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一章
獣人の国からの使節団
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——◆◇◆◇——
・獣人の王女、グラージェス
私は獣人の国『ネメアラ』の王族として、人間の国『リゲーリア』へと使節団の長を任され、現在はおよそ二百の文官武官を引き連れて馬車に揺られています
王族の移動としては少ない数と思われるかもしれませんが、これでも多い方なのです。私達にとっては、ですが。
相手としても、多く引き連れていけばそれだけ手間がかかるでしょうし、少なくて嫌がられることはないでしょう。
私達獣人の間では、鎧を着込んだり護衛を多くつけたりするのは怯えている証だとされ、嘲りの対象となり得ます。ですので、基本的に薄着の者が多いですし、堂々と振る舞うことが求められるのです。
それは王族であろうと同じこと。護衛も最低限しかつけません。全くつけない、ということは流石に立場を考えるとできませんが。
服もそう。装飾がついて煌びやかではあるものの、腕、脚、腹、背と、露出した服が基本となっていますし、今も着ています。
もっとも、それが人の国でははしたないと言われることがあるのは理解しているので、今回は首都に着く前には着替えることとなりますが。私としては、私達の服は可愛らしいと思うのですけどね。強いて欠点挙げるのなら、寒いことがあるくらいでしょうか? 何せお腹が出ていますし。
それに、そもそも私達には服など邪魔にしかならないのです。着ないわけにはいきませんが、いざという時にはどうせ邪魔になるのだから初めからなくてもいいではないか、と。そうなるわけです。
なので、大体が胸と腰を覆っておしまいです。それだけでは飾り気が少ないので、今の私は透けるほど薄い布を使ったヒラヒラとした服を着ていますが。
今回同行している兵士達も、兵士として最低限革鎧を身につけていますが、おそらく着たくないと思っている者もいることでしょう。
「ふふふ……」
そんな使節団ですが、私の乗っている馬車の中には私以外にももう一人女性が乗っています。女性、といいますか、端的に言えば妹ですね。
「なんですか、スティア。そのような不気味な笑みを浮かべて」
この子は少し……いえ、だいぶ変わっており、こうして笑みを浮かべていた後はなにかしらをやらかすのです。今回も何か行動を起こすつもりなのかと不安にならざるを得ません。
「あら、失礼しましたわ」
「……あなたはまた何を企んでいるつもりですか?」
私に口咎められたことで、上品に口元を押さえて笑みを浮かべましたが、そのせいで余計に不安が大きくなりました。何せ、この子は普段このような喋り方をする子ではないのですから。
「企む、ですか? そのようなことはありませんわ、お姉様」
「そうでしょうか? あなたがそのように畏まった態度をしている時は、何かをやらかそうとしているのだとこれまでの経験で学んできましたが?」
「いや待ってよ。今までのはちょっと手違いというかね? ……あ、じゃなくて。こほん」
自身の思い描く良き王女像へと擬態しても、すぐに素に戻ってしまうところは可愛らしいと思います。明らかにおかしいと気付かれているのに、それでも頑張って取り繕おうとしているのですから。
ある意味獣人の王族らしいと言えますが。何せ、王である父が取り繕うことができない方ですし。その娘と考えれば、頷けるものでしょう。
もっとも、だからと言って不安がなくなるわけでもありませんが。
「今回私達はこの国へ友好のための使節団としてやってきたわけでしょう?」
「そうですね。以前より決まっていましたし、すでに二週間ほど前には先触れの者が王都にたどり着いているはずです。ですので、何か騒ぎを起こして遅らせるわけにはいかないのです。わかっていますか?」
今回私達がやってきた理由は、ネメアラとリゲーリアの友好のためです。昔はお互いに違う人種であることや地理的な問題で争っていたのですが、今では数年に一度お互いの国から代表を送り合い同盟を結んでいます。
もっとも、どちらの国にもそのことに反対する者もいますので、同盟は不動というわけでもありませんが。
なぜ争っていたのに同盟を結ぶようなことになったのかと言ったら、過去の災害が原因です。
私達の暮らしているこの地は、幾つもの国が存在しています。
大雑把な地理としては、天山と呼ばれる大きな山を中心とし、その南にリゲーリアがあり、山の南東にネメアラが存在しています。
当然ながら他にも国はありますが、問題なのはその大きな山——『天山』です。
そこには十数年前まで魔物を統べる王が存在していました。いわゆる『魔王』ですね。
魔王とは、魔物が住んでいる土地の中で戦い、勝ち続けた個体のことを言いますが、勝ち続けた個体は特殊な進化をし、新たな能力を獲得します。
正確には、獲得というよりも、存在そのものを変質させるとのことなので、生まれ変わると言った方が正しいですが。時には人の言葉を解する存在も生まれるようです。
その魔王ですが、現在でこそリゲーリアもネメアラにも発生はしていないものの、いつまた生まれてもおかしくありません。
流石に天山の魔王ほど強力なものはそうそう生まれることはないでしょうけれど、それでも全くないとは言い切れず、平均的な力しかない魔王であったとしても街の一つ二つは容易く滅ぼすことができてしまいます。
魔王の中でも一際強力だった天山の魔王。天山の周辺の国々はその対処で必死でした。それは私達ネメアラも、ここリゲーリアもそうです。
その事態に対処するために、私達は同盟を結んだのです。
同盟といっても、魔王に対する処置と不可侵だけで、他の国に攻められたり魔王以外の災害の場合はなにもありませんし、お互いの国に対して特別便宜を図ったりなどもほとんどありませんが。元々争っていたことを考えれば、まあこんなものでしょう。
そしてその結果魔王は倒されましたが、その被害は甚大でした。回復するためには何年何十年もの時間が必要とされたのです。
とはいえ、当時から時間が経ったこともあり状況はそれなりに安定し、これからのことに見通しがついてくるようになりました。
何事もなければ、ネメアラもリゲーリアも、十年以内には魔王による被害も元に戻ることでしょう。
——故に、現状ではいつ同盟が切られてもおかしくないとは思っています。
魔王に対する同盟など、もうすでに意味はなくなっているのですから。
まあ、だからこそこうして使節団を送りあっているわけですが、どちらかが裏切れば、それがすぐにわかるようにと。相手の国の状況を確認できるようにと。
しかし、警戒はしていますが、できることならば戦争など起こってほしくない、というのが上層部の考えです。少なくとも、ネメアラの王族は戦争を求めてはいません。
そういった理由で、いつ同盟が破棄されてもおかしくないので、スティアに問題を起こされては困るのです。その問題の大小に関係なく、それをきっかけとして騒ぐ者が出かねませんから。
「わかってるってば、もー。話をちゃんと聞いてよ!」
「……まあ、いいでしょう。話しなさい」
話を聞くにしてもその内容に不安を感じますが、話を聞かないというのも不安が残ります。どちらがマシかと言ったら、聞いたほうがマシでしょう。
「まったく、失礼しちゃうわね。……えっと、どこまで話したっけ?」
「まだ何も話していませんね」
「あれ? うーん、まあいいや。えっと、今回私達は使節団としてやってきたわけだけれど、使節団って、要は国の代表ということでしょう?」
「ええ。私達ネメアラと、リゲーリアの友好のための使者です。例年のことなのでそこまで何かをするということもありませんが」
「でも! だとしても、私が! 代表だということは変わらないでしょう?」
「正確には私が代表ですね。あなたはその補佐であり、意味合いとしては顔見せという理由が大半です」
今回の使節団ですが、そのトップは王族である私です。これは当然のことでしょう。
しかし、今回は王族であるスティアもおり、その扱いをどうするか悩んだ結果、使節団代表補佐官として私のそばにいてもらうことになりました。目を離すとなにをしでかすかわかりませんから、そばに置いておくのが一番安心なのです。
では、なぜそんな不安要素を今回この旅に連れてきたのかというと、スティアにはきてもらわなくてはならない理由があったからです。
「補佐でも代表! 今まで厄介者扱いされていたけど、こうして代表に選ばれたってことは、少しは認めてくれたってことよね!」
「……あなたはまた、何を聞いていたのですか? 出発前に今回の役割について話をしたでしょうに」
もっとも、本人はその『理由』について全く理解していないようですが。……はあ。
「え? だから代表でしょう?」
「先ほども言いましたが、あくまでも代表補佐であり、それとて姫であるあなたをただの同行者とするわけにはいかないためにつけた役職です。肩書きがなければ色々と問題が出てきますからね。そして、あなたが来た目的の大半は〝顔見せ〟だと言ったではありませんか。その顔見せの意味を理解していますか?」
「ええ、もちろんよ! 顔を合わせて仲良くしましょうね、ということでしょう?」
「……間違ってはいませんが、致命的に間違っている気がしてならないのですが……」
仲良くする。確かにその言葉は間違ってはいません。ですが、そこに込められた意味が私達とスティアで異なっているのは気のせいでしょうか?
・獣人の王女、グラージェス
私は獣人の国『ネメアラ』の王族として、人間の国『リゲーリア』へと使節団の長を任され、現在はおよそ二百の文官武官を引き連れて馬車に揺られています
王族の移動としては少ない数と思われるかもしれませんが、これでも多い方なのです。私達にとっては、ですが。
相手としても、多く引き連れていけばそれだけ手間がかかるでしょうし、少なくて嫌がられることはないでしょう。
私達獣人の間では、鎧を着込んだり護衛を多くつけたりするのは怯えている証だとされ、嘲りの対象となり得ます。ですので、基本的に薄着の者が多いですし、堂々と振る舞うことが求められるのです。
それは王族であろうと同じこと。護衛も最低限しかつけません。全くつけない、ということは流石に立場を考えるとできませんが。
服もそう。装飾がついて煌びやかではあるものの、腕、脚、腹、背と、露出した服が基本となっていますし、今も着ています。
もっとも、それが人の国でははしたないと言われることがあるのは理解しているので、今回は首都に着く前には着替えることとなりますが。私としては、私達の服は可愛らしいと思うのですけどね。強いて欠点挙げるのなら、寒いことがあるくらいでしょうか? 何せお腹が出ていますし。
それに、そもそも私達には服など邪魔にしかならないのです。着ないわけにはいきませんが、いざという時にはどうせ邪魔になるのだから初めからなくてもいいではないか、と。そうなるわけです。
なので、大体が胸と腰を覆っておしまいです。それだけでは飾り気が少ないので、今の私は透けるほど薄い布を使ったヒラヒラとした服を着ていますが。
今回同行している兵士達も、兵士として最低限革鎧を身につけていますが、おそらく着たくないと思っている者もいることでしょう。
「ふふふ……」
そんな使節団ですが、私の乗っている馬車の中には私以外にももう一人女性が乗っています。女性、といいますか、端的に言えば妹ですね。
「なんですか、スティア。そのような不気味な笑みを浮かべて」
この子は少し……いえ、だいぶ変わっており、こうして笑みを浮かべていた後はなにかしらをやらかすのです。今回も何か行動を起こすつもりなのかと不安にならざるを得ません。
「あら、失礼しましたわ」
「……あなたはまた何を企んでいるつもりですか?」
私に口咎められたことで、上品に口元を押さえて笑みを浮かべましたが、そのせいで余計に不安が大きくなりました。何せ、この子は普段このような喋り方をする子ではないのですから。
「企む、ですか? そのようなことはありませんわ、お姉様」
「そうでしょうか? あなたがそのように畏まった態度をしている時は、何かをやらかそうとしているのだとこれまでの経験で学んできましたが?」
「いや待ってよ。今までのはちょっと手違いというかね? ……あ、じゃなくて。こほん」
自身の思い描く良き王女像へと擬態しても、すぐに素に戻ってしまうところは可愛らしいと思います。明らかにおかしいと気付かれているのに、それでも頑張って取り繕おうとしているのですから。
ある意味獣人の王族らしいと言えますが。何せ、王である父が取り繕うことができない方ですし。その娘と考えれば、頷けるものでしょう。
もっとも、だからと言って不安がなくなるわけでもありませんが。
「今回私達はこの国へ友好のための使節団としてやってきたわけでしょう?」
「そうですね。以前より決まっていましたし、すでに二週間ほど前には先触れの者が王都にたどり着いているはずです。ですので、何か騒ぎを起こして遅らせるわけにはいかないのです。わかっていますか?」
今回私達がやってきた理由は、ネメアラとリゲーリアの友好のためです。昔はお互いに違う人種であることや地理的な問題で争っていたのですが、今では数年に一度お互いの国から代表を送り合い同盟を結んでいます。
もっとも、どちらの国にもそのことに反対する者もいますので、同盟は不動というわけでもありませんが。
なぜ争っていたのに同盟を結ぶようなことになったのかと言ったら、過去の災害が原因です。
私達の暮らしているこの地は、幾つもの国が存在しています。
大雑把な地理としては、天山と呼ばれる大きな山を中心とし、その南にリゲーリアがあり、山の南東にネメアラが存在しています。
当然ながら他にも国はありますが、問題なのはその大きな山——『天山』です。
そこには十数年前まで魔物を統べる王が存在していました。いわゆる『魔王』ですね。
魔王とは、魔物が住んでいる土地の中で戦い、勝ち続けた個体のことを言いますが、勝ち続けた個体は特殊な進化をし、新たな能力を獲得します。
正確には、獲得というよりも、存在そのものを変質させるとのことなので、生まれ変わると言った方が正しいですが。時には人の言葉を解する存在も生まれるようです。
その魔王ですが、現在でこそリゲーリアもネメアラにも発生はしていないものの、いつまた生まれてもおかしくありません。
流石に天山の魔王ほど強力なものはそうそう生まれることはないでしょうけれど、それでも全くないとは言い切れず、平均的な力しかない魔王であったとしても街の一つ二つは容易く滅ぼすことができてしまいます。
魔王の中でも一際強力だった天山の魔王。天山の周辺の国々はその対処で必死でした。それは私達ネメアラも、ここリゲーリアもそうです。
その事態に対処するために、私達は同盟を結んだのです。
同盟といっても、魔王に対する処置と不可侵だけで、他の国に攻められたり魔王以外の災害の場合はなにもありませんし、お互いの国に対して特別便宜を図ったりなどもほとんどありませんが。元々争っていたことを考えれば、まあこんなものでしょう。
そしてその結果魔王は倒されましたが、その被害は甚大でした。回復するためには何年何十年もの時間が必要とされたのです。
とはいえ、当時から時間が経ったこともあり状況はそれなりに安定し、これからのことに見通しがついてくるようになりました。
何事もなければ、ネメアラもリゲーリアも、十年以内には魔王による被害も元に戻ることでしょう。
——故に、現状ではいつ同盟が切られてもおかしくないとは思っています。
魔王に対する同盟など、もうすでに意味はなくなっているのですから。
まあ、だからこそこうして使節団を送りあっているわけですが、どちらかが裏切れば、それがすぐにわかるようにと。相手の国の状況を確認できるようにと。
しかし、警戒はしていますが、できることならば戦争など起こってほしくない、というのが上層部の考えです。少なくとも、ネメアラの王族は戦争を求めてはいません。
そういった理由で、いつ同盟が破棄されてもおかしくないので、スティアに問題を起こされては困るのです。その問題の大小に関係なく、それをきっかけとして騒ぐ者が出かねませんから。
「わかってるってば、もー。話をちゃんと聞いてよ!」
「……まあ、いいでしょう。話しなさい」
話を聞くにしてもその内容に不安を感じますが、話を聞かないというのも不安が残ります。どちらがマシかと言ったら、聞いたほうがマシでしょう。
「まったく、失礼しちゃうわね。……えっと、どこまで話したっけ?」
「まだ何も話していませんね」
「あれ? うーん、まあいいや。えっと、今回私達は使節団としてやってきたわけだけれど、使節団って、要は国の代表ということでしょう?」
「ええ。私達ネメアラと、リゲーリアの友好のための使者です。例年のことなのでそこまで何かをするということもありませんが」
「でも! だとしても、私が! 代表だということは変わらないでしょう?」
「正確には私が代表ですね。あなたはその補佐であり、意味合いとしては顔見せという理由が大半です」
今回の使節団ですが、そのトップは王族である私です。これは当然のことでしょう。
しかし、今回は王族であるスティアもおり、その扱いをどうするか悩んだ結果、使節団代表補佐官として私のそばにいてもらうことになりました。目を離すとなにをしでかすかわかりませんから、そばに置いておくのが一番安心なのです。
では、なぜそんな不安要素を今回この旅に連れてきたのかというと、スティアにはきてもらわなくてはならない理由があったからです。
「補佐でも代表! 今まで厄介者扱いされていたけど、こうして代表に選ばれたってことは、少しは認めてくれたってことよね!」
「……あなたはまた、何を聞いていたのですか? 出発前に今回の役割について話をしたでしょうに」
もっとも、本人はその『理由』について全く理解していないようですが。……はあ。
「え? だから代表でしょう?」
「先ほども言いましたが、あくまでも代表補佐であり、それとて姫であるあなたをただの同行者とするわけにはいかないためにつけた役職です。肩書きがなければ色々と問題が出てきますからね。そして、あなたが来た目的の大半は〝顔見せ〟だと言ったではありませんか。その顔見せの意味を理解していますか?」
「ええ、もちろんよ! 顔を合わせて仲良くしましょうね、ということでしょう?」
「……間違ってはいませんが、致命的に間違っている気がしてならないのですが……」
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