと理解しているので、俺はため息を吐き出すだけ終わらせ、歩き出した。

「それじゃあ改めて、これからよろしくね!」
「ああ。ほんの短い間だが、同行しよう」
「え~。まだ短いかどうかわかんないじゃーん」
「短いに決まってる。お前のようなものと長く付き合っていられるか」
「も~、照れちゃって~……ぎゃあああ!? 目があああ!?」

 ニヤニヤと癪に障る笑みを浮かべていたスティアの眼前に、光の魔法で球を発生させてやった。

「調子に乗るな、阿呆が」

 それほど光量は強くないが突然の光を直視したことで、スティアは目を押さえながらのけぞっている。
 そんなアホな少女を見ながら、俺はふっと笑いをこぼしてから歩き出した。
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