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女神探しの旅

炊き出し会の日

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「……お前はここにいてもいいのか?」

 炊き出しの日の当日、聖女であるアーシェはなぜかアキラの隣で炊き出しの準備に参加していた。
 参加といってもアーシェ本人が何かをするわけでも、指示を出すわけでもないのだが、参加している、という事実に変わりはない。

 数名ほどの護衛を連れてはいるが、本来ならばアキラのような商人、それも怪しげな疑いのある者と一緒にいるはずがないのにこんなところにいてもいいのだろうか?
 アキラの問いはそんな気持ちから来たものだった。

「はい。今回の件を進めたのは私ですから、発案者として見届けなくてはなりません」

 実際には発案したのも計画を進めたのもアキラだが、その辺は口にしてはまずいことはアーシェも理解しているので、対外的には自身が始めたものとして振る舞うことにしていた。

「……ま、そういうことなら俺はこれから他の場所を見て回るから、ここは頼むよ」

 今アキラのいるこの場所は今回行う炊き出しのうちの一か所でしかないので、アキラはこれから一日かけて町中を回ることになる。

 本当ならば責任者はずっと同じところで見ているべきなのだろうが、今回は複数の場所で炊き出しを行うのでそういうわけにもいかない。
 だがそのうちの一つとは言え聖女が留まって様子を見てくれるのなら揉め事なんかも少なくなるだろう。

 だが、そんなアキラの考えはすぐに壊れた。

「え? 私も行きますよ?」
「え?」

 不思議そうに首を傾げてつぶやかれたアーシェの言葉に、アキラもまた、不思議そうに首を傾げた。

「なんで?」
「言ったではありませんか。見届ける、と」

 つまり、どうやらアーシェは今回の炊き出し会において、全てアキラと行動を共にするということだ。

 まさかそんなことはないだろうと思い込んでいただけに、それを理解したアキラはしばらくの間呆然と立ちすくんでいた。




「長かった……」
「もう、だいぶ日が傾いて、きましたね」

 街中で行った大規模な炊き出し。その全ての場所を回郎としていたアキラたちだが、朝から初めてもう昼はとっくに過ぎている。それどころか後に時間もすれば日が沈むだろう時間まで来ていた。

 だが後一箇所残っている炊き出し場所へ行ってなんやかんやと少し話をしたりすれば、それで今日の街巡りはおしまいだ。

 そう考えてアキラは気合を入れて歩くのだが、アキラの疲労は精神的な者であって肉体的にはまだ余裕がありそうだった。
 何せアキラは、今日の炊き出し場所から次の場所へと移動する時には身体強化の魔法をこっそり使っていたのだ。疲れようはずもない。

 しかしながら、身体強化の魔法を使っていないアーシェはすでに体力的に限界が近そうだった。

 時折馬車を使っていたものの、路地を通ったりするためにほとんどの場所では歩きっぱなしだったのだから疲れても仕方がない。

「でも次で最後だ」
「貴族街の方ですよね」

 本来なら貴族を先にした方が良かったのだろうが、それをわかっていながらもアキラが貴族街の訪問を最後の方に回して貧民から回り始めたのは、挨拶とかめんどくさいからだった。

 朝から始めた今回の炊き出しだが、聖女が回るとなればそれを知っているものは炊き出しの場で待っている者もいるだろう。そこで捕まってしまえば時間など簡単に過ぎてしまう。

 加えて、貧民の多くいる方は貴族街に近い場所に比べて治安が悪い。
 そんな場所に行くのに、一日護衛をしていて集中力の切れかけている兵達では心許ない。
 だからこそ、まだ始まったばかりでまだやる気のある状態のうちに行っておきたかったという理由もあった。

 そうしてたどり着いた先で待っていた炊き出し会の現場責任者と挨拶をして、今日の様子だったり周りの反応だったりを適当に確認していった。

「じゃあ行ってくる」
「はい」

 この場所の責任者との話を終えた後アキラはアーシェと軽く言葉を交わしてその場を離れて行った。
 アキラがどこに行ったのかというと、この周辺の治安と市民の反応の確認だ。

 市民の反応については言うまでもないことだろう。今回の目的の半分以上はそこに集約すると言ってもいいのだから。
 一応この場の現場責任者に確認をしたが、それでも自身の目で直接見るのとは違う。なのでアキラは炊き出しの場につくたびにその周辺を見て回っていた。

 治安の確認に関しては、何もアキラが正義の心に芽生えたとかそんなわけではない。こちらも今回の炊き出しに関係していることだ。

 今回の炊き出しは聖女主導となっているが、アキラの名前も使っている。そんな状態で騒ぎでも起きれば、その責任は聖女にではなくアキラへと向かうだろう。
 その場合は明らかに失敗だ。炊き出しをする前よりも状況が悪化する可能性さえある。
 なのでアキラはたどり着いた先全てで、街を監視している魔法感知を警戒しながらも、その監視の目を掻い潜って魔法を使いながら辺りを調べていた。

 これまでの時間がかかった理由の一つではあるのだが、それでもアキラは見回りをやめるつもりはなかった。
 そんなに警戒するなんて少々神経質になりすぎているのでは、と思うものもいるかもしれないが、アキラはそうは思わない。むしろ警戒が足りないとさえ思っていた。
 何せアキラと行動を共にしているのは『聖女』だ。傷一つつけるわけにはいかないのだ。

 さて、そんな聖女だが、彼女は今何をしているのかというと……

「あら、コーデリア。あなたも参加していたのですか」

 炊き出しの場に偶然手伝いに来ていた知人と出会っていた。

「聖女様! はい。教会にはお世話になっていますし、貴族として民を助けるために動くのは大事なことですから。……私は女ですし大した権力も持っていないのでこんんことしかできませんけど」
「そんなことはありませんよ。……確かにあなた個人ができることは、失礼ながらそれほど多くはないでしょう。ですが、貴族であるあなたが参加しているという事実が大事なのです。あなたの行動は、いつか世界を動かす一助となる時が来るでしょう」

 その後二人は楽しげに話しながらも炊き出しの手伝いをしていたのだが、そこで見回りを終えたアキラが戻ってきた。

 戻ってきたアキラに気がついたアーシェは、自身の友人である少女をアキラへと紹介するべくアキラへと向き直る。

「ああそうでした。あなたにも紹介しますね。こちらの方は今回の──」
「アキラ様! あなたも来ていらしたのですね!」

 が、アーシェが少女——コーデリアのことを紹介する前に、コーデリアは満面の笑みをアキラへと向けて弾んだ声を出した。

「きょうりょくしゃ……なのですが、お二人はお知り合いなのですか?」

 アキラとコーデリアは、以前アキラが実家で暮らしていた時に関わり、助けた少女だ。

 友人、と言っていいか分からないが、それでも知人以上には親しい関係だった。

「あー、まあ、ちょっと前……何年か前にちょっとな」
「以前私を助けていただいた冒険者の方です。時折お手紙でお話ししていたのですが、こうして直接会えるのは久しぶりですね!」

 アキラによって助けられたコーデリアが自身の家に帰ったあと、二人は定期的に手紙のやりとりをしていた。
 だが、それはアキラが実家を出る時までだったので、今回コーデリアが参加することをアキラは知らなかった。

 コーデリアもアキラも、なにも今回会うことを狙っていたわけではない。本当に偶然だ。
 アキラは今までの流れから開催し、コーデリアは時折事前活動に参加し偶然再会しただけ。

「以前助けた……それはあなたが拐われた時の?」
「はい!」

 コーデリアは元気に返事をしているが、友人として事情を知っているのだろう。アーシェは僅かに眉を寄せるとアキラの方へと視線を向けた。

 そんなアーシェの反応から、アキラは彼女がコーデリアにあったことに気がついていると理解したことで、顔をしかめる。

 それはほんの一瞬だけだった。だがそれだけで、コーデリアに起こったことの噂が事実なのだと分かった。
 そして同時に、自分の友人が誰の手によって救われたのかも。

 コーデリアのことは貴族の間では噂になっていた。貴族の娘が行方不明になり、父親が必死になって探していたのだ、噂にならないわけがない。

 そして街の外に出かけている最中に行方不明となったのなら魔物に喰われたのか、もしくは賊に襲われたかなのだが、帰ってきたということは後者であるということだ。

 だが、見目の良い貴族の少女が賊に襲われたのになにもないとは考えられない。いや、何かあったと考える方が『面白い』。
 だからこそ貴族たちの間では、コーデリアは賊に襲われ、犯されたのだと面白おかしくおひれがついて噂になっていた。

 曰く、コーデリアはすでに子を産んだことがある。
 曰く、頭がおかしくなって記憶をなくしてしまった。
 曰く、その時のことが忘れられないで使用人と交わっている。
 曰く、曰く、曰く……

 友人であるアーシェからしたらふざけているとしか言えないそれらの悪意に塗れた噂。

 時間が経ちすでに下火になった噂だが、それでもまだ噂は完全に消えたわけではないし、そんな噂があったという事実は変わらない。

 そしてそれはアーシェの耳にも入っていた。

 その噂の全てが本当だとは限らないが、アキラの様子を見た、コーデリアが犯されたというのは事実なのだろう、と判断した。

 だがそれも今ではなにも無かったかのようにコーデリアは笑っていられている。それはアーシェの中でとても大事な事だった。

 だからこそ、アーシェは自分の身分だとか、相手の立場だとかそんなどうでもいい事は忘れて、ただの個人として自身の友人を助けてもらったことに感謝をした。

「そうとは知らずに申し訳ありませんでした。友人として、遅ればせながらあなたに感謝をいたします。コーデリアを助けていただき、ありがとうございました」
「いや、まあ、俺としては助ける気で助けたわけじゃないというか、流れで偶然見つけたというか……そもそもあのと聞いたのは俺だけじゃなくて他にも何人か仲間がいたし」
「ではその方々にもお礼を申し上げなければなりませんね。差し支えなければその方々のお名前をお教え願えませんか?」
「……まあいいけど」

 名前を教えたらウダルたちに迷惑がかかるんじゃないかと一瞬だけ迷ったアキラだが、アーシェならば無理をしないだろうと判断して教えることにした。

(……やったなウダル! これでお前も聖女様に覚えられたぜ!)

 アーシェの所属している教会は国として存在しているわけではないが、世界中に広がっているために権力そのものは持っている。
 下手をすれば小国程度なら王と同程度の力を持っている聖女に名前を覚えられ、感謝されるというのは、普通ならあり得ないことだ。
 感謝が個人的なことであり、公式的にはなんの関係がなかったのだとしても、今後にまったく関係してこないかと言ったらそれは違う。聖女もその周りも、どう転んでもウダル達に注目する。

 その注目は、使い方次第では冒険者として大成するために大いに役立つものとなるだろう。

 アキラはそう考えて内心で友人に向けて笑いかけた。

 なお、ウダルとエリナ以外に一緒にいた者たちのことは一切考えていなかった。
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