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一章

魔創具作りの素材

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「——はあ。面倒だな」

 普段はアルフレッドに相応しい態度でいようとしているが、意識の大半は『俺』なのだ。どうしたって演じているという感覚が消えない。
 部屋についたことで外行きの仮面を外した私は、つい気を緩めてしまい『俺』の部分が強く出たことでそんなふうに声を漏らしてしまった。
 もっとも、ここは自室であるので聞いているものなど側にいる従者くらいなものではあるが、それでも自身の感情を制御しきれなかったがゆえの行動を見せてしまうなど、恥ずかしいことこの上ない。

「で、どう思う? あの者は努力すると思うか?」

 ソファーに腰を下ろせば、従者の女性——リエラがお茶と菓子を用意し、私の前に並べていく。その動きには迷いがなく、さすがは公爵家の使用人だと言えるだろう。

 そんな従者に、先ほど叩きのめした相手について問いかけてみることとした。

「するでしょう。アルフレッド様の教えも理解した様子でした。流石は学年五位といったところでしょうか」
「そうか。ならいい」

 リエラは、女でありながら護衛として配属されるだけあってかなり優秀だ。武力は当然のことながら、書類作業ができ、人を見る目もある。
 そんな彼女がいうのであれば、あの生徒については真実なのだろう。であれば、わざわざ叩きのめした甲斐があるというものだ。

「アルフレッド様、こちらを。城への招集が届いております」

 満足して出された紅茶を飲んでいると、リエラが一通の手紙を差し出してきた。
 その手紙に記されている紋章には覚えがあり、見ただけで誰が送ってきたのか分かったが、それでも問いかける。

「手紙の主は?」
「オルドス様です」
「また呼び出しだろうな」

 また、という言葉からわかるだろうが、私はわりと頻繁にオルドス様——オルドス・オラ・エルドラーシュ王太子殿下に呼び出されている。
 呼び出し、といっても何かしらの罰則を与えられるわけではないのだが、名目上は私が学園で起こした問題に関しての事情聴取だ。その実態がただの友人との雑談であったとしても、多少なりとも気が重くなるのは仕方ないことだろう。

「仕方ない。明日向かう旨を伝えておいてくれ」
「承知いたしました」

 今回の呼び出しは、私が訓練場で叩きのめした学生についてだと思われるが、随分と耳の早いことだ。もしかしたらその帰りに遭遇したいじめっ子達の件もあるかもしれない。
 あとはまあ、いつものお小言だろうな。もっとも、お小言と言っても、それは私の身を案じての言葉であるのは理解しているが。

 まあ、その辺りのことはいい。どうせ大事にはならないのだし、明日殿下のところへ向かえばわかることだ。
 だから今来にするべきはそんなことよりも……

「それから、頼んでいたものは来たか?」
「あ、はい。こちらに届いております」

 俺の問いかけにはっきりと答えたリエラの言葉を聞き、自然と頬が緩むのが自分でも理解できた。

「やっと来たか。今度こそ適合してくれるといいんだがな」
「大丈夫です。アルフレッド様なら必ず成功いたします」
「そうであって欲しいとは思うが、そう言ってもう数億は溶かしたぞ? 素材を集めるためとはいえ、そろそろ父が文句の一つも言ってくるだろ」

 頼んでおいたものとは、魔物の一部。家の金を使い色々と素材を買い漁っていたが、私の求めるものがなかなか集まらず、もうそれなりの額を無駄にしている。
 集めた素材が全て消えるわけでもないのだから全くの無駄とも言えないが、現状で使い道がないのだからやはり無駄だと言えよう。

 どうしてそうまでして素材を集めているのかと言ったら、魔創具のためである。

 魔創具とは自身の体に特殊な紋様を刻むことで生成することができるのだが、その紋様を刻む際に使う塗料に使う素材によって効果が変わってくる。

 人は誰しも魔力を持っているが、その質は当然ながら違う。そのため、同じ道具、同じ薬を使っても、その道具に込められた魔力の質と使用者の魔力の質次第では効果が変わってくる。ただの強弱であればマシだが、最悪の場合は毒となる事もあり得る。
 体質の様なものだ。アレルギー反応と言えばわかりやすいだろう。ある者にとっては最高の素材であっても、別のある者にとっては毒となることもある。

 基本的には死ぬような大袈裟なことは起こらないが、あくまでも基本的には、であって死ぬこともあり得る。
 それに、効果が低くなったり体調を崩したりすることはあるのだから、魔創具に使うのならば最高のものを揃えるべきだ。

 加えて、塗料の品質は魔創具の紋様を刻む際に籠められる魔法の数にも影響してくる。品質の高い塗料であれば多くの魔法を刻むことができ、逆にそこらで売っている素材だけで作った安っぽい品質の塗料では大した効果は刻めない。
 正確には、刻むことはできてもまともに効果を発しないというべきだが、まあその辺の説明はどうでもいいだろう。

 ともかく、だ。そんな理由のため、魔創具の儀式で使う塗料——『紋血』は、自身の体質にあった素材の中から最高のものを用意して調合する必要があった。

 その素材探しが難航していたのだが、今回取り寄せた素材でそれも解決するはずだ。

「まあいい。流石にドラゴンの血液を取り寄せたんだ。多少強引であったとしても、詰め込めばいけるだろう」

 何せ、ドラゴンという化け物の素材を使うのだから。
 適合性は問題ない。以前確認した際に問題はなかったのだから。もっとも、だからこそ大枚をはたいて取り寄せたのだが。でなければ、適合するかどうかもわからないのにこんなものを用意するわけがない。今回取り寄せたのは小瓶だけで最低一億はするのだからな。
 ……やはりそろそろ父上から何かしらの小言が飛んできそうではあるが、儀式を成功させれば問題はなかろう。

「ですが、紋血に魔法を詰め込んだ場合は暴走しやすくなる欠点がございます。ある程度の〝遊び〟を残さなければ万が一があり得ます」
「知ってる。だが、それは術者の技量次第で押さえ込むことができる。安心しろ。その辺はちゃんと計算してある」

 紋血に魔法を込める際には素材となったものの品質によって許容量が変わるのだが、多少品質が目標に届かなかったとしても、紋様を刻む際に自身の魔力を無理やり圧縮して込めれば紋血の限界をひき上げることができる。
 もっとも、その手法はリエラが言ったように危険もあるので推奨されていないが、その圧縮の程度次第ではさしたる危険もなく行うことができるので問題ない。
 とはいえ、危険であることに変わりはないのでやらないに越したことはないが、やる必要が出てきても問題はないだろう。
 それに何より、一生使い続けるものなのだ。できることならば多少の無茶をしてでも最高のものを用意したいではないか。

「ですが、何が起こるかわかりません。決して終わるまで気を緩めぬようお願いいたします」
「わかってるさ」

 リエラの言葉にそう返事をしつつ、私は届いたドラゴンの血を手に取りその状態を確認し、紋様を刻むのに使う紋血の調合について確認していった。
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